-31話 『人と…』
「ルイ。老けたね」
「歳相応だろう。もう四万五千歳を越えるのだよ」
リオの呟きに、ルイが笑って応えた。
二人……と言ってもリオはルイの意識内にいるのだが……とにかく二人は岩場の日陰に座り込み、遠くで吹き荒んでいる砂嵐と竜巻を見ながら雑談している。
ルイが『ヨクモの霧』事件を起こしてから、約一万と五千回ほど季節が廻っていた。
現在から数えて、約五千年前。
氷河期も終わり、人々は農耕を始め、集落や国という概念も登場していた。
ルイは幽閉後、きっかり千年間わざと捕まったままのんびりしていたのだが、千一年目にリオから急かされやっと脱獄。
それから更に八千年程、神々の追手を適当に躱していた。
が、ここ六千年は追手もいなくなった。
神々は、ルイの捕縛を諦めていた。
例の霧事件と一連の逃走劇をきっかけに、神々が「ルイは他の神と何かが違う」と気付いてしまったのだ。
単純に言えば「強すぎる」。
数多くの刺客が、皆あっさりと返り討ちに遭ったのだ。
ある神は、ルイを悪魔や堕天使などと呼びだした。
もっともその神は、自分以外の神々を全て『異教』だの『邪教』だのと呼んでいるのだが。
ともかく、その堕天使を追って返り討ちに遭うリスク。
そしてルイが、脱獄後にこれといった悪事を犯していない事実。
それらを総合した結果、
『神々はルイに手を出さないものとする。自分達の領土にルイが来てしまっても、監視するだけにしておけ』
というルールが、いつの間にか出来てしまったのである。
そして、冒頭の会話について。
「どうして急にそんなに歳を取っちゃったの、ルイ」
「前にも言っただろうリオ。わしの霧の力が、どんどん弱まっているのだよ」
三万年もの間、十三歳の姿であったルイ。
しかしこの一万五千年で、五十歳程度の容姿に成長していた。
背は高く伸び、筋肉の付きも良くなった。と同時に、顔のシワなども増えた。
成長した理由はルイ本人が述べたように、不老効力のある霧の力が弱まってしまった……せいでは無い。
むしろ逆だ。ルイは霧の力を、更に細かく制御出来るようになった。
その上であえて不老効力を薄め、歳を取っているのだ。
とは言え、ただ外見が老いただけで、エネルギーは以前と変わらぬ強さ。
わざと老いたのには、三つの理由がある。
一つ目の理由。
神々の猛攻から飄々と逃れ続けるルイを見て、リオが、
「もしかしてルイって、本当はもっと強いんじゃない?」
と、疑問に思い始めたから。
直接そう言われた訳では無いが、ルイはテレパシーでリオの猜疑心を悟った。
この傾向は少しだけ不味かった。凄く不味い訳ではない。
もはやルイの力を持ってすれば、無理矢理にでも霧の亡者達を動かすことは出来たが……亡者達自身が協力的であるならば、それに越したことは無い。
リオは亡者達の筆頭。リオさえ騙しておけば、他の亡者達も協力的になる。
という訳でリオからの疑惑を払拭するため、老いて「力が弱くなってしまった」アピールをしてみたのだ。
勿論たったそれだけで解決するとは思っていなかったが……
案外、たったそれだけで解決してしまった。
「あら、そうなんだ……じゃあ早く新しい適正者を見つけないと!」
と。あっさり素直に信じてしまうリオ。
この少女は数千億、数兆年も宇宙を彷徨ってはいたが、その精神は子供時代のまま固定されている。
駆け引きは苦手だし、関係無いが算数も苦手だ。
と、これが一つ目の理由。
二つ目の理由。
神々が面倒臭いから。
ルイは、神々の反発を覚悟して『ヨクモの霧』事件を起こした。
神々が自分に苦言を呈そうとも、痛くも痒くもない。
むしろ殺してでも黙らせ、その屍の上で改めてヨクモを教育し、絶望と悲観に満ちた霧を作り上げようと考えていた。
しかしあの事件で「霧の力と神の力は相性が悪い」と知り、ヨクモを見捨てた。
自らの子孫――つまり人間を霧の適正者として育成する計画へとシフトした。
そうなると、神をわざと怒らせてしまった事が裏目に出た。というか面倒臭い事になった。
人間を霧の適正者にするためには、ある程度の文化が必要。
文化により生まれる喜び、悲しみ、憎しみが、制御不能な霧の爆発を生み出す。オーサがそうだった。
そして人間の文明発展の初期には、神の手助けが有ると都合良いのだ。
つまりルイは神々を殺せなくなった。
しかし神々はルイを捕らえようと付け狙って来る。
そこで神から指名手配される原因を少しでも減らすため、色々と策を考えてみたのだが……その一環で、とりあえず歳を取ってみた。
ルイは、ジョカや知識の神と同じ最古参の神であるはずなのに、ずっと若いままの姿。それが気味悪がられ、警戒の一因となっていたためだ。
多くの神々は、ルイの実年齢を知らない。
一緒に暮らしていたジョカと同年代であると思っている。
そこでルイは、ジョカと同じくらいの歳を取るように外見を調整してみた。
ジョカは三十歳の時に外見十五歳。一万歳の時に二十歳。そしてこの時代、二万五千歳で五十歳。
二万歳から急に老け込んだのはルイの一件による心労も無関係ではないが、それより根本的な原因として、単純に歳を取って神力が低下しつつあるせい。
そんな事情はさておき、とにかくルイもジョカとお似合いの五十歳になったという訳である。
まあこれは気休め程度にしかならないだろうが……その気休めというのが重要。
特に若い神は「どうせもうちょっと我慢すれば、目障りな先輩どもは消えるんだ」という体育会系部活の二年生のような心持ちになれた。
こうして神々も少しは不安を解消し、「ルイには手を出さないとする」というルール作成に踏み切れたのだった。
そして三つ目の理由。
これが最も大きな理由だ。
「歳を取るとは、どういう感覚なのだろうな」
と、疑問に思ってしまったから。
つまりはただの好奇心。
そんな好奇心で歳を取ってしまったルイも、今やその外見通りの立場となっている。
「お爺様。王がお探しですよ」
「そうか、すぐに行こう」
浅黒い肌の青年が、ルイを呼び出しに来た。
この青年はルイの、正真正銘の孫だ。
孫もルイと同様に、頭や口の形が現代人並。ただそれは、この時代の人々にとって既に平均的な容姿であり、血の繋がりのせいではない。
ただ目の鋭さや声、体格の良さは、間違いなくルイの血筋だ。
この頃ルイは、現在で言うエジプトの辺りに住んでいた。
そこには人類の歴史として初期の王朝があり、ルイは王に仕えている。
先代の王が『王になった』のは、近隣諸国との戦でルイが活躍したおかげ。
その功により、ルイは先代王の姪――つまり現王のイトコと結婚。
ついに念願の子孫を作り、『適正者』育成を始めた。
子孫を作ると決意してから実際に子を成すまで、実に一万五千年かかった。霧の力が強すぎて、中々子を成せなかったのだ。
ようやく子に恵まれたのは、妻との相性の良さもあるだろうし、ルイの霧制御が更に上達したおかげでもある。
ルイがエジプトに定住した事で、一番焦ったのは当然エジプトの神。
しかもエジプトの神はちょうど、身内のゴタゴタでも困っていた時期だ。
ルイは神に対し特に何も仕掛けたりはしなかったのだが……焦りで視野が狭くなった神は空回り。その隙を実の子孫に突かれ下剋上され、最高神の座を奪われた。
しかし子孫は子孫。本当の意味での神では無い。ここにおいて、神の威光が消えてしまった。
ただこの地域の人々は、既に発展の軌道に乗り始めていたので、もはや神の『力』は必要無い。
神は『人々の記憶の中で語り続けられる存在』という、信仰としての概念に変化した。
そんな神の事情はともかく、ルイは人間としての生活を堪能していた。
当時その国では、自身の苗字代わりに父親と祖父の名を付ける文化があった。
朧げな記憶を辿って思い出したルイの父の名は、ラン。
祖父の名前は知らないので、代わりに妻の祖父の名、クーウ。
そんな経緯で、ルイ・クーウ・ランと名乗っている。
ルイの職業は兵士。
それもただの兵では無い。王の命令を受け、敵国の要人を影ながらに始末する兵隊。
つまり暗殺部隊の長。
暗殺部隊はルイとその息子、孫達で構成されている。
武器は勿論、毒霧だ。
部隊名は亡者達の言葉を借り、『グロリオサ』。
◇
それから更に三千年。
現在から数えて、約二千年前。
ルイが以前言っていた、
「いずれ神は、人に淘汰されるぞ」
という言葉は現実のものとなりかけていた。
オリジナルの神々は力の全盛期を過ぎた。
神の子や孫はあくまでも人間であるため、一部の例外を除き既に死亡。
その更に子孫が王族となって支配している国もあるが、神の子孫はあくまでも人であるため、つまり結局それは神の支配では無く、人の支配である。
人々は信仰としての神を信じてはいるが、それは本人とはかけ離れた偶像としての神。
もはや神の勢力は、人々の勢力に敵わなくなっている。
神の時代は終わった。
これは地球に限ったことでは無く、全ての宇宙、惑星で起こる既定路線。
進化の先取り現象は、あくまでも『人間』を発展させるための一時的なカンフル剤なのだ。
最後まで『神が人類を支配したまま』という状況が続いた惑星もあるにはあったが、それは単に文化の発展途中で宇宙ごと滅んでしまっただけ。とある幸運の女神が住んでいた星などは、そのパターンだった。
地球はとっくに『人間の時代』。
そんな中。
ある日ルイは突然思い立ち、少数の子孫を連れてアジア極東にある島へと移り住んだ。
エジプトの時と同様に豪族へ取り入り、一年経たずしてすぐに重要な地位へ就く。
そうして豪族から与えられた屋敷でルイがくつろいで待っていると、一人の青年が訪ねて来た。
「久しいのう……まさか本当に、お前さんが今更ここに……」
「ヨクモ。ようやく訪ねて来てくれたか、待ちわびたぞ。何千年ぶりだろうか? まったく老けていないな」
神の孫、ヨクモ。
その姿は、ルイが最後に見た時のままだ。
二十歳そこそこの外見年齢。そして事件の後遺症で、後ろ髪が異様に伸びている。
「ヨクモに比べ、わしはこの通りすっかり老人になってしまったよ」
「……外見だけ老いるのは、はたして老人と言えるのかのう」
ヨクモは微笑もせず、冷ややかな目でルイを見ている。
もはや『ルイ兄』と呼ぶ気も無い。
しかしルイは昔と同じように、親し気に話しかける。
「聞いたぞ。この東の島では、ヨクモの甥筋にあたる一族が、王になるべく暴れ回っているらしいではないか。イザナギやスサノオと言ったか……」
「そんなのはどうでも良い」
世間話をする気は無い。
ヨクモは話をぶった切った。
本当は、
「どうしてあの時裏切った」
「あの、首と足が無い少女は何だ」
「人間と結婚して子供を作ったらしいが、ジョカ姐がショックで暴れていたぞ」
など、色々話の種は有る。
しかし長々とお喋りする気持ちにはなれない。
早々に本題だけを尋ねた。
「どうしてここに来た」
「気まぐれだよ。ただ何となく。長く生きているんだ、そんな気分になっても仕方ないだろう?」
そう言ったルイの目を、ヨクモは睨み付ける。
「お前さんの言葉は嘘ばかりだのう。その誠実そうな佇まいとは裏腹に、いつも他人を騙してばかり。そのせいでワシも神力を失い、今や親戚連中から厄介者扱いでのう。神の名も捨て、ぬらりくらりと過ごしておるのだ」
「ほう、それは申し訳ない。しかしぬらりくらりと言うのなら、ヨクモは小さい頃からずっと好き勝手にぬらりくらりと遊び回っていたではないか。ふふふっ」
懐かしむように無邪気に笑うルイ。
ヨクモは怒りとも悲しみともつかぬ、複雑な表情になった。
「だがヨクモ。『何となく』という言葉に嘘は無いぞ」
本当に、何となく感じたのだ。
数十年。数百年。千年以上先かもしれない。
気になる『何か』が、この地に現れる。そんな予感。
それが何かはルイ自身にも分からないが……何故か惹かれて、どうしてもこの地へ来たくなった。
それは霧の力に掛かっている『呪い』が、ルイに教えているのだ。
この呪いを掛けた張本人。
大魔王が、この地に……




