128話 『兄が再び、意識の中の世界とかなんとか昔のアニメみたいな場所に迷い込む。の巻』
「こんにちは」
「……ッ!?」
テルミが目覚めると、一人の少女が挨拶をしてきた。
ただの少女では無い。
両足の先が無く、うつ伏せに這いつくばっている。
首と胴体が切り離されており、自身の頭部を左手に抱え、その生首がテルミを見ている。
そして目や口、傷から、黒い霧がもうもうと立ち昇っていた。
「本当なら、まだ覚醒も暴走もして無い人にわざわざ会ってあげないんだけど……今日は特別だよ」
少女はそう言って睨み付ける。
その憎しみの籠った瞳を、テルミは知っている。
「……リオさん」
毒霧の力を最初に発動させた者オーサ。その妹、リオだ。
以前の事件で出会った少女。
それがまた今、目の前にいる。
テルミは慌てて辺りを見た。
暗い。漆黒の闇がどこまでも続く空間。
これは『九蘭百合の霧』の中へ、意識を侵入させた時と同じ光景だ。
グロリオサの霧。
今まで消された者達の無念が渦巻いている場所。
闇の中を、怨霊達がうごめいている。
「怖い……助けて……」
「グロリオサ」
「嫌だ……僕だけ苦しいのは嫌だ……」
「グロリオサ」
「もっと……もっと仲間を……」
テルミは亡者達の声を憐憫に思いながらも、無理にでも冷静さを保ち現状を考える。
どういう事だ。
どうして再び、霧の中にいるのだろう……どうして……
「どうして私が……? どうして私が……? どうして私が……? どうしてなのですか? どうしてどうしてどうして? どうして?」
「……え?」
突然聞き覚えのある声がして、テルミは思考を中断した。
声の元へ顔を向けると、亡者の中にやはり見覚えのある女性。
テルミと目が合ったが、気付いているのかいないのか。虚ろな目で「どうして?」とぶつぶつ恨み言を呟き続けている。
「あのおばちゃんは、最近来た新入りだよ。だからあんまり意識もハッキリしてないんだけど。あなたの知り合い?」
「……昼子さん……」
テルミが獄悪同盟で出会った、殺し屋組織の一員だ。
百合の親戚でもある。
殺し屋の仲間であるはずの彼女も、霧に取り込まれてしまっている。
いや、九蘭家の者であるかどうかは関係無いのかもしれない。
そもそもこの『毒霧の力』は、遠い宇宙からやってきた物だ。
「…………く……」
テルミは苦々しく頭を振り、再び冷静になろうと努めた。
とにかく。どうしてまた自分が霧の中にいるのか、考えねばならぬ。
もしや、また百合が暴走したのだろうか?
いや。そうだとしても、自分だけがここにいるのはおかしい。
莉羅の力が無いと、足を踏み入れる事さえ不可能なはず。
莉羅も一緒に来ているのか?
そう思い、テルミは周囲を確認した。
暗い闇に包まれているが、何故か遠くまで見渡せる。そんな状態で三百六十度ぐるりと見回すが、どこにも莉羅の姿は無い。
怨念達の影に隠れているのだろうか……それとも……
「今日呼んだのは、あなただけだよ。あなたの妹や、ユリは呼んでない……あいつらも、絶対に許さないけどね」
テルミの考えを読んでいるかのように、リオが囁いた。
「……リオさんが、僕をここへ呼んだと言うのですか?」
「うん」
手に持つ生首を上下に振り、頷くリオ。
「どうして僕を? やはり、殺す気なのですか」
テルミは前回リオと別れる際に、「許さない」と言われ続けていた事を思い出す。
しかしリオは、生首を横に振った。
「違うよ、今日はあなたにお願いがあるんだ」
「お願い?」
その意外で可愛らしい言葉に、テルミは逆に警戒し構える。
「うん。兄ちゃんのドラゴンをね……」
リオはそこまで言って、口を開けたまま動きを止めた。
永久の時を彷徨う怨念となっても、元は幼く学の無い少女。物事を詳しく説明するのは得意で無い。
「……とにかく、コレだよ」
リオは説明を諦め、テルミを指差した。
すると、
「う、うわあっ!?」
冷静さを保とうと頑張っていたテルミだったが、つい叫んでしまう。
リオの後ろに広がる闇から、突如、漆黒の巨大竜が現れたのだ。
「グロロロロロ!」
黒い霧のドラゴン。
桜と戦っていた時の姿より遥かに小さいが、それでも大型バスくらいなら一飲みに出来そうなサイズ。
「こ、これは……!」
「あはは。あはははは」
慌てて逃げようとするテルミ。楽しそうに憎悪の目を向け笑うリオ。
そして、竜は巨大な口を開け、
「しまった……っ!」
容赦無く、テルミを飲み込んだ。
「ブロロロロロロ……」
「う……ああ……」
しかしテルミは即死したわけではない。
竜の口の中で逃げ場を無くし、徐々に、徐々に、体に霧を注がれる。
「あなたは慣れてるみたいだから、最初からたーくさんあげるね……ふふふっ」
リオはそう笑いながら右手に力を入れ、這ってテルミへと近づく。
テルミを新たな霧の使い手に仕立て上げようという魂胆だ。
組織の者であるクイズ忍者を使い、テルミに宝石を触れさせてみた。
あの宝石には、九蘭琉衣衛が仕掛けを施している。
特殊な力を持つ者が触れると緑色に光り輝く。特殊な力――つまりは、グロリオサへの適正。
そしてテルミが宝石に触れると、案の定光り輝いた。
なので誘拐。
九蘭の屋敷で、今こうやって力を注ぎ込んでいる。
実の所、宝石の確認などせずとも、リオはテルミに力を与えるつもりだった。
しかし誘拐する口実を作り、部下をスムーズに動かすため、あえてわざわざ宝石を触らせた。
ただ、もしあそこで宝石が光らなかったとしても、適当に別の命令でテルミを誘拐させただろう。
それ程までに、リオはテルミの力を見込んでいた。
見込むと言うより、惹かれていると言った方が正しいかもしれない。
「あはは。手間は掛かったけど、これで新しい友達だね……」
リオはずりずりと這い、テルミに近づく。
霧に閉じ込められている少年の姿が、リオにもゆっくりと見えて来た。
大量の霧が、無理矢理体内に注入される。
残酷で過酷な苦痛が、テルミの全身に襲い掛かった……
訳では、別に無かった。
「ズロロロロロ!」
テルミを覆っていた霧が、一瞬で晴れた。
竜が驚いたようにテルミから離れ、咆哮しながら闇の空間へと戻っていく。
つまり、霧のドラゴンは、
「……あの、逃げちゃったんですけど」
という次第である。
「ん? え? ん~?」
リオの生首は、少女らしい高い声で唸った。
「なんで……? ドラゴン、どうして逃げるの? 待って、待ってよ!」
顔を歪めながら右腕で方向転換し、竜が消えていった空間を睨む。
「逃げないで……逃げるな……逃げるな! 許さない。許さない。許さないんだから。許さないよ、兄ちゃ」
「……あの、ドラゴン、さんは……あなたの、にーちゃんでは……無い……よ」
リオの声を遮り、少女が言った。
テルミもリオも声の方を振り向く。
いつの間に来ていたのだろうか。そこにはテルミの妹、真奥莉羅が立っていた。
「莉羅!」
テルミが妹の名を叫ぶと、莉羅は小走りで兄に駆け寄り抱き付き、
「にーちゃん、無事ー……?」
と、胸に顔を埋めた。
その兄妹の仲良い光景を見て、リオはますます顔に憎悪を浮かべる。
莉羅は兄から顔を離し、改めてリオと対峙した。
「あの、黒い……ドラゴン、さんは……オーサの、力に……飲み込まれた、人々の怨念……なの。だから……オーサの、意思は……これっぽっちも、残って……いない」
「……うるさい。何なのあなた……!」
声を張り上げたリオの口から、黒い霧が吐き出される。
「あなた、また現れたわね。勝手にここに入って来て……! あたし達のこと何も知らないくせに、口を出さないでよ」
「知ってる……もーん」
莉羅は両手を合わせ、ぶりっ子なポーズで反論する。
「リオ……あなたは……にーちゃんの、中にある……魔力の、残り香を……『グロリオサへの適正』と、勘違い……している……」
「な、何が勘違いよ。変な事を言って、あたしを惑わそうたって」
「……あなたが、適正だと……思っている、部分。……にーちゃんの、『力』を……良く、見て……」
「そんなの、ここに連れて来てから何度も見た……」
そこでリオは、ふと気付いた。
というか、どうして今まで気付かなかったのか。
この莉羅と言う少女が来て、魔法が解けたように突然分かった。
いや、実際『魔法が解けた』のだ。
霧に混じって流れ込んでくる、テルミの心。意識。力。
その内にある、『適正有りと見込んだ部分』。
違う。
これはグロリオサへの適正じゃない。
むしろ……
「……こ……えは……うぶっ」
リオは気分が悪くなってきた。
心情と言う意味での気分の悪さは、死んでから常に味わっていた。
が、今回は違う。死んでから何兆年も経って初めて、体調面で気分が悪くなった。
――違う。この気分の悪さ、初めてじゃないかもしれない――
リオの首切断面から、今までに無く大量の霧が吹き出す。
「何で……これ……あぐ……ぐぐぐ……」
リオは腕から生首を落とし、もだえ苦しむ。
お節介なテルミは自分の置かれた状況も忘れ、心配そうにリオへ駆け寄った。しかし体がすり抜けてしまうので、介抱は出来ない。
「ど、どうしてしまったのでしょうか……?」
「…………」
莉羅は兄への返答も兼ね、先程の話を続ける。
「何故……ドラゴン、さんが……にーちゃんを恐れて、逃げたか……そして、以前……ドラゴンさんが、カラテガールと戦った時に……」
莉羅は「あ……違った……キルシュリーパー……」と小さく付け加え、続きを言う。
「あのヒーローと、戦った時に……何故……興奮し、高揚し……異常に恐れて、いたのか……。それに、リオ……あなた自身、どうして……にーちゃんの中の、『魔力の残り香』に……惹かれてしまったのか……いや、その『憧れ』は……絶対的な『怖れ』を、勘違いしていただけ……なんだけど。とにかく……その理由を、あなたは忘れている……いや、忘れさせられている……」
「な、何を……! 意味分かんない適当な事言わないで! 何も知らないくせに! 知らないくせに!」
「知ってる……って、言った……でしょ」
そう言って莉羅は、テルミの顔をちらりと見た。
いつものように無表情だが、兄にだけは分かる。
自分の兄を巻き込んだリオへ怒りを向け、そして同時に、哀れなリオを同情している。
「……思い出させて、あげる……ね」
「何を……っ!?」
莉羅はリオの頭に手を乗せた。
その何気ない行動に、リオは驚愕する。
怨念は生者に触れる事は出来ない。
生者も怨念に触れる事は出来ない。
たとえ、霧の意識世界の中であってもだ。
なのにこの生きている少女は、リオに触っている。
死んでから、初めて他人と触れ合えた。
――違う。初めてじゃ、ないかもしれない――




