94話 『弟は知り合い』
「と、ともだち……?」
キューちゃんは目を大きく見開き、自分をお姫様抱っこしているテルミの顔を見た。
そして、
「ふんっ!」
「痛っ」
ハイパー九尾ヘッドバッドを、少年の肩に炸裂させた。
「わ、わらわがニンゲンと友達になるわけあらへんやん!」
「すみません」
「うっ……」
少し残念そうに謝るテルミを見て、キューちゃんはドキリとする。
「んああ、なんどす! ああもう! ああもう! ああもーう!」
「ちょっとー、何二人でイチャついてんのよ。前歯折るわよ?」
桜の物騒な台詞は置いておき。
キューちゃんは、ふと千年前を思い出した。
この少年と顔が瓜二つの武士。
今まで仲良くなった……という程でも無いが……少なくとも『魅了無し』で喜怒哀楽をぶつけ合うような会話をした人間は、あの武士だけであった。
ただ、あれは別に友達というわけでは……
そう考えている最中、自分自身でも信じがたいような台詞が、キューちゃんの口から飛び出した。
「………………お、お兄はんは、わらわと友達になりたいんどすか?」
「はい。せっかく一緒に食事をしたのですから」
「……べ、別に友達くらいなら………………えけど」
キューちゃんは拗ねた表情で、テルミから目を逸らしながら言った。
しかしテルミは語末を聞き取れず、首を傾げる。
「すみません、今何と」
「せやから、友達になったるわ! って言いましたんどす!」
大声を出した後、キューちゃんはバツが悪そうにテルミの眼を睨んだ。
桜が「何この妖怪女。チョロっ!」とヤジを飛ばしているが、それはさておき、テルミはキューちゃんの台詞に笑顔で応える。
「では、今から友達ですね」
「と、友達やから……その……わらわと……わらわに……」
急に気恥ずかしくなり、ごにょごにょと小声になるキューちゃん。
「なぁに見つめ合ってんのよ」
桜は眉間にしわを寄せながらも、一応空気を読んで手出しせずにいる。
それに『友達』という単語を聞き、冷静さも取り戻した。
あくまで『恋人』などでは無い。『友達』だ。
思い返すと、少々我を忘れて早とちりしてしまったかもしれない。反省反省。
それによくよく考えてみれば、弟が私以外の女に惚れるはずがない。
と、自信過剰な桜なのであった。
とはいえ、
「やっぱムカツクから、死なない程度に殴っておこう」
未だ物騒なヒーローのままである事には変わりない。
ニヤリと微笑み、テルミ達に近づこうと一歩踏み出す。
が、その瞬間。
「分かったどす。わらわ、もうカラテガールとは戦いまへん」
「…………はぁ?」
桜は思わず間の抜けたな声を上げた。
キューちゃんが、急に降伏宣言をしたのだ。
「さっき、戦うのはやめとくれって言わはったやろ……とっ友達ぃ……を心配させるのは、あきまへんからなぁ。ホントは勝てるんどすけど! ふふーん!」
「分かって頂けたのですね。ありがとうございます」
微笑むテルミ。もう一度目を逸らすキューちゃん。そして、
「ちょっとぉ! ありがとうございます、じゃあ無いわよ!」
腑に落ちず、叫ぶ桜。
弟と妖怪女がますます仲良くなり、桜としてもますます殴りたい。
しかし、無抵抗になってしまった者を殴るのは、流石にはばかられる。
「ぐぅ……あ、あんた卑怯よ!」
「えっ、何がどす? 白旗上げてやったんどすから、恨まれる筋合いはありまへん」
「わああ、ムカツクムカツク!」
一気に精神的優位性が逆転してしまった、ヒーローと妖怪。
桜は「うがああああ!」と叫んだ後、大きく深呼吸し、気を落ち着かせる。
そしてボソリと、
「……焼肉」
と呟いた。
「焼肉がどうしたんどす?」
ヒーローの唐突な言葉を聞き、キューちゃんは疑問顔になる。
しかし、テルミは姉の意図が分かった。
桜は「今夜の夕食は焼肉にしろ。それで姉弟喧嘩はチャラにしてやる」と言っているのだ。
テルミはキューちゃんに気付かれないよう首を縦に振った。
桜は一応納得したようで、腕を組み首を振り返す。
これにてこの場は、一件落着……
「分かったわよ、見逃してあげる。でも今度会ったら……」
「見つけたぞ、クソ狐ババアああああああああッッッ!」
一件落着、とは行かなかった。
突如空から、身の丈三メートルある大男が降って来たのである。
「よ、妖怪大将さん!?」
「げっ、阿呆天狗……!」
テルミとキューちゃんが、大男の姿を確認して驚く。
「オラオラオラオラあああ! テメエ、ババア、俺の縄張りに無断で入って、美少年をかどわかし、あまつさえカラテガールと勝手にやり合って! 何してやがんだあああ!」
大風と地鳴りと共に地面へ降り立ったのは、東海道の妖怪大将、鼻高天狗くなどであった。
彼はテレビで生中継されていた『カラテガールVS男子高校生&着物美人』を偶然視聴し、この場へ飛んできたのである。
「てめえええ! オラあああ! コラあああッ! ああ、そこのカラテガール! ついでだ、テメエも今ここで片付けてやらあああああッッッッッッッッッ!」
一々煩いこの天狗。
桜はフルフェイスマスクの下で苦い顔をし、
「ちょっと、うっさいし邪魔よデカブツ」
そう言って小さく飛び上がり、天狗の腹を軽く小突いた。
「ぶっへあああああああああ!?」
桜にとっては軽くでも、普通の人間や妖怪達にはとても重い。
大将天狗は悲鳴を上げながら、空の高くへ飛ばされてしまった。
「ああ、ついにやってしまいましたね……」
テルミは姉の蛮行を見て、キューちゃんを抱いたままガックリとうな垂れる。
「……わっ、わっ、わっ……ええ……えええ……!?」
そしてキューちゃんは、今更ながらこのヒーローの怖さを理解したのであった。
◇
「阿呆天狗、わらわはもう喧嘩はしいひん。今後は放っといておくれやす」
「な、なんだとぉぉ~~……!?」
九尾の言葉に、大天狗は唸るように返事をした。
桜によって吹き飛ばされた天狗は今、山の頂にある高い木の枝に引っかかっている。
「ってこたぁ、名古屋妖怪の権利は俺様のものって事で良いのか!?」
「ああ。好きにしたらええわ。うちはもう争いとかよう好かん……友達が心配するし……うん……」
狐は柄にもなくはにかんでいる。
しかし天狗は狐の心境の変化には興味がないらしく、折れたあばら骨を押さえながら大笑いした。
「うあっははははは、勝った! 俺の勝ちだあああ! これで俺様は名実共に東海道全域の妖怪大大大大将様だぜい! ういろう! あんかけパスタ! 名古屋駅前のでっかい人形は俺様のモンだあああああ! って、痛ってえ横っ腹があああッ!」
◇
「名古屋……のために、戦ってた……の?」
妖怪屋敷。
突然叫びながら出て行ったくなどの様子を千里眼で覗いていた莉羅が、妖怪達へと尋ねた。
「ワンと! 莉羅ちゃん莉羅ちゃん、ナゴヤって何でありんすワン?」
ちなみに千里眼の映像は、テレパシーを駆使し、この部屋にいる全妖怪が見られるようにしている。
「ああ。数十年前から妖怪大将どもの間で、名古屋の権利がずっと宙ぶらりんになっておってのう。くなどとキューちゃんが取り合いしとったんだ……いや、あんかけパスタや人形は人間の所有物だから、くなどのモノにはならんがのう」
後ろ髪が長い青年、ぬらりひょんが床に寝転がり欠伸をしながら答えた。
彼は莉羅と若い妖怪達に、狐と武士の昔話――ぬらりひょんが知り得る部分だけだが――を教えた後、床で居眠りをしていたのである。
「でも、あの二人の気性じゃ話し合いでは済まないからね」
赤鬼の鬼華が、付け加えるように説明をする。
「かと言って、人間みたいに戦争で潰し合うのはゴメンだ。というわけで私達手下が裏で談合して、なんちゃって合戦を繰り返してたのさ」
そう言ってため息をつく赤鬼。隣で木綿さんや他の妖怪達も同じように肩をすくめた。
するとぬらりひょんが起き上がり、床に胡坐で座り直す。
「とにかくだ。どういう理由かは分からんが、どうやら莉羅の兄さんのおかげで、天狗と狐のナワバリ争いに決着がついたようだのう」
妖怪の言葉に、莉羅は「うん……そ、だね……」と頷く。
大天狗を千里眼で覗くと、何故か兄と姉と狐が一緒にいて驚いたが……しかしその時には、何かしらの事件が既に解決した後であった。
一体何が起こったのかは知らないが、兄がまた母性を醸し出し、狐に懐かれてしまったらしい。
またもや兄に好意を持つ女、というかメスの登場に、莉羅は複雑な気持ちで息を吐いた。
そんな莉羅に向かって、ぬらりひょんはからからと笑いながら人差し指を立てる。
「わしも妖怪大将の一人として、どうやらお前さんら兄妹に借りが出来たようだのう。もしお前さんらが困った時は、いつでも力を貸そう。用があったら、そのテレパシー能力でいつでも呼んでくれよ」
◇
「ま、真奥くんが……カラテガールと戦ってた、だって?」
「ああ、あの少年は百合の生徒だったのか? 経緯は知らんが、カラテガールから着物美女を守ってたぞ」
ヒーローと狐の騒動をこっそり監視していた毒霧グロリオサ達が、やっと駆けつけて来た百合へ状況を説明している。
ちなみに九蘭琉衣衛には、『ヒーローと九尾の戦いを百合に間近で見せたい』という考えがあったのだが、結局戦闘は起きず、百合の修行にならなかった。
「あの男子、カラテガールに毅然とした態度でな。怖く無かったのかねえ」
「カラテガールいわく『怪人』らしい着物美人と仲良かったし。タダの高校生じゃなかったりして」
そんな噂話をする若いグロリオサ達が、年配のグロリオサから「おい、無駄口を叩くな!」と怒られている。
一方、百合は考えが纏まらない。
何も言わずにテルミの顔を思い浮かべ、こめかみを押さえた。
百合が苦悩する間にも、親戚達は話し合っている。
「伯父さ……じゃなかった隊長。今後はあの少年も、監視対象になったりするんですかね?」
そんな台詞が聞こえ、百合は目を見開いた。
「あっ、あの! あの子は私の生徒だから」
と抗議をしようとしたが、それより先に隊長は手を振り否定する。
「いいや。あの少年は監視しなくて良いと、家長からお達しが来てるぞ」
「家長から?」
「ああ。何でも知り合いの子らしい」
「……知り合い?」
予想外の言葉に、百合の頭はますます混乱するのであった。
第十一章 完
第十二章へ続く




