91話 『弟と狐に忍び寄る黒いアレ』
ファミレス客達から殺気立った視線を向けられている、テルミとキューちゃん。
しかし二人は気にする事なく、話を続けている。
「ふふーん! せっかくやから、やっつけたい残り二匹が誰かってのもお聞きやす!」
二度目のスーパー九尾ヘッドバッド成功に気を良くしたキューちゃんは、テルミと手を繋いだまま、そう提案した。
キューちゃんが今やっつけたい人間三選。その残り二人についての話である。
特に断る理由も無いテルミは、「ではお聞きします」と素直に頷く。
「二人目は当然、毒霧の爺さんどすな!」
「なるほど、先程のお話の中にも出て来ていた方ですね」
毒霧。
ふとテルミは、姉扮するヒーローといつも戦っている、毒霧使いの殺し屋忍者を思い出した。
あの忍者は、「暗殺組織の一員だ」と一般人が撮るカメラの前でうっかり喋ってしまい、そのままその映像がネットに流れている。
もしかすると……その『暗殺組織』のトップが、件の毒霧翁なのかもしれない。
「って、平安時代の人が今も生きているわけないか……」
と、テルミは心の中で自分自身にツッコミを入れた。
そしてキューちゃんに尋ねる。
「毒霧のお爺さんは、人間だったんですよね?」
「そうどす、あれは確かにニンゲンどした」
それなら、さすがにもう生きてはいないだろう。とテルミは考えた。
平安時代の老人と現代の毒霧忍者に、本当に何かしらの関係があったとしてもだ。普通に考えると、遠い先祖程度の関わりだろう。
組織の現トップが、九尾の狐と対峙した毒霧翁本人であるはずもない。
……多分。
姉や妹、そして数多くの『不思議』に触れてきたテルミ。「人間だから千年も生きられない」とは言い切れないかもしれない、とも思い直すのであった。
そう言えば祖父の友人に、自称『もう何百年も生きている』という老人がいたが……
「なんどす急に黙りはって。もっとわらわと言葉のキャッチボールしいや」
テルミが思案している隣で、キューちゃんは「あっ、べ、別にお兄はんと会話したいとか思っとるわけやあらへんけどな!」と顔を赤くした。
「まあええどす。ほんでなぁ、あの毒霧翁の」
「ふにゃぁぁ……毒ぅぅぁ……」
毒霧という単語に、寝ている百合が反応したが、
「子供扱いしないでよぉ……ううぅ……うわぁぁん」
と、また別の関係ない寝言を口にしだしたので、放っておいた。
この子供にしか見えない高校教師が、よもや今話題に挙げている毒霧翁の子孫かつ愛弟子であるとは、テルミにもキューちゃんにも知る由が無い。
キューちゃんは「コホン」と咳をして、改めて言葉を紡ぐ。
「あの毒霧爺さんは、日本全土におる妖怪達の敵なんどす。他のニンゲンとは違って、殺しても文句は言われへん。まあ並の妖怪では返り討ちに遭うのがオチやから、手を出すなって暗黙の了解はあるんやけど……でもわらわは、めっちゃ強いから関係あらへん!」
「なるほど。しかしキューちゃんさんは……」
一度、あのお爺さんに負けたのでは?
と言おうとして、テルミは言葉を飲み込んだ。これはキューちゃんも気にしているかもしれないからだ。
「……あまりご無理はなされない方が良いですよ」
「無理やないもん! ふーん! ふーん! ふんっ!」
「痛っ」
キューちゃんは三度目のスーパー九尾ヘッドバッドを……
「痛いどすやろ、パワーアップしたわらわのハイパー九尾ヘッドバッド!」
もとい、ハイパー九尾ヘッドバッドを喰らわせ、またもや満足気に胸を張った。
ちなみにどこがパワーアップしているのかは、本人にも分かっていない。
「そして、やっつけたいニンゲン三人目どす。それは~……誰やろな~。お兄はん、当ててみはります?」
新技が決まり上機嫌なキューちゃんは、突然のクイズ形式に変えた。
テルミは律儀に「分かりました」と返事をして、考える。
九尾が倒したい相手と言えば、現在喧嘩中の大天狗だろうか。
だがキューちゃんは「やっつけたいニンゲン」と言っていたので、妖怪は除外するべきだ。
となると。
というかまあ、最初から見当は付いていたのだが。
「……多分、キルシュリーパーさんですよね?」
「キルシ……何? 知らへん。誰どすかそれ。三人目はもちろん、カラテガールに決まっとるやん!」
そのカラテガールの正式名称がキルシュリーパーなのである。
「最近悪目立ちしている、あのしょうもないヒーローどす。あの阿呆女、調子に乗ってはるもん! まるで自分が世界の王様みたいな気ぃになっとるんやろうなあ。いきっとんなあ。ド阿呆やなあ。な! な! お兄はんもそう思うどすやろ?」
「い、いやあ……どうでしょうか」
「なんや、くなどは手こずっとるみたいやけどな。わらわの手にかかれば、あんな乳だけの阿呆女なんて簡単にやっつけて……」
「誰が、阿呆女ですって?」
背後から、キューちゃんの肩が掴まれた。
突然の肩叩きとその異様なプレッシャーに、狐は「こぉん!?」と一鳴き。
テルミとキューちゃんが後ろを振り向いて声の主を確認するよりも先に、店内にいる他の客たちがその人物に気付いた。
「な、なあ……アレって……?」
「え? 何が……あ、ああ!?」
ファミレスが一気に騒めく。
テルミとキューちゃんの後ろに突如現れた、黒ずくめの女性。
頑丈な金属製の、フルフェイスヒーローマスク。
ぴっちりとした黒い衣裳は、本日奇しくもチャイナ服。
きめ細やかな肌の太ももが、スリットからチラリと見えている。
ようやく振り向いたテルミ達は、その姿を見て驚愕する。
「わっ、わっ、わっ……我、わらわ……早速見つけ……!」
「姉……いや、あなたは」
「カラテガールだあああ!」
「うおおおお! なんでここに!?」
「カーラーテ! カーラーテ!」
ファミレスの客たちがカラテコールを始める。
桜はとりあえず皆に手を振り、「はぁ~い。あたしはキルシュリーパーだけどね、市民ども!」と愛想と訂正を振りまいた。
しかしマスクの下にある瞳は、繋がっているテルミとキューちゃんの手を鋭く睨み付けている。
「……かっ、かっ……カラテガール……ふぅ……」
突然のヒーロー襲来に目を丸くしていたキューちゃんは、一旦深呼吸し心を落ち着かせた。
逃走防止にテルミと手を繋いだまま、いつもより余計に胸を反らし、威圧感を出す。
「カラテガール。ようもまあノコノコおいでやしたなぁ。わざわざ倒されに」
「うっさい黙れ殺すわよ」
「…………」
キューちゃんが言い終わる前に、ヒーローが乱暴に台詞を遮る。
せっかく醸し出した九尾の威圧感は、桜の威圧感の前に吹き飛んでしまった。
傲慢高慢高飛車居丈高女王様の本領発揮である。
桜は怒っている。
弟が、妖怪とは言え美女と手をガッチリ繋いでいる……その事実が、桜の心に炎を灯すのだ。
一方出鼻を挫かれたキューちゃんは、めげずにもう一度喋ろうとした。
「なんや、せわしないなあカラテガール。そないイケずな事言わんと、わらわがその血肉を喰ら」
「うっさいっつってんでしょ、このビッチ妖怪」
「…………」
またもや台詞の邪魔をされた。
キューちゃんは折れそうになる心を鼓舞する。
大丈夫、落ち着けわらわ。わらわの方がカラテガールより凄い。強い。落ち着け。
「わら」
「喋るな。殺す」
「…………」
もう落ち着くのは無理。
「……な、なんやのん! なんやのん! もうちょっとわらわの言う事を聞いてくれても」
「あーあーうっさいうっさい。もう殺す」
「なんやの! もー! もー! もーー! そっちがうっさい!」
ヒーローと妖怪大将狐の決戦。
そのゴングが鳴る前に、既に妖怪は涙目になっていた。




