我が部の恥晒し
犯人はこの中にいます。
そう声を高らかに言う名探偵のメンタルは凄いと思う。
こんな殺伐とした空気の中で、誰とも知らない人間を人殺し呼ばわり出来るのだから。
俺が犯人であろうとなかろうと、犯人の次に殺意を覚えることだろう。
だから俺のこの殺意は合理的だ。
だからと言って殺しはしないが、中には殺しかねない人間も居るだろう。
例えば、あの恰幅の良い黄土色のスーツを着たオッサンは青筋を浮かべてるし、自称・教師を名乗る30代前半くらいの女は頻りに腕時計を確認しているし、高校生のカップルは今にも飛び掛ってしまうのではないかと言うくらいソイツを睨み付けている。
「この私、推理研究部部長のアリス・ミステイク・八代が保障しましょう!」
そう名乗った我が部の恥さらし様は、声高らかにそう宣言したのだった。
§
事の始まりは三日程前に遡る。
「おい、今なんて言った?」
それが、詳細を聞いた俺の最初に思い付いた感想だった。
掻い摘んで説明をすると、仲の良い「占い研究部長」から「近々事件が起こる。そこで貴女は有名になる」と占われたらしい。
事件現場の特徴は雪と山と木と火らしい。
コテージが頭を過ったが、そもそも今は夏だ。
何処のスキー場もやってまい。
それに有名になると言うのは、悪い意味でかも知れない。
いや、こいつの場合はそうに違いない。
結論から言えば、その占い研究部の部長の占いは当たっていた。
意気揚々と事件を楽しみにするという最低な思考を僅か三日で忘却の彼方へ消したこの我が部の恥晒しは、俺を連れて普通に近くのコンビニへ買い物に来ていた。
そこで事件は起きたのだった。
§
とは言え、何も殺人事件が起きた訳では無い。
被害者は最初に説明した火乃元晃氏の車に傷が付けられていたことから始まった。
容疑者は俺とアリスを含め、隣に停めてた自称教師の三嶋深雪氏。
二人乗りでコンビニに来た中山勇気氏と木之本瑞希氏の合計5人だ。
なるほど、確かに占い研究部長さんの言ってた「雪」「山」「火」「木」全て入ってるな…
探偵気取りのウチのボンクラは、勝手に事情聴取を初めて俺にドヤ顔で報告してきやがった。
助手席側後方に横1mくらいの何かで擦った様な細い傷が付いていた様だ。
三嶋先生の車は右側に有り、そもそも先生の車に何かを擦った様な跡は無かった。
カップルの自転車は車から離れた場所に駐輪して、俺らもそうだが、そこから歩いて店に入っている。
尚、この駐輪場は出入口より向かって右側、正面に優先駐車場、建物に沿って左側に車2台のみの駐車スペースがある作りになっている。
優先駐車場側に道路があり、火乃元さんの車は最奥部にある為、先生の車では最初に来ようが後から来ようが傷を付けられない。
また、駐車場から離れた位置に駐輪場がある為、カップルや俺達もそんな場所までわざわざ行く必要が無い。
無論、最初から傷付ける積もりならこの限りでは無いが、それなら先生も同様だ。
だが、犯人が店内に居るとは限らない、と言うのが俺の率直な意見だ。
店員然り、通行人然り、交通量は少ないが、店内に居る人間しか犯せない犯行では無い。
ならば、後は警察の仕事だ。
俺らにはどうする事も出来ない。
そう思っていたし、そう思って欲しかった。
だがアリスは違った。
クウォーターの彼女は大のマンガやアニメ好きで、特に推理ものにどハマリしていた。
そんな彼女に、よく暇してる姿を見かけるというよく分からない理由で入部させられた推理研究部。
……厳密にはそう言う名前の正式名称「推理研究部同好会」である。
部に昇格すれば名称が見事「推理研究部部」になるのだが、本人は俺以外を入れる気は無いらしく、構わないと言っていた。
その我が部の恥晒しはなぜ恥晒しと呼ばれているのかと言うと、校内の小さな事件を見付けては首を突っ込み、的外れな推理をドヤ顔で展開するからである。
その尻拭いを俺がさせられているのは言うまでもない。
そんな部長様が、よりにもよって民事事件に首を突っ込んだのである。
そして声を高らかに「この中に犯人が居る!」と叫ぶのだから勘弁して欲しい。
結局俺がコイツの尻を拭わなければいけないのだから。
さて、先ずは被害状況だが車の左側に付けられた傷との事だが、火乃元さんは家では傷は付いてなく、コンビニにから帰る時に付いたと言っていた。
駐車・駐輪順は火乃元さん、次いで中山・木之本カップル、俺ら、そして最後に三嶋先生の順で入り、火乃元さんが用事を済ませて、助手席に傷があるのを発見したらしい。
駐車してから発見までは僅か10分、店の死角と言うこともあって犯行は気付かれ辛い。
左折時に擦ってないことも、外に出てそれっぽい場所全て確認済みだ。
と、そこで俺はある事に気付いた。
話を鵜呑みにしていたら見落としていただろう事に。
だが、確証が無い。
俺の予想が正しければ、恐らく証拠は此処に無いだろう。
「アリス、店員さんに話を聞いて欲しい」
「犯人が分かったんですか!?」
その言葉に、火乃元さんが俺を睨んでくる。
予想通りなら、あの怒りの目は俺に向いてるな。
俺が尋ねるように促すと、アリスは満面の笑みで聞きに行く。
全く、これではどちらが助手か分かったものじゃない。
俺がアイツに尋ねるように促したのは、最近揉め事は無かったかどうかだ。
結果は予想通り、客同士の揉め事は無かった。
§
アリスと俺は、警察の人と学校と親にガッツリ怒られた。
俺の家でアリスは少し不貞腐れている。
同好会が廃部になったからだろう。
「そんな怒るなよアリス」
「怒って無いです」
アリスはあの後直ぐに俺の家に来て、部屋でずっとこんな感じだ。
俺は軽い溜め息を吐いたが、それにも気付いていないようだった。
「機嫌直せよ」
「私は悲しいのです。もう君の推理が見れないから」
「何を言ってるのか分からないが、推理ならしたさ」
「でも分からなかったのでしょう?」
「いや、分かったから手を引いた」
その言葉に、アリスはようやく顔をこちらに向ける。
「犯人、分かったのですか?」
「嗚呼、と言っても犯人は居ないけどな」
「? どういう事ですか?」
俺は掻い摘んでアリスに説明した。
駐車場が有ったのは、店の左側面、それも最奥部だ。
つまり、火乃元は運転席に乗るのに助手席側へ回る必要が無い。
そこが不審な点だった。
そして店員さんに「揉め事は無かったか?」と尋ねたら「客同士の揉め事は無かった」と答えた。
つまり、店側との揉め事はあったという事だ。これが単純に「揉め事は無かった」と答えても一緒だが、つまり恨みの線は消える。
店に問題が有って揉めており、未だに揉めていたなら店を陥れるのに自作自演をしても可笑しくない。
その証拠に、見た目の割にぼろい車を乗っていたし、俺を睨んだ理由もそこにあるだろう。
「あくまで俺の妄想だ」
俺の推理を一頻り聞いたアリスは満足そうな表情を見せると、短く「そっか」とだけ言って立ち上がった。
「帰りますね。満足しましたし、もうココに居る必要も無くなりました」
そう言ってアリスはそのまま帰った。
その表情はとても悲しそうに。
§
そして、翌日からアリスは学校に現れなくなった。
どうやら、俺の推理が足りなかったらしい。
アイツをもっとちゃんと見ていれば気付けただろうに、そう思ったのは既にアリスがこの国を去ってから暫く経ってからの事だった。
久々の投稿ですが、読んで頂きまして真にありがとうございます!
宜しければ、他に投稿しているものも読んで頂ければと思っております。
(追記:2017/12/15 13:34:45現在)
感想欄にて「もし推理が足りてたらどうだったか」の質問がありました。
まず当作品はリドルストーリー形式を取っているということを頭に置いて頂きたく思います。
まずアリスは「俺の主観」で「満足そうな表情」を見せる。しかし、その後「とても悲しそうな表情」へ変える。
変わった動機は「俺の推理が足りなかったらしい」から。
変わった理由は「立ち去るまで表情を隠せないほどにショックだったから」と読み取れます。
ショックの理由は「もう君の推理が見れないから」で、それは後の帰国を示唆しています(推理を見るだけなら同好会が無くても見れるため)。
つまり「俺の推理が足りなかった」事が条件になってしまったということです。
さて、この足りない推理は「アリスを見ていたら気付ける」らしく、アリスのなんらかの行動が事件解決に結び付くのです。
彼女が取った行動は聴取のみ、現場に足は運んでいません。「俺」でも足を運んだのに。
可能性は2つ。1つは、最初から「俺」に頼るため。そしてもう1つは「見る必要が無かった」ため。
それから、彼女は「犯人がいる!」と言っていましたが、自身の推理は最後まで展開しておらず(普段は「的外れな推理をドヤ顔で展開する」と描写されている)、店員に話を聞く時に「犯人がわかったのか?」と訪ねました。
つまり「この時点で「俺」が犯人が分かったかもしれないにも関わらず、冒頭で「私が保証する」と言うのはタイミングがおかしい」のです。
まとめると、彼女は真実を知っており(故に現場に足を運ばない)、それを「俺」に解かせようとした(故に最後まで推理を展開しなかった)。そして、民事事件で「俺」が真相にたどり着けなかった為に「俺」の推理は見られず(見ていられないと言う解釈も出来る)、帰国を決意したのでしょう。
事件の詳細に関しては「俺」でさえ傷を見てないので、そもそも「事件が発生していたかも分からない」です。事件概要も聴取結果も全てアリスから聞いたもの、つまり狂言事件の可能性があります。ちなみに「俺」の推理通りの可能性もありますが、それはアリスの態度によって否定されています。
ここまでが彼女を見て推理が足りていたらの一例とさせて頂きます。もし推理が足りていて真相にたどり着けていたならば、恐らく同好会の存続と、アリスの帰国阻止の二つが起きていたことでしょう。
最後までお読み下さりまして、ありがとうございました。