莫迦は死んでも治らない
昨晩思いついたものをノリで書き上げ。
短いです。
似たようなテーマは多々あるのでネタが被ってないか戦々恐々としています。
きい、と建てつけの悪い扉がゆっくりと開く音がする。
遡れば京に都があった頃からこの地にあるという、老舗という言葉すらおこがましいと思えるほどの古い店。扱う品は当時からほとんど変わりなく、時代が遷ろった今では骨董品屋と呼ばれている。古ぼけた店舗は通う客など見たこともなく、さもすればなぜ続いているのかと言われてしまうほどだ。
「まァ、お客さンみたいなのは、昔っから途切れないンだよねェ」
開いた扉を先導するのは今にもぽっくり逝きそうなほどに年をとった老人だ。老若男女誰に聞いても同じ容貌しか答えが帰ってこないほどには年齢不詳で、利子によって生きている、という噂もあながち間違いではないのかもしれない。
扉の先の部屋には小さなカウンターがひとつと、壁の棚には薄ぼんやりと光る、火の玉とでも呼ぶべきものが整然と並べられている。
赤やら青やら色とりどりに光る火の玉に囲まれて、カウンターに立った老人がくるりとこちらを振り返る。
「さァて、魂の質屋にようこそいらっしゃった。此度は一体どんな御用かね?」
にたりとした笑みを浮かべながら老人が問うてくる。
魂の質屋。
骨董品屋とは表の姿、一歩踏み入れれば、裏の姿は文字通りひとの持つ魂を質として、それに応じたあらゆるものを貸してくれる店だ。貸す、といっても期限は当人が借りたものを耳を揃えて返却するか、当人が死ぬまで。
若くして死んでしまう才人は時折ニュースで見かけるが、彼らのおおよそ半分ほどはここに魂を貸していると言われている。無論、才能を借り受ける質として魂の片鱗、専ら寿命が預けられている。中には身体機能の幾つかを質として選ぶ者もいたらしいが、寿命、つまり当人の生命そのものに比べれば交換比率は低い。それによって苦労しながら生き長らえるよりかは、短い寿命を生きすぱっと死ぬことを選ぶ者のほうが多いのだ。
「さァさ、何がご入用かね? 対価さえ支払えンのなら、なンでも、いくらでも貸し出そうさ」
老人は嗤う。その後ろに幻視した鎌をもたげた死神は、果たして本当に私の目の錯覚だったのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んで、静かに口を開く。
「その前に。ここに私の魂を預け、他の誰かがその対価を借り受けることは可能だろうか?」
才人が惜しまれながら逝く様子を見て、ふと思った。一生を費やせるような才能を一瞬で燃やし尽くす、そのなんと勿体なきことか。そんな折にこの魂の質屋の噂を聞いて閃いたのだ。一生で足りなければもう一生を、それでも足りないならばさらにを。
魂の質屋が存在することはすなわち、一人が一生で消費できる魂の総量は一定ということだ。憎まれっ子世に憚るや佳人薄命の言葉が示すように、惜しい人から死んでいく。それは魂を寿命に変換するか、才能に変換するかの違いだ。才能を持ちながら長寿というのは、一生を費やしても足りていないのだ。それを成しうる方法は、魂を追加で受け取るほかない。
だから、私は私の魂を、今生を質に出そう。才覚なしと断じられたこの身が持つ多くの寿命を才能に変換するのではなく、全てを来世に費やそう。
決意を込めた私の言葉に返ってきたのは先程までと何の調子も変わらない、少し訛った老人の声だ。
「他の誰か、というのは難しいがねェ。生まれ変わった自分自身が相手なら、なンの問題もないさ。まァ、生まれ変わってからこの店に来て受け取る必要があるがねェ」
「是非もない」
一も二もなく答えた私は老人の御目にかかったのだろうか。呵々と嗤った老人は、手に持った杖で一度床を叩く。
こつんという乾いた音とともに、壁際にある火の玉が少しだけ強く光った。
「さァて、まずは改めて、求める対価を聞こうかねェ」
「来世における私へと、彼が求める才能を」
「これが今世でありゃァ、もっと具体的に聞いて借り受ける魂の量を決めるところなンだがねェ。来世の話だ、いまここで借り受けた魂の量から貸し出す才能を決めることンなる。構わないね?」
「構わない。私が出すのは明後日の深夜零時からの寿命全てだ」
「……いいだろう。では、明後日からの寿命を借り受けよう」
老人がもう一度床を杖で叩く。すると私の心臓のあたり、左胸から青色の火の玉が飛び出して、ひとりでに壁の棚の一部へと収まった。火の玉の大きさが魂の量だとするのなら、私の魂の量はそこそこ大きなものだ。一生の量にしてはそこそこ程度であるのは、私と同じ考えの者が少なからずいるということだろう。
「明後日の零時までなら魂を返却すンこともできる、まァちょびっとは利子として儂が貰うがねェ。せいぜい残された時間を有意義に使いな」
「ああ、感謝する」
これで話は終わりだとでも言うように、みたび老人が杖で床を叩く。
私は老人に向けて一礼し、古めかしい骨董品屋から立ち去った。私に残った時間はあと僅かだ。今夜と明日の豪遊の予定を立てなければ。まずは……。
◇◆◇◆◇◆
若者が去り、窓のない質屋に沈黙が降りる。明かりは壁の棚でぼんやりと光る火の玉が補っている。
この骨董品屋及び質屋の店主はいまさっき若者が置いていった魂を見やり、小さく嗤う。
「莫迦は死んでも治らないなァ」
それに呼応するように、或いは文句があるかのように若者が置いていった魂と、それと同じ色を持つ火の玉が棚のあちこちで強めの光を放つ。
例え生まれ変わって入れ物が変わっても、魂を貸し出しても、個人の持つ魂の色は変わらない。来世への自分へ貸し出しができるのは、その魂の色で個人の判別をしているからだ。
「己の発想から過去を辿らンとこが、莫迦が莫迦たる所以よなァ」
四方八方から色とりどりの火の玉が示す老人の影は、まるで大振りな鎌を持って笑い転げている死神のようだった。