どさくさ紛れに「竹島復帰(^-^)」
「独島」まで蟻の襲来?
近隣航海中の海上自衛隊練習艦の対応はいかに
田中1尉らが悪戦苦闘の最中、竹島が島根県に戻りました。
当時はうやむやでしたが、断片的な情報を繋げると以下の経緯だったそうです。
「韓国では、捕獲した蟻を使っての戦闘訓練をするため、輸送コンテナに蟻を入れて各部隊、演習場に輸送していたが、この時、致命的なエラーをしてしまった。
本来、蟻のコンテナは揚陸艦「独島」に搭載、輸送する筈が、どこか誤って「独島」に配送する、になってしまったらしい。
らしいと言うのは、関連部隊全てが「うちは関係ない」と主張するからで、当事者同士の罪の擦り合いなんだが、とにもかくにも、本来、孤島で蟻の這い出る隙間もない筈のところに、わざわざ送りこんでしまったのである。
更に当初の送り先でなかったこともありますが、荷揚げ後、放置された間、中身の蟻は逃げ出して、まんまと上陸させてしまったのである。
その結果は、想像の通り、狭い島での蟻対韓国海兵隊の激戦となってしまったのであった。
そして、これまた想像通り、海兵隊は島の片隅に追い詰められ、近隣を航行中の船なら、なんでも良いからと救援を求めたのも、また想像に難くない。
たまたま航行していたのは、日本の海自の古い「ゆき」クラスの練習艦であった。
救難要請を受けた、島根県出身の艦長が拒否する訳もなく、総員戦闘配置で「竹島」に急行。主砲の76ミリ砲で片っ端から蟻どもをぶっ飛ばし、海兵隊が波止場から撤退するチャンスを作った。
感謝しつつ命からがら脱出した海兵隊が見たのは、完膚なきまで叩かれた蟻の山、だけでなかった。
護衛艦の砲弾は艦長曰く「念には念を入れて」韓国軍の施設を確実に破壊してるのである。
通信アンテナは倒れ、船着き場は砕かれ、大統領が上陸した際の記念碑もどこかに飛ばされる始末。
海兵隊はあわてて抗議しようにも、無線は故障、ボートを戻すにも燃料不足となり、離脱せざるを得なかったのである。
また、砲撃によりほぼ、蟻の駆除をした、と判断した艦長も、なおも「念には念を入れるため」臨時にヘリ甲板に露天駐機していた哨戒ヘリに武装した要員を載せ「竹島」に向かわせたのである。
なお、ヘリの乗員は何度も往復する間に、現地で発見した物干し竿に白地に赤い丸の入った旗を設置したことを艦長に報告、さらには後続の輸送艦に連絡したのであった。
練習艦の艦長は、「竹島」にたまたまいた「外国人」を助けただけと報告、護衛艦隊司令部、海幕もこの報告を追認、総理官邸も「人道支援」と発表した。
本来なら、烈火のごとく反撃したで有ろう韓国政府も、事件の発端が自軍のミスが原因なことを内部調査で把握した後は、「独島の海兵隊は、本国での任務のため転進」とのみ発表するにとどめ、これにより「独島」という名前は歴史の流れに消えて行ったのである。
翌月、練習艦艦長が島根県から県民栄誉賞を受けたのは、よく知られている通りである
かくして竹島が復帰と相成りました




