魔王候補(わたし)と愛姫(わたし)・13
「という事なので、ここから出てきませんか?」
「……あんた、馬鹿?」
玉座の間に現れた白い空間では、ゼロさんが完全に呆れた顔をしてこちらを見ている。
白亜様が印を掲げて何か呪文を呟くと、空気を裂くようにして白い空間が現れた。あれが門を開けるという行為らしい。踏み込むと戻れるか分からないと言われ、大声でゼロさんを呼んでみたところ、ひょっこりと顔を出してくれました。で、彼に事情を説明して今に至る。
「僕をここから出すなんて、正気の沙汰じゃないでしょ。ちょっと暴走しただけで国1つ簡単に滅ぼせるんだよ?」
「それは分かってますけど、自分で望んで暴走したわけじゃないですよね? それに、今なら制御ができているんじゃないんですか?」
わたしだって、何も考えずに無茶を言い始めたわけじゃない。絶対……とは言い切れないけど、あれだけ自分の力を操る事が出来ているのなら、暴走する心配はないんじゃないかと思ったからだ。白い空間の中では自在って言ってたけど、わたしをあそこに連れて行くのにも力を使っていたし、わたしを傷付けずに移動できるくらいならかなり自分の意思で制御できていると思う。
ゼロさんの不服そうな表情を見る限り、わたしの考えは間違いではなさそうだ。
「……僕はここに来てから一回も外に出た事がないからね。どうなるのか分からないよ。暴走したらどうするの? 君がセラフィーナみたいに止めてくれるわけ?」
「必要なら、そうします」
はっきり答えると、ゼロさんはじっとわたしを見つめてから、観念したようにため息をついた。
「もうここから出る気はなかったんだけどね。いいよ。とりあえず、君の馬鹿げた意見に乗ってあげるよ。もし暴走したら、君が責任とってくれるんだよね?」
にっこりと良い笑顔を浮かべるゼロさん。怯みそうになる気持ちをこらえて頷くと、ゼロさんは「じゃあ、出して」と手を差し伸べてきた。
戸惑いながらも、その手を掴む。ゼロさんは抵抗することなく、ぴょんと白い空間から飛び出してきた。
目を閉じて、深く息を吸って、吐く。ぐるりと辺りを見回してから、こちらを見てきた。
「ね、外に行こう」
「え?」
「外が見たい。連れてってよ」
さも当然のように差し伸ばしてきた手をおずおずと掴む。ジェイクさんと白亜様は二人とも何故か不機嫌そうな顔をしていたけれど、文句を言う様子はなかった。むしろ、白亜様は「屋上に出ればいい」と提案してくれたくらいだ。
言われた通りに屋上に出ると、ゼロさんはぱっと手を離して跳ねるように柵の辺りまで駆けて行った。
「あんまり行くと危ないですよ!」
「何言ってるのさ。僕を誰だと思ってるの? ここから落ちたくらいじゃ死なないよ。うーん、見事に灰色の空だね~。海も暗い色! セラフィーナが言ってた空とか海とか草原とかのイメージじゃないなぁ」
楽し気なゼロさんだけど、彼がセラフィーナさんから聞いた景色はここでは見る事が出来ないだろう。そのことを少し切なく思う。
言葉を濁していると、ゼロさんがふいに振り向いた。
「ね、愛姫。君の名前、教えてくれる?」
「わたしの名前ですか? ジュジュです」
さらりと答えてから、それが本来の名前じゃないことに気が付いた。ゼロさんが笑う。
「君、すっかり奪われちゃったね。でもまあ、いいや。ありがとね。ジュジュ」
「ゼロさん? あれ……体が」
「ふふ。やっぱり、僕は外の世界が性に合わないみたいだ」
薄くなっていく彼の姿に、ざっと血の気が引く思いがした。
セラフィーナさんがゼロさんをあの空間に閉じ込めていた理由。それは世界を守る為だけじゃなくて、彼自身を守る為だったのかもしれない。今になってそんなことに気が付いてしまう。
「ゼロさん! ごめんなさい! 戻りましょう!!」
「なんで謝るのさ。こっちはお礼を言ってるのに。ホント、変な愛姫だね」
手を取ると、確かにそこに彼の手はあって、掴むことは出来る。だけど、それは温かさも硬さもない、空気の塊を掴んでいるような感触だった。
「君は僕に愛しさを気付かせてくれた。君に言われてから、セラフィーナがいない事が辛くて苦しい事に気付かされた。あの場所にいたら生き永らえる事は出来るけど、彼女には会えない。でも、彼女の愛した世界と一緒になれたら、もう一度セラフィーナに会える気がするんだ。ね、祈っててよ。僕がセラフィーナに会えるようにってさ」
「……はい」
ありがと、ジュジュ。そんな声がぼやけた視界の中、聞こえた気がした。
ゼロさんはまるで幻の様に消えてしまった。ゼロさんの影響で島を覆っていた雲が薄くなっていく。少しだけ明るくなった海と、岩だらけの島。これからもっと明るくなっていくだろう。魔王も必要なくなるし、ゼロさんの影響を受けてきた魔族も人に戻っていくかもしれない。だけど、わたしが求めていたのはこんな終わりだったんだろうか。
人に作られて、恐れられて、閉じ込められて。あまりに身勝手な周囲に振り回されてきたゼロさんの最後が、どうしても納得できなかった。
ふいに、頭に柔らかい感触が落ちてくる。
「……ゼロさん、消えちゃいました」
「ああ」
「本当は、もっと楽しい事を知ってもらいたかったです。おいしい物を食べたり、綺麗な景色を見たり、沢山の人とおしゃべりしてもらいたかったです」
「そうか」
「……セラフィーナさんに、会えますかね?」
「さあな」
うん、励ますわけなんてないよね。まして、分からないことを曖昧にぼかしたり優しい嘘を言うような人じゃない。
でも、その通りだと思う。
ゼロさんがセラフィーナさんに会えるかなんて、誰にも分からない。ゼロさん自身にも分からなかっただろう。だからこそ、会えたらいいと心から思う。
祈っててよ。僕がセラフィーナに会えるようにってさ。
――祈ってます。貴方がセラフィーナさんに会えますように。




