勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・6
更新が遅くなってしまい、本当にすみません!
ドンドンとノックする音で、目が覚めた。「起きてるか?」という雷翔の声が続く。
「ん? あれ?」
起き上がって、思わず辺りを見回す。
大きなベッド。広い部屋。枕元には、今の音で目を覚ましたらしく、クーファが目をパチパチさせている。
えーと、ここは……そ、そうだ! クルウェークのお城だった!!
場所を思い出すと、またドンドンとドアが叩かれた。
「ジュジュ。おい、開けるぞ?」
「あ、ちょっとまって! 今行く」
白いふかふかのベッドから起き上がって、慌てて扉を開ける。扉の先には、雷翔と。
「え? ジェイクさん?」
「遅い」
驚くわたしに、ジェイクさんはぼそりと呟いた。
え? 何が?
起きたばかりで状況が掴めないわたしに、雷翔が呆れたような顔をした。
「マルダードの森に討伐に行くんだよ。忘れたのか? もう出立時刻になるぞ」
「あ、ああー!」
そ、そうだ! 今日はクルウェーク国の勇者と騎士団と一緒に討伐に向かうんだった!!
「ちょ、ちょっと待って! すぐに行くから!!」
「後5分だぞ」
閉めたドアの向こうから、雷翔の忠告が聞こえた。
ちょ、5分って! どどどうしよう!
言い訳するわけじゃないけど、昨日は本当に緊張しまくりだったのだ。
王様と謁見した後、食事に招待されて。そこでもまた王様とジェイクさんの静かな攻防が繰り広げられてて。……正直、わたしには良く分からなかったんだけど、謁見の間で王様が侮れないってよく分かっていたから、言葉一つ一つに裏があるような気がしちゃって、とにかくわたしに話が来ないようにひたすら食べ物を口に運んでいた気がする。あれだけ豪華な食事が並んでいたのに、そんな状態だったから正直味なんて覚えてない。でも、静かな戦いは確かに行われていたはずだ。……一緒に居た雷翔がうんざりしたような顔してたし。
その後も何故かお風呂に入る手伝いをしたがる女中さんを必死で断って、ベッドに入ってからも今日の討伐の不安だらけで全然眠れなくて。
うん、全然疲れは取れてないです。
大して荷物を持ってないわたしは、あまり準備に時間はかからなかった。無事に5分前に準備を終わらせて、騎士団が集まっていると言う大広間に向かう。
ただ、心配なのはこの格好だ。
長めのスカートの深緑色のワンピースにリュック。……どう考えても、騎士団と並ぶには不釣り合いですよね!!
「ね、ねえ。わたし、本当についていっていいのかな?」
「今更何だよ。大丈夫だって、ジェイクから王様に説明してあるんだから。王様も許可してるし、騎士団にも話しは通ってるだろ」
「それはそうかもしれないけど……」
ちなみにわたしは『以前誘拐犯から助けた記憶喪失の少女』という設定だ。
家族が見つからないうえ、誘拐集団の生き残りがまだいるかもしれない。ついでに料理が出来るから勇者のサポートが出来るという理由で、同行させてもらっている言い訳にしている。
だから、この格好でいるのは仕方ないと割り切るしかないんだけど……。
でも、大広間で大勢の騎士さん達から一斉に視線を浴びるのは精神的苦痛です。
「ひぃ……」
思わず変な声が口からもれる。
だって、この国の騎士さんって、あの恰好なんですよ。鳥みたいな兜に全身銀の鎧で。一見みんな同じに見えるし! むしろ騎士さん達もお互い誰だか分かっているんですか!?
そんな軍団がギッと音を立てて一斉にこっちを見るって、なんかもう夢にでも出てきそうだ。
固まってしまうわたしを尻目に、ジェイクさんがスタスタと前に歩いていく。
騎士団の人達は、そんなジェイクさんの方に視線を向けて、彼の行く道を自然に作っていった。
ジェイクさんが歩いて行く先には、王様が座っている椅子がある。
王様はジェイクさんが傍に来ると一つうなずいて、ゆっくりと立ちあがった。
「皆のもの」
それほど大きくも無い王様の声が、大きな広間全体に響き渡る。他の人の息遣いしか聞こえないくらい、あっという間に広間が静まり返った。
「ここに居るのは、ギルドニア国のジェイク・レイン殿だ。ギルドニア国の勇者、レイン殿の御兄弟で補佐を務めておるが、今回の魔物討伐に同行してくれることとなった。それから、そこにいるのがジェイク殿の同行者であるライカ殿とジュジュ殿だ。ジュジュ殿は戦闘には不慣れだが旅の援護をして下さるそうだ。よろしく頼むぞ」
王様が言い終わると同時に、ザッと音を立てて騎士さん達が一斉に膝をついた。一糸乱れぬ動きはすごい圧巻だ。
ぽかんとしていると、突然後ろからぽんと肩を叩かれた。
慌てて振り向くと、一人の男の人が立っていた。
見上げないとならないほど、とても背の高い人だ。でも、すらっとしている、というよりひょろりとしている、といった方がしっくりくる感じだ。
「あなたが、ジュジュさんですか?」
「あ、はい……」
頷きながらも、彼の存在がわたし以上に浮いているように思えてならない。
今は辺りが静まり返っているから聞こえるけど、声がか細くて全然元気が無いのだ。
真ん中から分かれている灰色の髪から覗く細い顔は青白いと言うより……蒼白? 優しげな微笑みを浮かべているけれど、明らかに具合が悪そうだ。
大丈夫かと心配してしまったのが顔に出たのか、彼は慌てて手を振った。
「怪しい者ではないです。これでも、クルウェーク国に仕えている者……コホッ、ですので」
「あ、いえ。怪しいんでいたわけじゃなくて……ええと、貴方は」
もしかして、従者の人とか? 事務的な事をしている人?
「あ、すみません。紹介が遅れゴホッ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、で、ゴホッ! 今日、は、ゲホッ! いつもよりコホッ……調子が良かった、んですゴホッ!」
「おいおい、大丈夫かよ」
呆れたように言いながら、雷翔が彼の背中をさする。その間も彼の咳がゴホゴホと酷くなってきていた。苦しそうになってきたので、雷翔も心配そうな顔になってきた。
「おいおい、本当に大丈夫かよ……お前、何しに来たんだ? 討伐隊の集会中だけど、こいつに何か用事でもあったのか?」
「いえ、私は、討伐に……コホッ参加する、ので」
「はぁ!?」
思わずと言うように、雷翔が声を上げる。わたしもぽかんとしてしまった。
いやいや、だって。こんな具合悪そうな人、わたし以上に場違いですよ。絶対安静ってお医者さんに言われてそうだし!
「無理だろ……無茶すんなよ。絶対具合悪いだろ」
「いえ、仕事、ですし……コホッ! 私が行か、ないと」
「いや、どう見ても無理だって」
「そ、そうですよ。すごく具合悪そうですし」
わたし達が言っている間に、彼の咳がますます酷くなってきて……。
「ゴホッ、ゴホゴホゴホッ! グッ!」
「えっ!?」
「グハッ!」
目の前が赤く染まりました。
一瞬訳が分からなかったわたしだけど、口を抑えている彼の手が真っ赤に染まっているのを見て理解する。
「えっ!? ちょ、えっ!? だ、大丈夫ですか!!」
「いや、お前も! 思い切りかかったろ!!」
「ゴホッゴホッ!」
「ちょ、ハンカチハンカチ! お、お医者様!!」
吐血してうずくまる彼。
魔物討伐前に血を浴びるという訳の分からない不吉な状況に、わたしも雷翔も大混乱だ。二人であたふたしていると、「大丈夫ですか!」という声が響いた。
とてもきりっとした頼もしさを感じる声に反応して顔を向けると、一人の女性が足早に近づいてくるのが見えた。
銀の胸当てに、手甲に鉄靴。背筋をしゃんとのばしたきびきびした姿から察するに、女性の騎士さんだと思う。
彼女は、すぐさまうずくまる彼に白いハンカチを渡して背中をさすりながら、わたし達に目を向けた。
「申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
「いや、こいつ思い切り血をかぶったから! 感染症とかねぇだろうな!?」
珍しく怖い顔をした雷翔に臆することなく、彼女ははっきりと頷いた。
「大丈夫です。移る様な病を患っているわけではありませんので。しかし、ご迷惑をおかけしました。すぐに着替えを用意致しますので、ご容赦を。申し訳ありませんが、後ほど改めて謝罪に参りますので失礼させて頂きます」
彼女は胸に手を当てて頭を下げた後、まだ咳き込んでいる彼に腕を回した。突然血を吐いた彼は、申し訳なさそうな顔で彼女を見た。
「すみません、アメリアさん」
「お気になさらず。それより、自分の体の方を気にかけて下さい、エリオット様」
……なんか、すごく聞き覚えのある名前が聞こえた気がするんですけど。
思わず雷翔と顔を見合わせると、自分の身長より高いエリオットさん……を背中におぶった女性の騎士さんがこちらを見て頭を下げた。
「本当に、失礼致しました。私は勇者エリオット・マクシェインの補佐を務めております、クルウェーク国第4騎士団のアメリア・エドワーズと申します。エリオット様の体調が優れ次第、謝罪に窺わせて頂きます」
「え……あ、はい……」
呆然としながら頷くと、アメリアさんはもう一度頭を下げてから立ち去っていった。
……えーと。
整理しよう。エリオット・マクシェインはクルウェーク国の勇者。で、今のアメリアさんがその補佐をしている人。吐血した人がエリオットさんで。で……。
……あの人が、勇者?
「え……ええー……?」
唖然としたわたしの隣では、雷翔が頭を掻いていた。
「……予想外すぎるな」
いや、予想外と言うか。
勇者として、大丈夫なんですか!?