魔王候補(わたし)と愛姫(わたし)・11
わたしから見て右側にジェイクさんと雷翔。左側に白亜様とおばば様。そんな面々を前に一番奥の椅子、つまり上座にクーファを肩に乗せたわたし……って、どう見ても位置おかしすぎだよねこれ! 誰も突っ込まないけど!
そんな状況の中、おばば様がふぅと息を吐いて口を開いた。
「さてと。ここで全ての状況を分かっているのはあたしくらいなもんだろうから、あたしから色々話させてもらうよ。いいね」
おばば様の言葉に、ジェイクさんが少し訝し気な表情を浮かべた。
そんなジェイクさんに、おばば様がふっと口元を歪めて笑う。
「ギルドニアの勇者は一癖あると知ってはいたが、意外と素直なんだねぇ。表情に全部でているよ。見ての通り、あたしの目は光を失っている。だけど、誰よりも色んなものが見えるんだよ。まあ、流石に複数ある未来はどれが実際に起こるかを当てるのは難しいけどね。過去や現在起きていることは大体見えてるよ。例えば、セレナ国の勇者は国を出てしまったとかね。宰相を殺すのはなんとか勇者の右腕が止めたようだけど、相当暴れたみたいだね。今や勇者じゃなくお尋ね者だよ」
「カインさんが!?」
思わず叫ぶと、おばば様はやれやれというようにため息をついた。
「お前は人の事を心配している場合じゃないだろう? それに、あいつらは大丈夫だよ。勇者の右腕がついているし、お尋ね者と言っても『愛姫』関連の情報は公にできない事だからね。多少暗殺者が後からついてくるだけの旅行みたいなものだよ」
「暗殺者がついてくるだけって……。だけで済むような状況じゃないと思うんですが……」
「煩いねぇ。あいつらのことは、あんたの事情が落ち着けば解決することだよ。あんたはあんたのことだけ考えときな」
きっぱりと告げられて黙り込むしかなくなる。
確かに、人の事を心配している余裕はないんだと思う。色んな事がありすぎて、まだ情報がまとまっていないもの。
「さてと。まずはお前たちが会った、愛姫を贄にしてきた存在について話しておこうか。あれはもうずっと昔に、ある国の王族によって作られた存在なんだよ。人工的に作られた精霊。それがあの存在だ。過ぎたる力は暴走して、自らを作った国さえ滅ぼした。その滅んだ国の残骸がここ。黒煙の島だよ。自分で生み出した存在に国を滅ぼされた王はそのまま破滅したけど、その子どもたちは暴走する精霊をなんとか宥めようとした。姫は精霊を宥める為に贄となり、王子は精霊の住む場所の門番になった。それでも溢れてくる精霊の力のせいで、島は過酷な環境になって、そこに残った人間にも変化をもたらしてしまったんだけどね。そう。あたしら魔族と呼ばれる存在は、元はただの人間だったんだ」
淡々と進められた話は頭の中に入っては来るけれど、理解が中々追いつかなかった。
雷翔は口を開けて呆けた表情をしているし、ジェイクさんは眉間に深く皺を刻んでいる。でも、白亜様の表情には何の変化も見られなかった。
「白亜様は、この事を知っていたんですか?」
「……ああ。父から話は聞いていた。魔王は魔族を統べる存在ではなく、封印されている存在をこの地に留める為の枷だと」
「枷……」
「その存在を封じ込めるには強い力が必要だ。その為に魔王となった者は、勇者の血を集めて門を閉じる鍵を作る」
「じゃあ、証が門の鍵だったんですね」
少しずつ霧が晴れていくように、色んな疑問がほどけていくような気がした。
魔王に試練が与えられるのは、力を示唆するためじゃなくて、そうしなければいけない理由があったんだ。
でも、まだ分からないことがある。
「……どうしてそれを教えてくれなかったんですか?」
白亜様に聞いたのは、魔王になる為には試練を受けなければいけないという事だけだ。それに、わたしはまだ忘れられずにいる。
小さな船を襲ってくる沢山の飛翼族。船から放り出された時に見えた白い姿。
そして、島に戻ってきた時。印を奪おうとしたあの事を。
「どうして、わたしを島から追い出したんですか……? どうして、印を奪おうとしたんですか?」
思わず責めるような口調になってしまったわたしに、白亜様は青い目を少し見開いた。言葉が止まらない。白亜様の顔を見ていられなくなって俯いた。
「白亜様、言ってましたよね。わたしの兄だって。それは、わたしが魔王様の子どもだからですか? でも、半分人間で、弱くて、みっともなくて……目に映したくなかったからですか?」
不味い。何言ってるんだろう。凄く卑屈で、面倒くさいことを言ってる。でもなんで、止まらない。
情けなさでじわりと涙が浮かんだ時だ。
突然、爆笑が聞こえた。
……って、爆笑?
思わず顔を上げると、大笑いしているおばば様がいた。
「ちょっと、おばば様!?」
「あっははは! こりゃあ、あんたが悪いよ、白亜。あんたの責任だ。言ったはずだよ。素直になりなってね」
「何の話ですか! 人が本気で話しているのに、なんで笑うんですか!」
「別にあんたを笑ったわけじゃないよ。うじうじした性格が治ってないのは呆れたけどねぇ。あたしが笑ったのは、そこの不器用な小僧が自分で自分の首を絞めて動揺しているからさ」
おばば様が指を差した方にはいつも以上に不快そうな顔をしている白亜様の姿があった。いや、不快、というか……なんか暗くなってる?
「真珠。あんたが魔王様の子どもなのは事実だよ。白亜があんたの腹違いの兄だってのも事実だ。でもね、一つだけ間違えてるんだよ」
「間違えてる……何をですか?」
「そりゃあ、本人に聞いた方が早いだろ。白亜、ちゃんと教えておやり」
白亜様に視線を向けると、短く息を吐いてからすっと顔を上げてこちらを見た。
「父がお前を魔王候補にしたのは、この島から逃がすためだ。島にいればいつか贄として要求される時が来る。そう思っての判断だった。お前が飛翼族の襲撃を受けたのは……あれは私の把握不足だ」
「把握不足? でも……あの場にいたのは……」
「様子がおかしいと気付いて向かった時には遅かった。……済まなかった」
苦し気な表情で呟く白亜様に、嘘は感じられなかった。いや、元々嘘をついたり、何かを誤魔化したりするような性格の人じゃなかった。こんな時に、ふとそんな事に気付く。
「印を奪おうとしたのは門を閉じる為だ。……正直なところ、あの時は冷静ではなかっただろう。完成した印さえあれば、門を閉じるくらいはできるだろうと必死だった」
「やれやれ……本当に相変わらずだねぇ」
突然、大きなため息とともに呆れたような声が割って入った。おばば様が大きく首を振っている。
ん? 相変わらずだねぇって、どこかで聞いたような。……ああ、おばば様と再会した時だ。あれ、あの時はわたしに対して言った言葉だと思ったけど……もしかして違う? わたしにじゃなくて、白亜様に言ってたの?
疑問を浮かべるわたしを他所に、おばば様はトントンと骨ばった細い指で机を叩いた。
「何回言わせるんだい? いつまで距離をおくつもりだい? いつまでも影でこそこそ動かれたんじゃ、余計な不安を作るだけだよ」
「視千」
「怖い顔して睨んでも無駄だよ。何も知らないこの子を守って来たのは立派だけどね、真珠はもう何も知らない子どもじゃない。自分の事を知って、進もうとしている。もう自分で道は切り開けるんだ。今のあんたの役目は、お守じゃなくて見守る事だよ。最後の通達だ。いい加減素直におなり」
強い口調のおばば様に、白亜様は唇を噛みしめてから、ゆっくりと目を閉じた。一つ息を吐き、わたしの方に向き直る。
「……真珠」
「は、はい」
「……今まで島で苦労してきた事は知っている。庇う事で余計な嫉妬を向けられるだろうと見て見ぬふりをしてきた。飛翼族に襲われていた時は、船から放り出されるお前を見て肝が冷えた。生死が分からない日が続いて眠れなかった。生きていると報告があった時は初めて神に感謝した」
信じられない言葉が続いていく。でも、無表情な白亜様の顔が、いつもより強張っているようにも見えて、全ての言葉が嘘じゃないと感じられた。
白亜様の白い手が、わたしの手の上に乗せられた。それはあまりにぎこちなくて、恐る恐ると言った言葉がしっくりくる動きだった。
「……無事でよかった」
「……ありがとう。白亜……兄様」
添えられていた手がぎゅっと強く握られた。




