魔王候補(わたし)と愛姫(わたし)・8
「ねえ、どうしたら僕は好きになってもらえるのかな?」
知りませんよ、そんなこと。
隣に座って上空を眺めているゼロさんに、心の中で答える。ゼロさんはわたしの返事を期待しているわけではないようで、首を傾げて何かと考えているようだ。
それにしても、ここは本当に何もない。
愛姫の部屋も真っ白で何にもない感じがしたけれど、それ以上だ。上も下も白くて何が境目かも分からない。時間の感覚もないし、おなかが減ったり喉が渇いたりもしない。ずっとこんなところにいたらおかしくなってしまいそう。
ふう、とこぼれたため息にゼロさんが気付いた。
「どうかした?」
「……あまりに何もない場所なので、気が滅入ってしまって」
「そう?」
「そうですよ。こんな何もない空間だと、頭がおかしくなっちゃいそうです」
黒煙の島を出てから、色々な国を巡って、色々な景色を見てきた。
初めて見た青い空の感動。見た事のない生き物への驚き。魔物に会った時の恐怖。それを知っているからこそ、この何もない場所が怖くて落ち着かない。黒煙の島も灰色の海と空と岩しかないような場所だったけれど、それでもここより良かった。
ぎゅっと体を縮めるわたしを見て、ゼロさんはこてんと首を傾げた。
「別に慣れたらどうってことないけどね。生きれる場所であれば問題ないでしょ?」
「そんなの……つまらないじゃないですか」
「まあ、楽しいことは何もないけどね。でも、話し相手には君がいるし」
何も気にした様子のないゼロさんの笑顔を見て、無性に悲しくなった。
彼が何者かは分からないけれど、この何もない場所でずっと過ごしていたんだ。ただやってくる愛姫を受け入れるだけ。
「ゼロさん。わたし、本を読むのが好きだったんです。何かお話しましょうか」
「ほん?」
「……ええと、物語です。昔話とか、作り話とか。とりあえず、一つお話しますね」
説明も面倒だから、聞いてれば雰囲気でも伝わるだろうと適当に話し始めた。悪い魔法使いに閉じ込められたお姫様を騎士が助ける話だ。
初めはよく分かっていない様子のゼロさんだったけれど、聞いているうちに何となく物語というものを理解してきたらしく目をキラキラさせはじめた。
「こうして騎士はお姫様と結ばれました。二人は結婚して、末永く豊かに国を導いていきました」
話が終わると、ゼロさんはパチパチと拍手をした。
「すごい、面白かったよ! ところで、そのお姫様は騎士の事が好きになったの?」
「そうですね」
「そうか。じゃあ、僕もさらわれた君を助ければ好きになってもらえるんだね」
どうしてそうなる。
がっくりと首をうなだれると、ゼロさんは「何か違った?」と首を傾げる。
「あのですね。これは物語であって、実践するための指南書じゃないんです。このお話の騎士とお姫様は惹かれあいましたけど、同じことを別の人がやって同じようになるとは限らないんです。騎士が恋人のいる人かもしれませんし、お姫様がすでに結婚しているかもしれません。もしかするとさらった魔法使いとお姫様が恋に落ちてしまう場合があるかもしれませんし。ともかく、同じ状況になっても同じような結果になるとは限らないんです」
「そうなんだ? うーん、難しいなぁ。でもまあ、まず君がさらわれなくちゃ実戦も出来ないことだよね。ここだと君がさらわれる状況なんて起きないし、無理か」
「……分かってないですよね」
はあ、とため息をつくと、急にゼロさんが手を伸ばしてきた。
強い力で手首を掴まれ思わず顔を上げると、怖いくらい無表情になったゼロさんの顔が見えた。
どうしたんですか?
そう尋ねる前に、ゼロさんの視線が向いている方の空間に変化が起きた。ただの白い空間が、ぐにゃりと歪む。
歪んだ空間から現れたのは二人。
――白亜様と、ジェイクさんだった。




