魔王候補(わたし)と愛姫(わたし)・6
目を開けると、見た事のない男の人が見下ろしていました。
夜の空のような黒い髪に黒い瞳。今まで見た事のない配色にも驚きを隠せないけれど、それ以上に彼の整いすぎている容貌にぽかんとしてしまう。美形ハーフエルフのルークさんの女神の様な美しさとも、白亜様の触れてはいけないような美しさとも異なった美貌だ。
切れ長の瞳に、すっとした鼻筋、陶器の様な肌。黒髪黒目という珍しい色合いのせいか、異なる世界の人物のようにも思える。恐ろしさを感じないのは、彼が酷く甘く微笑んでこちらを見ているせいだろうか。
「おはよう、僕の姫」
「ぼ、へ!?」
甘い美声に、変な声が出る。
思わず体をずらすと、ガン、と頭が床にぶつかった。痛みと同時に、わたしが彼の膝に頭をのせていた、という状況を知る羽目になり、二つの意味で身もだえる。
「大丈夫?」
「だだ大丈夫ですぅぅ!」
心配そうに伸ばしてきた手から逃げるように後ずさる。
わたしの反応に、彼は少しきょとんとしてから、くすりと笑った。
「うん、いいね。前の姫も面白かったけど、君もすごく面白くて可愛い。最後の姫にはうってつけだ」
「え、っと……? あの、状況が分からないんですけど……あなたは誰ですか?」
「僕? 名前はないけど、ゼロって呼んでよ」
「ゼロさん?」
「うん。ゼロ。初めで終わりの存在」
細く長い指で、丸を作りにこりと笑う。
正直、訳が分からない。
「えっと……わたしをここに連れてきたのは、あなたですよね?」
「もう待ちきれなくなっちゃってね。無理やり連れてきちゃった。ごめんね?」
「いや、犯罪ですよね!」
ごめんね、と可愛く言ってもダメでしょ!
思わず突っ込むと、ゼロさんは不思議そうに首を傾げた。
「どうして? 僕は僕の物を取りに行っただけだよ。駄目だというなら」
「わっ」
突然腕を掴まれて、ぐっと引き寄せられる。近い近い!
急な接近に固まっていると、ゼロさんはすっと目を細めた。
「僕の物に手を出そうとする方が問題だよ。君の名前を奪うなんて、許さない」
「な、名前?」
「そう、君は名前を縛られているでしょう? それに、君からは別の臭いがする。この臭いの正体は誰? あそこにいた奴らの誰か? ねえ、この臭いは誰なの?」
怖い。
唐突にそう感じた。彼から強い執着の様なものが溢れているような気がする。そして、気が付いた。あの時現れたあの黒い刃――あれは、彼がやったことかもしれない。
「あ、の! わたし、何もわからないんです!」
突然声を上げたわたしに、ゼロさんは首を傾げた。
「愛姫のこと、最近知ったばかりなんです! 知ったのも、愛姫は贄としてささげられる存在だっていうことくらいで! あの、あなたは、ゼロさんは何者なんですか?」
わたしに関係する人に対する敵意をそらしたくて早口で疑問をぶつける。
作戦は上手くいったようで、ゼロさんから怒りや妬みのような表情がすっと抜け落ちた。
「僕の事を知りたいの?」
「はい! お願いします」
コクコクうなずくと、ゼロさんはふっと口元を緩めた。
先程までの狂気がなくなり、柔らかい雰囲気になる。
「いいよ。ちょっと長くなるかもしれないけど、教えてあげる。僕の事と、セラ……愛姫の事。時間は沢山あるからね」
にこりと微笑む彼に、なんとか笑みを返す。
とても穏やかな雰囲気だけれど、先程までの執着を露わにした姿が脳裏から消えることはなく、鳥肌が立っていた腕をそっとさすった。




