魔王候補(わたし)と愛姫(わたし)・5
突然地面から伸びるように突き出してきた黒い刃は、ズッと音を立ててクーファから離れていった。無機質な動きで、さも当然のように刃は地面に戻っていく。
支えを失った小さな体は、ぼとりと力なく床に落ちた。その体の下から、じわりと赤い液体が広がっていく。
目の前の光景に脳がついていかない。
なんでクーファが倒れているの? 今のは何? 魔法? 誰が。どうして。
「真珠! 動くな!」
雷翔の声に、はっと我に返る。
顔を上げると、目の前を黒い影がしたから上へと空を切るように突き出していた。
目の前だけじゃない。地面からいくつもの刃が――ジェイクさんを、雷翔を、それに白亜様までもを狙うかのように突き出していた。
突然の奇襲に、その場にいた誰もが対応しきれずにいた。ジェイクさんや白亜様さえ、腕や足に切り傷を作っている。
「グ……」
僅かなうめき声。声の方を見ると、クーファが起き上がろうとしている姿が見えた。
「クーファ、大丈夫!?」
クーファを抱き寄せる。と、その瞬間、床から刃が飛び出してくるのが見えた。真っすぐに、わたしの方に向かって。
激しい衝撃を受けて、思わず目を閉じる。
「……?」
痛く、ない。
開けた目に飛び込んできたのは、銀色。
「白亜、様?」
いつの間に目の前に来たの?
どうして――彼の肩に刃が刺さっているんだろう?
カラン、と小さな音がした。
視界の端に印が床に転がったのが見える。
ああ、そうか。印を奪おうとしたのか。でも、それならどうして怪我をしているんだろう。わたしが死ねば印を奪う必要もなくなるのに。
「はく――」
言いかけた言葉が途切れる。
止めたわけじゃなくて、言えなくなった。背後から伸びてきた黒い何かが口を塞いでいた。
「真珠!」
そう叫んだのは誰だったんだろう。
ぐいっ、と強い力で引っ張られる。
腕からクーファのぬくもりが離れていく。その場にいた全員の驚く顔が目に映り、視界が反転する。黒い影の中に引きずり込まれていくのを拒む事さえできなかった。
意識が遠のく中、『見つけた』というささやくような声が頭に響いた気がした。




