勇者(ヘタレ)と魔王候補(ヒメ)・8
投稿が遅れました! すみません。
「ジュージュ、大丈夫カ!」
聞きなれた声に顔を上げると、緑色の物体が視界を奪った。顔に飛びついてきたクーファが体を押し付けてくる。う、鱗が痛い!
「だ、大丈夫。それよりクーファ、クーファは大丈夫だった?」
「ジュージュ、倒レテ、ジェー探シタ!」
クーファが大丈夫だと頷きながら答える。
そっか。クーファがジェイクさんを連れてきてくれたんだ。それにしても、いつからクーファはジェイクさんを頼れるようになったんだろう。以前のクーファだったら、自ら戦おうとしていたのに。
クーファの小さな変化に驚いていると、突然冷たい声が割って入った。
「一体何事ですか」
壊れた扉から、ゼクス様が入ってくるのが見える。咎めるような口調に対し、ジェイクさんも冷たい目で彼を見返した。
「それはこちらのセリフだ。この国は客を閉じ込めるのが作法なのか?」
ジェイクさんに同調するように、肩に乗ったクーファが威嚇している。そんな空気をものともせずに、ゼクス様は不思議そうに首を傾げた。
「おかしなことを言う。彼女は元々この国の人間で、愛姫だ。君も彼女の故郷を探すために協力していたのでは? この愛姫の部屋が彼女のあるべき場所だ。そうでしょう?」
そんな真っすぐに見つめられても、はいと答えるわけがない。
沈黙するわたしに、ゼクス様は諭すような口調で話かけてくる。
「ジュジュ様。貴女は何もご存じないでしょうが、貴女には愛姫として責務を全うする責任があるんです。この国を、この世界を守るためにも、ここに留まって頂けませんか」
「――そして、死んでください」
どこかで聞いたことのある声が響く。
声の方へと目を向けると、二つの人影が扉から入ってくるのが見えた。
「どうしてそう言わないんですか? 一番大切な事でしょう?」
冷めた目をして微笑んでいるのは、カインさん。彼の少し後ろに立つリシャールさんはどこか複雑そうな表情をしている。
「突然やってきて何を言っている、カイン・ファイク」
「そちらこそ、突然一人の女性に何を課せようとしているんです。ゼクス・ルイード様」
「……彼女は愛姫だ。愛姫である以上、役目を全うする責任がある」
「そんな事、彼女には関係のない事でしょう? 好んで愛姫に生まれたわけじゃない。彼女も、これまでの愛姫も」
「――カイン・ファイク。お前はセレナ国の勇者でありながら、国の在り方に意見するのか? 国を。いや、世界を敵に回す気か」
「僕は僕の意思に従うまでです」
「そうか、残念だ。シジェン!」
ゼクス様が叫ぶと同時に、彼の背後から黒いローブの影が現れる。あの時、わたしの前に現れた精霊だ。
精霊の出現にカインさんは動揺することなく剣を構えた。
「来い、イリューシャ」
呟くと、カインさんの後ろからも別の姿が現れる。白い衣をまとった、中性的な美しい精霊だ。
もはや一触即発状態のゼクス様とカインさんの展開についていけずぽかんとしていると、ぐいっと手首を掴まれた。ジェイクさんがこっちを見下ろしている。
「行くぞ」
え、でも、このままでいいの?
困惑する中、ジェイクさんが向かおうとしているのがリシャールさんの方だと気付く。リシャールさんは手の平を上に向けて指を動かし、こっちに来いと伝えていた。
「リシャールさん、あの」
「説明は後。とにかく出るぞ」
リシャールさんは短く答えると、先頭に立って速足で歩き出した。ジェイクさんがわたしの手首を掴んだままその後を追う。背後ではすでに激しい金属音や爆音が響き始めていた。
「カインさんを置いてきて良かったんですか? 戦うのが嫌いだったんじゃ」
「ああ、あいつは戦うのが苦手だよ。殺しちまうからさ」
質問を遮るようにしてリシャールさんがさらりと答える。
「あいつは昔から剣の腕も魔力もずば抜けててな。同時に優しすぎる性格でもあった。魔物が脅威であることを理解しつつも、命を狩る事を怖がっていた。宰相様はあいつのそんな性格を知った上で、それよりもあいつの力を選んで勇者にした。最も愛姫に近しい存在にしちゃいけない奴だってことは分かっていたはずなのにな。狼を番犬に選んだ本人の自業自得。噛みつかれるのが嫌だったら、素直な犬を選ぶべきだったんだ。でもまあ、宰相様も簡単に殺されるタマじゃないだろうから大丈夫だろ」
話しながら、リシャールさんは迷いのない歩みで廊下を進んでいく。白い廊下を進んでいくと、やがて見覚えのある雰囲気の廊下に出てきた。セレナ国のお城の廊下だ。絨毯に足を乗せた瞬間、背後で遠くから響いていた戦いの音がぷつりと途切れるように静かになった。
「ここはもうセレナ国のお城。そちらの愛姫の領域とは完全に別物だよ」
「……あの、リシャールさん。愛姫って、一体何なんですか?」
「……もう知ってるとは思うけど、でもまあ、整理する必要はありそうだね。お連れの人の方も何だか分かってないだろうし」
リシャールさんはジェイクさんとクーファを一瞥してから、わたしに目を向けた。
「簡単に言えば、愛姫は生贄だよ。大昔に封印した化け物を眠らせておくためのね。その為にセレナ国では愛姫を囲っていた。外界に触れない場所で、子どもを作らせて、時が来たら封印した場所に投げ込む。そうやって何十年も何百年も過ごしていた。でも、君の前の愛姫、ミシュエラ様が急に姿を消したんだ。理由は分からないけれど、魔族の仕業じゃないかっていう噂だ。とはいっても、愛姫の存在は国の上層部しか知らない機密情報だから騒ぎにはなってないけどね」
「ゼクス様はわたしが愛姫だと言っていましたけど……」
「うん。まあ、それは間違いないと思うよ。君はミシュエラ様に瓜二つだからねぇ。俺は別に生贄になれって言ってるわけじゃないからさ、殺気飛ばすのはやめてほしいな」
わたしの後ろに苦笑いを浮かべて話し始めたので振り向くと、無表情のジェイクさんの顔が見えた。……多分、所有物が利用されるのが気に入らないんだろう。
リシャールさんは、思い出したようにポケットから何かを取り出して、「はい」と差し出してきた。つい手を差し出すと、その上に小さな赤い小石の様なものを乗せてきた。
「それ、カインの血だから」
「……へ?」
「魔法で固形化してあるから、魔法を解けば液体に戻るよ。それがあればもうこの国に用はないでしょ? さっさと行った方がいいよ。宰相と勇者が完全に敵対しちゃったから、これから荒れるだろうし」
「い、いやいや。この状況で!? 敵対した原因ってわたしですよね!」
「うん、そうだね。だからさ、その原因がいたら余計ややこしくなるでしょ」
う。リシャールさん、結構ざっくり言いますね……!
傷付いた表情のわたしを見て、ごめんごめんと全く気持ちのこもっていない謝罪を口にしている。
「正直さ。俺はゼクス様の考えは間違っていないと思ってる。一つの大勢の命を天秤にかけたら傾くのがどっちかなんて、分かり切ってるでしょ。カインみたいに、一つの命もかけがえのないものだなんてきれいごとは言えない。だけど、命の在り方を他人が決めていいとは思わない。君の命は君のものだから、君が考えて答えを出すべきだ」
「わたしの命は、わたしのもの?」
「それにさ、大昔の化け物なんて曖昧なものに振り回されるなんて御免でしょ? 俺は自分の目で見たものしか信じないからさ」
さてと、と、リシャールさんが腕を伸ばした。
「そろそろ加勢にいきますか」
「加勢って、カインさんのところですか?」
「あいつには俺くらいしかついていくやつはいないからな」
リシャールさんはそう言って笑うと、何の迷いもなく走り去っていった。
「ジュージュ。ドウスル?」
肩の上からクーファが尋ねてくる。
手の平には、カインさんの血の結晶。これで、勇者の血が全部そろった。わたしは魔王になる資格を得た。……でも、魔王って?
分からない。分からない。でも、分かっている事が一つだけ。
「……島に、帰ります」
そこに、きっと全てを知る答えがある。




