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魔王候補と勇者たち  作者: まる
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勇者(ヘタレ)と魔王候補(ヒメ)・7

 ここはどこだろう? ……ああ、おばば様の家だ。隣でおばば様がいつも以上に苦い顔をして何かを見つめている。その視線の先をたどると、誰かの後ろ姿が見えた。白く輝く長い髪を下ろした、線の細い女性だ。

 行くのかい、とおばば様が低い声を発すると、彼女が振り返る。何故か靄がかかったように顔が見えない。けれど、穏やかに微笑んでいるのが分かった。その人はおばば様には答えず、わたしの方に歩いてくると、ゆっくりと抱きしめてきた。その腕に収まる事で、自分の体が小さくなっている事に気が付く。温かく柔らかい感触に、安心して、泣きたくなる。

 しばらくわたしを抱きしめていた女性は、ゆっくりと体を離した。そして、何かを言う。

 声は聞こえなかった。けれど、それが別れの言葉であることは分かっていた。


 目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。いや、違う。天蓋だ。

 先程まで見ていた夢のせいか、寂しいような悲しいような気持ちが尾を引いている。あれは、わたしの幼い頃の記憶なんだろうか。忘れてしまっていた過去の……。

 そこまで考えて、首を振る。

 駄目。今はわたしの過去なんて考えている場合じゃない。気持ちを切り替えて、現状を把握するために、辺りを見回す。


 そこはとても奇妙な場所だった。

 何もない。いや、あるのだけれど、全てが白で統一されているせいで、何もないように感じてしまう。床も、壁も、一つだけある扉も、妙に高い天井も、そしてわたしが横になっていたベッドも。全てが白くて、平衡感覚がおかしくなったように感じる。結んでいた髪はほどかれ、深緑色のワンピースはこれまた真っ白の、袖も裾も長いワンピースになっている。


「何、これ……」


 とりあえず、扉の確認をしようとベッドから降りる。


『あー! やっと目が覚めたね』


 明るい声がして、突然小さな男の子が現れた。

 白く透けたその顔には見覚えがある。セレナ国に来て早々、わたしに絡んできた精霊だ。


「あなたは、誰ですか?」

『あれ。もう知らんぷりはやめたの?』

「う、あ、あれは……」

『ふふふっ、ごめんごめん。ちょっと意地悪してみたかっただけ。ミシュエラの子に会えるなんて嬉しくて。あ、僕は光の精霊だよ~。誰とも契約はしてないけど、ミシュエラはリヒトって呼んでたから、君もリヒトって呼んでいいよ』

「あの、リヒト君。ここがどこか分かりますか?」

『ここ? ここは愛姫の部屋だよ。これからは君の部屋だね』


 どういうことですか、それ。

 つまり、ここに監禁されたという事でいいんでしょうか。……不味い。不味いです。主にジェイクさんが。何するか分からないし! それにクーファもどうなったか!


「わ、わたしはここにいるわけにはいきません。やらなくちゃいけない事がありますし」

『それは難しいんじゃないかなぁ。第一、君にはやらなくちゃいけない事がすでにあるじゃない』

「なんですか、やらなくちゃいけない事って」

『え? 子作り?』

「……こ、ぉ!?」


 変化球過ぎて変な声が出た。

 何それ、何ですかそれ!!


「なななんでわたしが!? だ、誰と、なんで、えええ!?」

『君、面白いね。今までこんな反応する愛姫いなかったよー』


 空中を漂いながらけらけら笑ったリヒト君は、一通り笑い終えるとこっちを見た。


『相手は勇者でしょ。今は、カインとかいう奴だっけ? どうしてかっていうのは、そりゃ新しい愛姫が必要だからだよ。愛姫の役目は、新しい愛姫を生むことと、贄になることだからね』

「……にえ?」

『うん。本当に愚かだよね、人間って。自分たちが生き延びる為には犠牲を出す事を厭わない。そして、その罪から目を背ける為にこんな場所に閉じ込めて』


 暗い瞳をするリヒト君は、きっと色んなことを知っているんだろう。愛姫の事も、ミシュエラという人の事も。


「リヒト君……わたしは、何も知らないんです。だから教えてください。愛姫って一体何なんですか?」

『……君、本当にミシュエラに似てるね。知りたがりなところもそっくり。いいよ。教えてあげる。愛姫は、精霊に近しい存在。そして、魔王を鎮める為の贄』

「魔王? 魔王って、魔族の、ですか?」

『いや、僕の言う魔王は“本物の”魔王。この国を、世界を、全て喰い尽くそうとした化け物だよ。世界が闇に飲まれそうになった時、15人の勇者が現れて闇を消し去った。それらの勇者により国が作られた……知らない?』


 首を傾げるリヒト君に、ふるふると首を横に振る。


『学校でも習う内容だけど。そうか、愛姫は世間と接触することを避けられているからね。まあ、つまりそんな昔話があるわけ。でも、事実は違う。15人じゃなくて、実際は17人だったんだよ。そのうちの一人が愛姫。そして、もう一人が魔王と呼ばれている存在』

「……え? つまり……愛姫と魔王は、昔世界を喰い尽くそうとした化け物を倒した存在の一人だっていうことですか?」

『そう。そして、未だに影ながらこの世界を守っているのも彼ら。愛姫は、その身を犠牲にしてあの化け物を封じ込める。魔王は、愛姫が封じた場所を守っている。千年以上たった今でもね』


 信じられない話が続いていて、頭が混乱してしまう。

 魔王様は、魔族の長じゃなかったの? 魔王も、愛姫も、“勇者”だったっていうこと?

 呆然とするわたしに、リヒト君が申し訳なさそうな顔をする。


『ごめんね、急な話で驚いたでしょ? でも、これが事実だよ。愛姫には化け物を封じ込める力がある。だから、封印を保持する為に愛姫を囲うこの国では、愛姫を代々この空間に閉じ込めていたんだ。決められた死を恐れないようにね。愛姫は生まれてから死ぬまで、この部屋しか知らない。君はもう世界を知ってしまっているから、“愛姫が怖がらないようにするため”なんていう偽善は通らないけど』


 リヒト君はくるくると漂いながら、しばらく何かを考え込んでいた。そして、わたしの目の前までやってくる。


『ミシュエラの子。君はどう思う? ここから逃げたい? 化け物が復活してでも』

「それは――……」


 勿論だ。死ぬのは怖い。逃げたいに決まっている。でも。

 逃げたら、逃げた先には、何があるの?

 化け物なんて幻想だと笑いとばしたいけれど、精霊であるリヒト君の真剣な表情はその存在が嘘ではないと物語っている。


 返事に詰まっていると、ガンッと激しい音がした。


「な、なに!?」


 音の鳴る方に目を向けると、そこには扉……が、ひしゃげていた。外から強い衝撃が変形させたみたいだ。

 そう思うと同時に、ガン、ガン、と強い音が響き、音が鳴る度扉が歪んでいく。こ、怖い怖い!!

 思わずベッドの柱にすがりつくと、少し間をおいてから特大のガン! が響き、扉がふっとんだ。うん、それはもうすごい勢いで。扉の正面の壁にぶつかる勢いで。

 震えていると、煙が立ち上る扉があった場所から、背の高い影が現れた。無表情に冷たい視線をこちらに向けるのは――帝王様。


「誰がそばを離れていいといった?」

「すみません!!」


 反射的に土下座しつつも、彼の顔を見た瞬間現実に戻れたような気がして――ほっとしている自分がいた。

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