勇者(ヘタレ)と魔王候補(ヒメ)・5
眼前にあるのは、それはそれは美しい土下座でした。
「どうか、勘弁してくださいぃ!!」
未だかつてここまで美しい土下座は見た事がない。もはや芸術とさえも言えるほどの姿勢に思わず感心しながら見つめているわたしの隣では、ジェイクさんが首を傾げていた。
「何をしているんだ、これは」
「あんたの国ではこういう風習はないのか? 土下座っていって、完全降伏を表している姿勢だよ」
「勇者が簡単にしていいのか?」
「駄目だな」
訳が分からない、という風なジェイクさんに、慣れたような口調で説明するリシャールさん。カインさんは相変わらず額を土に擦り付けた状態で「本当! 本当に勘弁してください!」を連呼していた。
「あの、勇者様がここまで嫌がるのって何か理由でも?」
あまりの嫌がりっぷりに流石に気の毒になってきた。
おずおずリシャールさんに尋ねると、「いつもの事」と返される。
「戦うのが本っっ当に嫌いな奴でね。洞窟が暗くて嫌だの、怪我すると痛いから嫌だの、何かしら理由をつけて拒絶する」
「えーと……あのう、カインさん。申し訳ないんですが……勝負していただけませんか? えっと、もし嫌なら戦う以外の方法でも構わないので」
「え?」
わたしの言葉に、やっとカインさんが顔を上げる。額からぱらぱらと土がこぼれた。
話を聞いていたリシャールさんが首を傾げる。
「どういうことだ? 手合わせをしに来たんじゃないか?」
「いや、そのですね。これにはちょっと色々事情がありまして」
これは、本当の事を話した方がいいのかな? いや、でも、ジェイクさんが「勇者の弟」という認識の国ってことは、あまり友好関係がよくないんだろうし。でも、カインさん、手合わせしてくれそうもないし、ジェイクさんはなるべく早くこの国を出たがっているし、事情を説明して戦う以外の方法で勝負した方が早い気もするんだよね。
どうしよう、とジェイクさんに視線を向ける。わたしの視線に気づいたジェイクさんは、ちらっと一瞥して「好きにしろ」と短く言った。
……うん。カインさんとのやりとりが面倒くさくなったんだろうな。きっと。
ジェイクさんの許可ももらえたので、カインさんとリシャールさんにどうして勝負をしにきたのかを大まかに説明しました。
わたしが魔王候補者の魔族である事、わたしが魔王になる為に試練を受けている最中である事、試練は勇者の血を集めるという内容である事、それにジェイクさんが協力してくれている事など。
わたしの話を聞いた二人は、かなり驚いた様子だった。
「君が魔王候補者? え? 嘘でしょ? どうみてもか弱い美少女だけど。人って見た目によらないね」
「お前が言うな。でもまあ、あんたが魔王になるっていうなら、確かに脅威は感じないけどな。ギルドニアの勇者もそう思ってそっちの兄さんを護衛につけてくれたんだろ?」
あ、ジェイクさんが勇者だっていうのを言い忘れてた。伝えた方がいいかな。
「いや、俺が面白そうだからついてきただけだ」
わたしが逡巡している間に、ジェイクさんがさらっとリシャールさんの言葉を否定した。リシャールさんはその言葉にきょとんとしてから、何とも言えない苦笑いを浮かべた。
「まあ、そっちの事情はいいけど。それより、ここまで来たのはカインと戦って血を得る為ってことでいいんだよな?」
「えっと、まあ、そういうことになります」
「それって、戦ってあげなくちゃ駄目なの?」
「え? いえ……そういうわけでもないと思います。中には協力してくれた方もいますし」
というより、ほぼそっちの方が多い気がするけど。
真剣な表情で尋ねてきたカインさんは、わたしの答えにほっとした表情になった。
「そっか! それなら僕が君に血をあげればいいんだね! オッケーオッケー! どのくらい欲しい?」
「え? ええ?」
もの凄くにこやかな笑顔でカインさんが腕をまくる。いやいや、腕切ろうとしてませんかカインさん!
ちぐはぐな笑顔と行動にちょっと引いていると、「ああ、ここにいましたか」と背後から声をかけられた。
振り向くと見覚えのある人が。王様の傍にいた宰相さんで……ああ、ゼクス様だったっけ。
「間もなく夕食の時間になるので、国王様がご一緒にどうかと。この国に来て間もないことでしょうから、今日はゆっくりして手合わせは明日にでも会場を用意いたします。こちらへ」
義務的な口調で、こっちが口を挟む間もない。
ジェイクさんを見ると、眉間に皺をよせていかにも嫌そうな顔をしていた。これは、断るべき? いや、でも断るのも難しそうだ……。
「どうしました。何か不都合でも?」
「いえ、大丈夫デス」
冷たく言われて、反射的に返してしまった。
このやりとり、何か身に覚えがあるぞぉ? ……はっ! 白亜様とだ! 「何か言いたいことは?」「いいえ、大丈夫デス」ほらー! そっくりだ!
この一年色々あったけど、高圧的な口調に押されてしまう性格は何も変わってないことが改めて身に染みた……。
がっくりしながら、ゼクス様に案内されるまま豪華な夕食の席につくことになりました。セレナ国の食事は、魚中心であっさりした味付けの物が多くて……物凄く美味しかったです。はい。




