勇者(ヘタレ)と魔王候補(ヒメ)・3
セレナ国のお城は、全体的に白くて塔がいくつも張り巡らされていた。今まで見てきたお城は威厳に満ちた雰囲気に包まれていたけれど、このお城は凛とした空気を感じる。お城というより教会の雰囲気に近いかな。
セレナ国はどの国に対しても付かず離れずの距離感を保っているらしい。大げさな歓迎もしなければ、拒絶もしない。まあ、ギルドニア国の方でも勇者がジェイクさんだと伝えていないみたいだから、どっちもどっちなのかもしれないけれど。
兵士の人に連れられて、長い廊下を渡り謁見の間に通される。大きな扉を開けると、正面の王座に座る男性と、その傍に立つ男性が見えた。
王座に座っているのは暗い灰色の髪をした40代半ばほどの男の人だ。威圧感などはあまりなくて、むしろ親しみやすい雰囲気がある。傍に立っているのは、細面で冷たい表情をした男の人だ。底冷えするような視線に背筋が伸びる。多分座っている方が王様で間違いないとは思うけれど、威圧感は確実にこの男の人の方がある。それにしても随分と対照的な二人組だ。
ジェイクさんは入り口付近で足を止めると軽く頭を下げた。なんだかいつもより王様と距離があるような。ちょっとした違和感を覚えつつも、わたしも慌てて足を止めて頭を下げた。
「ギルドニア国の勇者の使いだそうだな。北の端である我が国までよく来られた。かしこまる必要もないだろう。顔を上げなさい」
ジェイクさんの頭を上げる気配を感じて、わたしも頭を上げる。
王様は優しそうな笑顔を浮かべていた。
「君に会うのは初めてだな。私はセレナ国国王、ヨゼフ・フィンネルト。そして彼がゼクス・ルイード。この国の宰相だ。ギルドニア国の勇者の使い。そなたの名前は?」
「ジェイク・レインです」
「レイン……? ああ、勇者の弟君か」
ジェイクさんの名前を聞くと、ゼクスさんが口を開き呟くように話した。抑揚のない声は冷たくそっけない。全く興味がないような口調だった。まあ、ジェイクさんも同じようなものだし、お互い様かな。
「そして、その娘は」
わたしに目を向けた王様は、目が合うなり急に言葉に詰まった。
その様子に気が付いたゼクスさんも、わたしを見てはっと息をのんだ。
「ミシュエラ……?」
「え? いえ、わたしはジュジュと言いますが」
聞き覚えのない名前で呼ばれたので、否定して名前を告げたものの、王様は全然聞いていないようだ。まるで幽霊でも見たような顔で王座から立ち上がる。
けれど一歩足を踏み出して、ようやく我に返ったようだ。頭に手を当てながら、ドスンと腰を戻した。
「い、いや。すまない。どうも疲れているようだ。何だったかな……ああ、そうだ。書状を預かっていたんだったな。目を通させてもらった。修業の為に勇者と手合わせをしたいらしいが、恥ずかしながら我が国の勇者では修業にはならないだろう。それに、彼自身それを受けるとは思えない」
「そ、そんな! あの、どうにかできませんか?」
思わず声を出すと、王様はますます青い顔でわたしを見た。
「ああ……。どうしても手合わせをしたいのなら、本人と相談してくれ。すまない、どうも体調が優れない。今は帰ってもらえないか」
「え、あ……はい」
困惑しながら退出しようとすると、「待て」と声をかけられた。
振り向くと、王様の隣に立っている男性がじっとこちらを見ていた。真剣というよりどこか深刻そうな表情に不安が掻き立てられる。
「いつまでここに滞在する?」
「勇者と手合わせが出来たら、すぐに帰るつもりですが」
しらっと答えたジェイクさんに、王様はほうっと息を吐いた。
「そうか。では、カイン・ファイク……勇者に伝えておこう。今は、おそらく兵士の屯所にいるだろう。城内の敷地にある灰色の建物だ。寄ってみるといい」
「分かりました」
どことなく挙動不審な王様の様子に、なんだかすっきりしない気分になる。でも、とりあえずセレナ国の勇者に会える手はずは整った。最後の一人だし、前向きに考えよう!
気持ちを切り替えて、王様と宰相様に頭を下げて退出する。
王様の隣でゼクス様がわたしをじっと見ている事なんか、気付く由もなかった。




