勇者(オネエさん)と少女(相棒)・18
オルネディア国はここで終わります。
なんだかダラダラ長くなっちゃってすみませんでした…。
「それじゃ、ココちゃん……じゃなくて、コレット姫。お世話になりました」
ぺこりと頭を下げると、玉座に座っているコレット姫は苦笑いを浮かべて、ゆっくりと私の傍にやってきた。どこかぎこちないのは、気慣れないドレスのせいだろう。
白い手袋をつけた小さな手が、わたしの手に触れた。
「こっちこそ、お世話になりました。それから、ジュジュさん。わたしはコレットですけれど、ココと呼んでもらえませんか? たまには、ココでいたいので」
「――うん。じゃあココちゃん。元気で、頑張ってね」
「はい、ジュジュさんも」
そう言って、わたし達はお互いの手を握り合った。
なんとなく親近感を覚える彼女としばらく会えなくなるのは寂しく思えたけれど、きっと素敵な王女様になれると確信していた。
「ジュジュちゃん、本当にありがとう。よかったらまた遊びに来てね。ココもだけど、アイリーンも貴女のことをだいぶ気に入っていたし。本当は見送りにも来たがってたんだけど、まだ城内の状況が落ち着いてないから」
「あの、ちょっと気になっていたんですけど……その、ハロルドさんとアイリーンさんってどういう関係なんですか?」
ココちゃんに聞こえないように、ハロルドさんに尋ねると、ハロルドさんはちょっと首を傾げた。
「どういうって?」
「その、アイリーンさんはハロルドさんのことをよくご存じのようだったので。ハロルドさんもアイリーンさんの事を信頼しているようですし」
「ああ、そりゃあね。姉だもの」
「…………姉?」
「そうよ。あたしは祖父に引き取られて育ったから苗字も違うんだけどね。ま、そのおかげでベルグにあたしとアイリーンに繋がりがある事がばれなかったし、結果オーライよね」
「そうだったんですか……なんというか、その、あまり似てなかったので、意外で」
予想外の答えに戸惑うと、ハロルドさんは明るく笑った。
「だから、大人になるまで全然交流もなかったのよ。お互い色々あって、アイリーンはあんな淡々とした性格になっちゃったし、あたしの方はこの口調でしょ? 初めはもうお互いどうしていいやらって感じよ」
「えーと、もし差し支えなければ、どうしてか聞いても?」
「んー、ちょっと詳しく話すと長くなっちゃうんだけど。子どもの頃のあたしが、ものすっご~く体が弱かったのが原因なのよ」
「え? ハロルドさんがですが?」
「そ、意外でしょ? でも、ホント。外に出るどころか、窓を開けただけで風邪ひくわ、少し歩いただけで息切れするわ、お医者様にも長く生きられないって太鼓判押されてね。せめて静かな穏やかな田舎で過ごせばちょっとは良くなるんじゃないかって、祖父に引き取られたのよ。というのは建前で、うちは一応貴族だったから、いつ死ぬか分からない病弱な長男が邪魔ってのもあったんだけど。アイリーンは優しいから、あたしが切り捨てられたことで人間不信気味になって、あんな表情筋が死んだような感じになっちゃったらしいのよ」
軽い口調で話しているけど、その内容は結構重たい。
どんな顔をして聞いていいか分からず困っていると、やぁね、と笑いながら頬をつつかれた。
「そんな顔しないでよ。あたしの方は祖父に随分可愛がられて育てられたのよ? まあ、軍人で気難しくていつも険しい顔をしているような人だったけど。でも、あたしが生きられるように色々調べてくれていてね。その結果、まさか女の子の格好をさせられるとは思わなかったけど」
「……は? 女の子の格好?」
あれ、なんかいきなり話が跳んだような。体の弱い男の子の治療法を探していたって話じゃなかったっけ?
呆けた声を出したわたしに、そうよね、ふつうそういう反応よね、とハロルドさんが頷く。
「色々調べて、色々試したけど、一向に良くならなくてね。そのうちなんでも試してみようってことで、おまじないのようなものまでやるようになったのよ。その一つに、「子どもは女の子の方が強く生きられるから、女の子として育てることで強くなる」とかいうどっかの国の伝承があったのよね。正直嫌だったけど、祖父が一生懸命色々と調べてくれていた事も知ってたから、まあやってみようってことでドレスを着て、女の子の格好をして過ごしたのよ。で、まあ……治ったのよね」
「え」
「そうよね。嘘みたいな話でしょ? でも、本当なのよ。女の子の格好するようになって少ししてから調子が良くなってきて、外にも出られるくらいになって。もういいだろうって男の子の服を着たら、偶然だと思うんだけど、すぐに風邪をひいちゃって」
「……その、ハロルドさんのその口調って」
「昔の名残、ってとこね。直そうとはしたんだけど、ずっとこの口調で過ごしてたものだから、どうにも慣れなくて」
謎だったハロルドさんの女性らしさが、まさか生き延びるためのものだったとは思わなかった。
そんなことを思っていると、ハロルドさんがぽんと手を打った。
「そうそう。どうして精霊についてのこと、ちょっと調べてみたんだけど、ジュジュちゃんってセレナ国には行ったことあるかしら?」
「いえ、まだ行ったことなくて。最後の勇者がいるので、これから向かう予定ですけど」
「そう。セレナ国は、精霊と共に生きる国と言われているの。精霊使いが沢山いて、精霊も住み着いているらしいわ。オルネディアはセレナ国に近いから、精霊が少し住み着いているようなんだけど、他の国には精霊使いと一緒に行動している精霊はいても、個々で住み着いている精霊はほとんどいないみたいね。ジュジュちゃんが精霊を見える体質だったとしても、今まで見たことがなかったのはそういう理由からじゃないかしら。セレナ国に行けばはっきりすると思うわ」
「そんなに調べてくれていたんですね。ありがとうございます。後、セレナ国の勇者様の事を少し聞いてもいいですか?」
精霊が見えるかどうかより、実はそっちの方が気になる。
尋ねると、ハロルドさんは微妙な表情を浮かべた。
「あー……そうね。セレナ国の勇者は、カイン・ファイク。彼は……まあ、悪い子じゃないわよ。うん」
「? ええと……」
それはどう解釈すればいいんですか?
結局、会ってみればわかるわよ、と返されて、何の情報ももらえませんでした。なんか……逆に怖い。
ジュジュとハロルドが話をしているのをつまらなそうに見ているジェイクに、ココがそっと近付いた。少し躊躇した後、覚悟を決めたように「あの」と声をかける。
「なんだ?」
冷たい氷の様な目で見降ろされ、少し視線を彷徨わせたが、真っすぐに彼の顔を見上げた。
「ジェイクさん。セレナ国にはもう行きましたか?」
いや、と首を振ると、ココは表情を曇らせた。
「そう、ですか。これから行くんですね。それじゃあ、どうかくれぐれもジュジュさんから目を離さないようにお願いします」
「……? どういうことだ?」
「ジュジュさんは愛姫の素質があると思うんです」
「愛姫?」
「公にはされていませんが、セレナ国では、国の頂点に国王と、もう一人。愛姫がいるんです。わたしのいたイレイルは、セレナ国から流れてきた人達が作った集落なので、愛姫の事も伝説の様に語り継がれていました。愛姫は、精霊から強く愛される存在、精霊に近い存在だと言われています。浮世離れした力があって、人には決して見えない具現化されていない精霊を見る事も、話す事も――そして呼び出す事も出来ると」
ジェイクの眉がぴくりと動いた。
ココの言う愛姫の力は、間違いなくジュジュの力に酷似していた。
「わたしはセレナ国の人間ではないし、イレイルの人達も過去にセレナ国にいた人達だったから、正しい情報ではないかもしれません。だから、妙な話で心配させたくなくてジュジュさんには黙っていたんですけど……でも、本当に愛姫の素質があるとしたら、セレナ国では隠し通した方がいいかもしれません」
「……公にされていない頂点、だからか」
ジェイクの言葉に、ココははっきり頷いた。
公にされていない。つまり――隠されている。
愛姫が何を求められているかは分からないが、セレナ国にとってその存在は重要なものなのだろう。
もしジュジュが愛姫としての素質があるとしたなら、そしてそれがセレナ国の人間に気付かれたのなら。
国が彼女を逃がさないだろう。
「面倒くさい」
厄介事の気配が色濃く感じられ、ジェイクは気だるげにため息をついた。




