勇者(オネエさん)と少女(相棒)・17
瞼の裏に眩しい日差しを感じて、ハロルドはゆっくりと目を開けた。
白く高い天井を、ぼんやりと眺める。
ここはどこだろう?
当たり障りのない疑問を浮かべながら、ゆっくりと起き上がる。体がだるくて重たい。そう感じて、自分が<まだ生きている>ということに気が付いた。
同時に、ガチャ、と扉の開く音がした。
無意識にそちらに目を向けると、立派な扉の向こうに立ちすくむ魔族の少女と、その後ろにつまらなそうな顔で立っている規格外な勇者の姿が見えた。
「おはよう」
にこりと微笑むと、ジュジュははっと我に返ったようだった。
「こ、ココちゃんを呼んできます!」
水差しとコップを乗せたお盆をベッドの傍のテーブルに置くと、慌てて部屋を出ていく。バタバタという足音が遠ざかるのを見送って、ハロルドは持ってきてくれた水差しに手を伸ばした。
冷たい水が喉を潤す。その間もジェイクは相変わらずのつまらなそうな顔でハロルドを見下ろしていた。
「どのくらい眠っていたのかしら?」
尋ねると、「2日」と短い答えが返される。
ああ、通りで体が重たいはずね。笑って見せるが反応はない。どうやら彼は随分と不機嫌の様だ。
「ここはオルネディア城?」
「ああ」
「どうやら生きのびたようね」
「死に損なったんだろう?」
冷たく返された言葉に、ハロルドは困ったような笑みを浮かべた。
やっぱり、この男は苦手だ。どうしてこうも、気付いて欲しくない事に気付くのだろう。
「お前なら、もっと上手くあの男をやり込められたはずだ。ジュジュに自分の指輪を取ってきてもらえば済む話だっただろう?」
「そうはいかないわ。トイの指輪を持ってきてくれただけでも奇跡みたいなものよ。ベルグって男は、自分が支配できないなら国ごと土に埋めることくらいやっちゃうような男よ? あたし一人の命よりも大勢の命を守るのが先決でしょ。違う?」
「だとしても、こんな状況になるのを避ける方法はいくらでもあった。躊躇せずあの男の首を取ってしまえば良かったのに」
「証拠がね、なかったのよ」
「証拠?」
「あいつがリチャード様やシルヴィア様を殺した証拠。見事に徹底的に隠滅してくれたわ。リチャード様の主治医も、あいつが使ったと思われる盗賊たちも、暗躍した時に使った物も人も、完璧に消し去ってる。どれだけ探しても何も見つけられなかったわ。だから、あいつの口から聞くしかなかったのよ。あいつが口を割るとしたら、あたしが死ぬ時くらいでしょ?」
「その為に自分の命を囮にしたのか」
ハロルドは、そうよ、と開き直ったように答え、ベッドにもたれかかった。
「お前が口を割らせたところで、殺されたら元も子もない」
「そうでもないわよ。あたしの服に盗聴器を仕掛けてたから、協力者の女中がそれを回収してルーシェル伯爵のとこに届けてくれて手はずだったの。証拠さえあれば、後はレジスタンスがやってくれたわ」
「……計画済みか」
「そうね。でも、止める気はなかったでしょ」
ジェイクはハロルドが命を賭けている事に気が付いていたはずだ。でなければ、ベルグと対峙していた時、ジェイクが全く動かなかった事に説明がつかない。ジュジュから指輪を奪った時も、ハロルドさえ動こうと思えば動けていたのだから。
案の定、ジェイクはああ、と当然のように答えた。
「この国に口出しする気も手出しする気もないな」
「でしょうね」
「ただ――これはお前一人の問題だったか?」
ジェイクの言葉に、ハロルドは目を瞬かせた。
当たり前のように告げられた言葉が、ジェイクの行動の意味を示していた。どうしてあの時、口出しする気も手出しする気もないのにやってきたのか。
バタバタと足音が近づいてきて、激しく扉が開かれた。
息を切らして部屋に飛び込んできた少女は、いつも来ている素朴な洋服ではなく、淡い緑色のドレスに身を包んでいる。ハロルドと目が合うと、大きな瞳に涙が浮かんだ。
「……おはよう」
言葉が出てこなくて、とりあえず思いついた言葉を発して微笑むと、少女は泣きながら抱きついてきた。彼女を抱きとめながら、ジェイクと、続いて部屋に入ってきたジュジュに心の中で呟く。
確かに、あたし一人の問題じゃない。相棒と一緒に向き合うべき問題だったわね。




