勇者(オネエさん)と少女(相棒)・15
相変わらずの不定期投稿ですみません!
間に合った。
やっと自力で立ち上がったハロルドさんを見て、張り詰めていた緊張がほぐれていくのを感じた。クーファの持っている指輪の宝石は、大きなひびが入っている。あと少し遅れていたら、きっと取り返しのつかない事になっていた。
「なんだ、貴様らは!」
今まで見た事がない、鬼の様な形相をしたベルグ様がわたし達を睨んでくる。
王様というより狂人だ。その剣幕に思わず後ずさりすると、彼と目が合った。
「お前、エミルか!? やはりお前はハロルドの差し金だったか!」
視線で人を殺せるのなら、その瞬間にわたしは死んでいたと思う。ベルグ様の剣幕に気圧されると、スッと目の前に人影が立った。
ジェイクさん。
恐怖が薄れるわたしとは対称に、ベルグ様の怒りは沸き上がってジェイクさんに向かった。
「なんだ、貴様は! おい、誰か来い!! 侵入者だ!」
「見苦しいわよ、ベルグ様。いえ、もう代理でもなくなったんだもの。ただのベルグで十分ね」
「はっ、 何を言い出すかと思えば。大体、王女がいるなんてお前のはったりだろう! 一体どこに王女がいるというんだ! 今頃あの王女は土の中だ!!」
「黙りなさい!」
ゴウッと音がして、強い風がベルグ様に襲い掛かった。あっという間に吹き飛ばされて、壁に体が叩き付けられる。それと同時に、まるで誰かに殴られたかのようにハロルドさんも膝から崩れ落ちた。手が白くなるほど胸の辺りをきつく握り締めている。
「ハロルド様っ!」
「く、くく。やはりな。それほど焦るということは図星か。そうだろう? 精霊姫に相応しい最後じゃないか。土の精霊によって、精霊使いの集落と滅びの運命を共にしたんだからな!」
ベルグ様が吐き捨てるように叫んだ言葉に、ココちゃんがその動きを止めた。
初めてハロルドさんから視線を外し、狂気じみた笑い声をあげるベルグ様に目を向ける。
「集落……? まさか、イレイルのこと?」
ココちゃんが呟いた時、バタンッと激しく扉が開いた。バタバタと兵士が数人入ってくる。
彼らは部屋の状況を見て、一体何事かと戸惑った様子だった。
「やっと来たか! おい、こいつらを捕らえろ!!」
「し、しかし、ベルグ様。ハロルド様は」
「こいつはもう勇者じゃない。反逆者だ。さっさと捕らえろ」
ベルグ様の命令で、兵士さん達は戸惑いを残しつつもわたし達を取り囲んだ。じりじりと近付いてくるのは、勇者に対する警戒からかもしれない。
「不味いわね」
「お前がさっさとあいつを殺さなかったからだろう」
「分かってるわよ! っていうか、こうなるかもって思ったからココを頼んだのに、ホンット全然頼りにならないわね!」
「は、ハロルドさん、ジェイクさん! それどころじゃ」
この状況で、どうしてこんな口げんかが出来るの! まあ、この状況に兵士さん達も戸惑ってくれてるけど!!
二人の仲介をしようとすると、「どうして!」という悲鳴のような声が響いた。ハロルドさんもジェイクさんも動きを止めて声の主、ココちゃんに目を向けた。
ココちゃんは青い顔でベルグ様を見ていた。
「あなたが、イレイルを襲ったんですか? どうして? どうしてそんなこと!」
「イレイル……ああ、あの集落の名前か。もしかして生き残りか? まさか、まだいたとはな。どうしてイレイルを襲ったかだと? 当然だろう。王妃が生まれ育った故郷に逃げ込もうとしているのは知っていたからな。殺し、いや、馬車の事故があった時もあの集落に向かっていた時だ。行方不明の王女が潜伏するとしたら、精々あの集落くらいだろう。なんだかんだと言ってそいつが邪魔をしてきたせいで、襲撃が遅れてしまったがな。今考えると、王女がいたから誤魔化してきたと分かる。お前はイレイルの出身者か? 恨むなら王女を恨むんだな」
「王女がいたから……皆が殺されたの……?」
「違うわ!」
ココちゃんの言葉をハロルドさんが遮る。今までにないほど、彼は怒りを表面に表していた。
「王女がいなくても、あんたは集落を襲ったわ! 精霊使いはあんたにとって邪魔な存在でしかなかったはずだもの」
「まあ、いつかはそうなったかもしれないがな。だが全ては仮定の話だ。王女がいるということもな。おい、いつまでこいつらを放置している? さっさと捕まえろ」
ベルグ様の言葉に、兵士さん達が覚悟を決めたように剣を構えた。
「ハロルド様。申し訳ありませんが同行していただきます」
「どうする?」
「やめて。この人たちには何の責任もないから」
どうする、と言いながらすでに何かやりそうな空気を発しているジェイクさんにため息をつくと、ハロルドさんはクーファから指輪を取ってそれを差し出した。
「捕まえるならあたしだけで十分でしょ。この子達は関係ないわ」
「関係なくはないだろう? 少なくとも、この城に送り込まれてきたエミルはな」
「彼女はあたしに頼まれただけよ。トイの指輪を取ってきてって。それだって何の説明も受けてないわ」
「なんだと!?」
ベルグ様は目を剥いて、すぐさま鏡に駆け寄った。それを外して指輪がなくなっているのを確認すると、恐ろしい剣幕でハロルドさんに駆け寄り、その勢いのまま彼の頬を殴った。
殴られた衝撃でハロルドさんが倒れこみ、ココちゃんが悲鳴を上げた。
「貴様、よくも私の精霊を! 今すぐ殺してやる!!」
ベルグ様がこっちを見た。その顔はもはや人とは思えないほど怒りで歪んでいる。
彼の目が、わたしの足元まで転がっていた指輪に向かう。それを見た瞬間、考える前に体が反応していた。
「駄目!」
この状態の彼に指輪を渡したら、間違いなく宝石を砕いてしまうだろう。しゃがんで指輪を握り締めるわたしの肩を、強い力が掴んだ。
「そいつをよこせ!」
「嫌です!」
「命令だ! 私はこの国の王だぞ!!」
掴みかかってくるベルグ様の手から、何とか指輪を守ろうとする。クーファもベルグ様の手を噛もうとしているみたいだけど、わたしが邪魔で口を開け閉めするだけになっていた。
「やめなさい!」
突然、高い声が響いた。
ココちゃんが真っすぐな目でこっちを、ベルグ様を見ている。その姿は、びくびくと不安そうにハロルドさんの後ろで隠れていた、人見知りな彼女とは思えない堂々とした雰囲気に包まれていた。
「な、なんだ、お前は」
「やめてください。貴方は、この国の王に相応しくない。もう、この国で勝手なことをするのは許しません」
「まさか……コレット姫……?」
ベルグ様の中で、コレット姫とココちゃんが合致したようだった。幽霊を見たような顔で数歩後ずさる。
ココちゃんは、静かな怒りをベルグ様に向けていた。
「わたしは王位につく気はありませんでした。でも、イレイルを滅ぼすような貴方が王位につくくらいなら、わたしが王位を継ぎます。この国に、ハロルド様に、酷いことをしないで!」
ベルグ様は息をするのも忘れたように、呆然とココちゃんを見つめていた。けれど、そのうち、しゃっくりでもするようなひきつった笑い声を上げ始めた。
「お前が、王女だと? 証拠は? そうだ、証拠を見せろ!」
「証拠……」
ベルグ様の言葉は誰がどう聞いても苦し紛れに吐いた言葉だったけれど、ココちゃんはそれに動揺した。確かに、彼女が王女である証拠はハロルドさんからの手紙しかない。それも確かな証拠とは言い難いだろう。
彼女の動揺に気が付いたベルグ様は、急に勢い付いてココちゃんを指さした。
「ないのだろう? ならばお前は王女の名を語る偽物だ! 王女の名を語るとは、オルネディア家への冒涜! 不敬罪で処刑しろ!!」
「証拠ならあるわよ」
興奮する彼の言葉に、静かな声が重なった。ハロルドさんが、ココちゃんを見て微笑む。その顔を見たココちゃんから緊張が和らいだのが分かった。
「ココ、シアを呼んで」
「は、はい。シア、来て!」
ココちゃんが言い終わるか終わらないかのうちに、シアさんが現れる。わたしから見たらぼんやりと透けていたシアさんが色濃くなったように見えるけれど、他の人からはシアさんが空間から突然現れたように見えたみたいだ。兵士さん達が驚いてシアさんに剣を向ける。ベルグ様は、シアさんの姿を見た瞬間その顔から色がざっと抜け落ちた。
シアさんは、ベルグ様を見て口元に弧を描いた。微笑んではいる。でも瞳は全く笑っていなくて、まるで憎しみを別の表情で表現しているような恐ろしい微笑みだった。
「ベルグ。久しぶりね」
「し、シア様……」
「やっと会えたわね。何年振りかしら? そう……貴方がシルヴィアを殺してからだから、10年ぶりかしら。わたしの事を覚えていてくれた? わたしは一日たりとも貴方の事を忘れたことはなかったわ」
「な、何故、ここに……精霊は主が死んだらいなくなるのでは……」
「本当、貴方は無知ね。精霊は死んだりしない。主を失ったら、また新しい主を探して共に生きるのよ。わたしはシルヴィアが殺された時に、もう次の主を決めていたわ。コレット・ディア・オルネディア……シルヴィアが命をかけて守った娘だもの。わたしが守るのが道理でしょう」
そういうと、今度は兵士さん達に顔を向けた。突然精霊に見つめられて、ビクッと肩が震える。
「彼女が王女であることは、わたしが証拠よ。この子こそ、正式なオルネディア国の王女、コレット・ディア・オルネディア。貴方達、オルネディア国の者なら、今この瞬間、王位が誰にあるか分かるでしょう」
兵士さん達は驚いた表情を浮かべると、お互いの顔を見ながら、ゆっくりと床に膝をついた。どちらかと言えば、コレット姫に対してというより、シアという精霊の勢いに気おされてという感じではあったけれど。同じようにハロルドさんも膝をつく。
えっと、これは……わたしもやるべき、だよね? この国の民ではないけど、王女に対する礼儀として。ジェイクさんに目をむけると、わたしに肩をすくめてから、やる気がなさそうに床に膝をついた。ジェイクさんに倣ってわたしも膝を折る。
でも、ベルグ様は違った。
「ふ、ふざけるな!」
震える声で叫んだ彼に、皆注目する。
彼はぶるぶると震えながら、血走った目でココちゃんを見ていた。
「この国は私のものだ! 10年だぞ! 10年も私が作り上げてきた国だ! 引きこもっていた王女が今更どの面下げて王位を継ぐというんだ!!」
「国をもの扱いする時点で、あんたは王の器じゃないわよ」
ハロルドさんのもっともな意見に、「煩い煩い!」とベルグ様は全く聞く耳を持たない。
「おしまいだ! こんな国、滅びればいい。どけろ!」
突然、ベルグ様がこっちに向かって突進してきた。
予測できなかった行動に、動くのが遅れてしまう。彼はわたしを押し倒すと、衝撃で転がった指輪を這いつくばるようにして奪った。
「ハロルド! お前も地獄に落ちろ! 私と一緒にな‼」
ベルグ様が叫んで、指輪を床に叩き付ける。その瞬間がゆっくりに見えた。




