勇者(オネエさん)と少女(相棒)・14
投稿が遅くなりました!
今後も不定期になると思いますが、お付き合いいただければ嬉しいです…。
扉を叩く音に、ベルグは目を覚ました。
いつもの起床時間より確実に早い事を感じ取ったベルグは、ベッドから身を起こしながら不機嫌に「なんだ」と扉の向こうに声をかける。
扉からは、聞き覚えのある抑揚のない声が返ってきた。
「朝早くに失礼いたします」
「アイリーンか。どうした」
「申し訳ありません。門番から、勇者が面会に来たと報告がありまして」
「ハロルドが?」
ベルグは訝しげに眉をひそめた。
あの勇者からベルグに顔を出すことはほとんどない。先日、ルーシェル伯爵の娘を女中見習として城に上げたいという話も、突然の事で何を企んでいるのかと訝しんだものだ。
(まあ、あの娘はなかなか良かったが)
世間をあまり知らない様子のあどけない可愛らしい姿と、きめ細やかな肌の感触を思い出して頬が緩む。途中で現れた彼女の姉には多少興を削がれたが、あちらも中々良い女だった。あの二人をもう一度城に上げるように伯爵に命じてもいいだろう。
「ベルグ様。いかがなさいますか」
扉の向こうの声に、それていた思考が呼び戻される。
「ああ、そうだな。要件は聞いているか」
ベルグの脳裏にハロルドの姿が浮かんだ。
あの男が何を考えているのか、王位についてからずっと読み切れずにいる。しかし、こんな朝早くから何の前触れもなく訪問してくるような奴ではない事だけは確かだ。
ベルグの質問に、アイリーンの声は「申し訳ございません」という謝罪の言葉から返してきた。
「門番からは、面会に来たとしか聞いておりません。勇者にお会いする前に、門番に確認いたしますか?」
「そうだな。報告してきた者を謁見の間に通せ」
ベッドから降り、着替えをしながら返事をする。「かしこまりました」という返事を残し、アイリーンが扉から立ち去る気配がした。
(アイリーンも見目はいいのだがな。あの性格では興覚めだ)
可愛げのかけらもない様子の女中頭に嘆息を漏らしながら身支度を整えると、ベルグはベッドに置いてあるいくつかの枕の一つを手に取った。カバーの隙間に手を入れ、中から小さな金色の指輪を取り出す。指輪には紫の宝石がはまっており、高価で価値のある物だと一目で分かるものだ。しかし、オルネディアの王位につく者にとって、その指輪の金銭の価値など些細なことだった。これは自分の命を守るためのものだ。なぜなら、この指輪があることで、ある意味最も危険とも言える相手から身を守る事が出来るのだから。
「ハロルドめ、今度は一体何の用だ」
王位につくまでは大臣として。そして今は王として。様々な王族や臣下、爵位を持つ者たちと関わってきたベルグだからこそ分かる。忠実な犬の毛皮を着ているが、あの気色の悪い口調や飄々とした態度の裏では、こちらを喰い殺そうとしている獣の本性が隠されている。
だからこそ、あの男と会う時は必ずこの指輪を身に着けていた。これが手元にあるうちは、何を考えているにせよハロルド・ヨークは忠実な犬でいるしかないのだ。
既に謁見の間にいた門番は、片膝を床につき頭を深く下げた姿で王を待っていた。
普段王に会うことなど許されるような立場ではないのだから、それも仕方のない事だろう。
ベルグは門番の横を通り過ぎると、王座に腰を下ろした。
「お前がハロルドと話した者か」
「は、はい。陛下」
「ハロルドは何の用で会いたいと?」
「それが、極秘だから直接王にお伝えしたいとのことです。ただ、鷲を見つけたと伝えれば分かると言っておりました」
門番の言葉に、ベルグははっと息をのんだ。
鷲。それは、オルネディア家の紋章に描かれているものだ。ハロルドがそのようなことを口にしたということは。
「王?」
「ハロルドを通せ。話が終わるまで誰も中に入れるな。いいな」
ベルグのまとう空気が一変したことを感じ取った門番は、疑問を口にすることもなく、すぐさまハロルドを呼びに出て行った。
「最後の生き残りか」
口元を歪めたベルグは、一国の王というよりも獲物を見つけた獰猛な獣の表情だった。
それほどの間も置かずに、謁見の扉が開かれる。そこには微笑みを浮かべたハロルドが立っていた。
「お目通り感謝いたします」
王座の近くまでやってきたハロルドは、優雅に腰を折った。ふざけているようにも演技がかったようにも見える臣下の礼は、ハロルドがいつもベルグにやっていることだった。
ベルグは獣の様な笑みを浮かべたまま、ハロルドに声をかけた。
「鷲を見つけたそうだな」
「ええ、やっとね。大変だったわ」
「どこにいる。コレット姫は」
食いつくベルグに、ハロルドは肩をすくめた。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。それより、今までこんなに頑張ってきたんだもの。ちょっとはあたしにご褒美をくれないかしら?」
ベルグは顔をしかめたが、普段自分から要求を言わない分、ハロルドが折れるとは思えなかった。一刻も早く最後のオルネディア家の血族を見つけ出したいベルグにとって、このようなやり取りも煩わしい。
「何が欲しい」
「あたしが欲しいのは物じゃないわ。時間よ。貴方の時間」
「私の時間だと?」
「こうして二人でお話しすることなんてなかったでしょ? あたしはこの国の勇者として、この国の代理の王であるあなたと話をしてみたいの」
代理の王、という言葉にベルグはあからさまに険しい表情を浮かべたが、首を振って問い詰める事を避けた。
「何を話したいというのだ」
「時間は取らせないわ。あたしが聞きたいのは一つだけ。あなたはこの国をどんな国にしたいの?」
「どう、とは?」
「言葉の通りよ」
「国も民も指導者についてくるものだ。私はこの世界で唯一の王になる。最高の指導者についてきた国は豊かになるだろう」
「……そう。やっぱり、無理ね」
「何か言ったか? まあ、いい。それより話は終わった。コレット姫はどこだ」
「ええ、話はおしまい。じゃあ、ご褒美をもらいましょうか」
言い終わるが否や、ハロルドの姿が消えた。いや、ベルグには消えたように見えた。
次の瞬間、ハロルドの首は王座と剣の間に挟まれていた。至近距離にあるハロルドの顔には、今まで一度も見た事のない恐ろしい笑みが浮かんでいた。
「な、にを」
「言ったでしょ、あたしが欲しいのは貴方の時間だって。もう王様ごっこはおしまいよ」
首に冷たい刃の感触が触れる。ベルグの背筋に冷たい汗が流れた。
ハロルドは笑みを消し、指すような真っすぐな瞳でベルグを見据える。
「最後の選択よ。オルネディア家に王座を返しなさい。例えあんたみたいな奴でも、あたしも人を殺すのは本意じゃない。特にここ。リチャードの座っていた王座……あの子に与える王座を汚したくないの」
「……わ、分かった」
「分かったなら、そこをどけて。その冠もあんたには似合わないわ」
ほんの少しだけ剣が離れる。だが、少しでも抵抗しようものなら、容赦なくそれが振り下ろされるのはベルグにも分かっていた。ベルグはゆっくりと立ち上がり、王座を離れた。その間も、数センチの距離でハロルドの剣がついてきている。
しかし、状況とは裏腹に、ベルグは次第に落ち着きを取り戻してきていた。
絶好のチャンスの時に、ハロルドはベルグを殺さなかった。勇者としての力量はあるが、基本的に甘い男だ。自分の扱う勇者に残忍性がない事を歯がゆく思っていたが、今回はベルグの命を救う事になりそうだ。
「冠を」
ハロルドは無表情に手を差し出す。
ベルグは、ゆっくりと冠に手を伸ばした。剣の位置のせいで手が届きにくそうにすると、ハロルドはほんの少し剣の距離をとった。
その様子に、ベルグは心の中で笑みを浮かべた。
ハロルドに対しては警戒し続けていた分、どんな人物であるか十分に知っていた。
本当に、細やかでよく気が付く男だ。それが命取りになるとも知らないで。
冠を差し出す。ハロルドがそれを受け取ろうとした瞬間、ベルグは思い切り冠を放り投げた。ハロルドが冠に意識を奪われた瞬間、ベルグは指輪を抜き取り、宝石の部分を思い切り床に叩き付けた。
「ッ……!」
パキッという音が響くと、ハロルドが胸を掴んで倒れこんだ。それでも、床に落ちる前に冠を掴む。
「くくっ、はははははっ!」
胸を押さえるハロルドに、ベルグは高笑いを浴びせた。
手にした指輪に目を向けると、宝石の部分には大きなひびが入っている。
「まさか、本当にお前とこの指輪は繋がっているとはな。あと一度ぶつけたら粉々だろうな」
ベルグは優越感に浸りながら、ハロルドに近付くと力任せに髪の毛を掴んで持ち上げた。強制的に顔を上げさせられたハロルドは、青い顔に汗を浮かべながらも、ベルグを見据えていた。
「形勢逆転だな。今度は私からお前に選択肢をやろう。姫を殺して私につくか。あの世で姫が来るのを待つか。さあ、どうする?」
ベルグは見せつけるように、手元で指輪をくるくると回した。
「この部屋に入った時に私を殺せばそれで済んだものを。チャンスをみすみす見逃すとは、本当に要領の悪い男だ。戸惑わなければ王位を獲る事さえ出来るというのに」
「……それは、リチャード陛下のことかしら? やっぱり、あなたの仕業だったの」
「まだ喋れたのか。いや、陛下はご病気だったよ。まあ、多少薬の量の調節はさせてもらったが」
パキ、と音がして、ハロルドが咳き込んだ。口から溢れた血が床に滴り落ちる。
「すまないな。つい宝石を握ってしまった。少しひびが増えたかな」
「あんたって、人は……!」
「悪いが、この状況はお前が招いた結果だ。反逆するならもっと覚悟を持って行うべきなんだよ、私のように」
「その件は賛成だ」
ふいに、聞いたことのない落ち着いた声が割って入った。
ベルグが慌ててハロルドから視線を外して顔を上げると、緑色の何かが目の前に迫ってくるところだった。
「うわあっ!」
思わず両手で顔を庇ったベルグだったが、手首に衝撃が走り、持っていた指輪を落としてしまう。
緑色の何かは、すかさずそれを奪い、飛んできた方向――扉に向かって飛んで行った。
「な、なんだ、貴様らは」
何かに噛まれたようだった。血が滴る右手首を抑えながらも、突然の乱入者にベルグは動揺を隠せない。
同じように、扉の方を向いたハロルドは、見覚えのある姿に「ちょっと」と苦笑いを浮かべながら口元の血を拭いた。
「何、勝手に来てるのよ。ココを守ってって言ったじゃないの」
「どこで守るかは言ってない。それに、了解した覚えもない」
淡々と返された答えに、ハロルドははぁ、とため息をついて起き上がった。スタスタと近付いてきたジェイクが、その片手を掴んで立たせる。
すぐさま駆け寄ってきたココが、ハロルドが立つのを支えた。
「勝手にいなくなって、心配したんですよ! 後でちゃんと謝ってもらいますから‼」
今にもこぼれそうな涙目に、ハロルドは困ったような笑みを浮かべた。
「参ったわね……。全部、自分で終わらせるつもりだったのに」
「駄目ですよ、そんなの。だって、ココちゃんはハロルドさんの相棒なんでしょう?」
魔王候補の少女が、真っすぐな目でハロルドを見てくる。その肩には、小さなドラゴンのクーファが、小さな両手にしっかりと指輪を持っていた。
「そうね……。ごめんなさい、最後にもう一回、力を貸してくれる?」




