勇者(オネエさん)と少女(相棒)・13
ドンドンドン!
激しい音に、はっと目を覚ました。枕もとで寝ていたクーファも、寝ぼけ眼できょときょと辺りを見回している。
「な、なに?」
呟いたと同時に、ドアの向こうから焦った声が聞こえてきた。
「すみません! 起きてください!」
「ココちゃん?」
いつもハロルドさんの後ろで隠れている彼女からは想像できない声に、何があったのかと慌ててドアを開けに行く。
開けた瞬間、ココちゃんが部屋に飛び込んできた。
「ハロルド様! ハロルド様を知りませんか?」
「え? ハロルドさん?」
「いないんです! それに手紙が。あたしが王女だとか書いていて。それより、手紙の内容が、何だかハロルド様がいなくなるみたいで……! どこにもいなくて。ハロルド様がいなくて、あたしどうしたら」
「と、とにかく落ち着いて!」
涙目で完全に混乱状態のココちゃんを、強制的に椅子に座らせる。座ると同時に、ココちゃんは顔を覆ってしまった。
「ハロルドさんから手紙がきたんですか?」
「……はい。朝起きたら、ドアに挟まっていて」
ココちゃんが出したのは一通の手紙だった。無地だけれど上質で、ほのかに花の匂いのするものだ。いかにもハロルドさんが使いそうな手紙だった。
「開けてもいいですか?」
ココちゃんが頷いて了承してくれたのを確認して、封筒から手紙を出す。便箋には繊細で綺麗な文字が並んでいた。
――貴女に大切なことをお知らせしたくて手紙を書きました。貴女の本当の名前はコレット・ディア・オルネディア。オルネディア国の王女です。今まで黙っていてごめんなさい。あたしはこれから、オルネディアを正しい導き手である貴女に返しに行きます。10年も待たせて、貴女にも国民にも随分迷惑をかけてしまいました。最後にこの国の勇者として、この国の為に戦ってきます。これから貴女は王女としてこの国を支えていく事になるでしょう。分からない事や困った事があったら、ルーシェル伯爵やバン、それに城にいる女中頭のアイリーンに相談して。彼らは貴女に協力してくれます。国を支える事は大変だと思うけれど、貴女なら大丈夫。貴女は頑張り屋で誠実で心の強い人だから。貴女の相棒でいられたことを誇りに思います。
「ココちゃんが、王女?」
顔を上げると、青い顔をしたココちゃんが俯いていた。
「あたしは……何も知りません。王女とか言われても、全然実感がわかないんです。とにかく、ハロルド様がどこで何をしているか……! ジュジュさん、何か知りませんか?」
「えっと、わたしは何も……ただ、ハロルドさんからは王様から指輪を取ってきてほしいって頼まれてて。それから、昨日会った時には血を分けてもらって」
そこでふとハロルドさんが言っていた言葉を思い出した。
――あたしはあたしのやるべき事をやるわ。
それは、オルネディアをココちゃんに、本来の王家に返すってこと? だとしたら、ハロルドさんがやろうとしている事って。
「もしかしたら、お城にいるかも」
「え?」
「ベルグ様を倒そうとしてるんじゃ……。ココちゃん、シアさんを呼べますか? もしかしたらシアさんなら何か知ってるかも!」
ココちゃんは青い顔のまま頷いて、小さく何かを呟いた。近くの空間が歪んで、すっとシアさんがそこから現れる。わたしが今まで見てきた姿とは違い、透けていない普通の女性に見える姿だ。シアさんは何かを覚悟したような、けれどどこか暗さも感じる表情だった。
ココちゃんは現れたシアさんに駆け寄って、彼女に縋りついた。
「シア! ハロルド様は? どこにいるの? 知ってるの?」
「……ええ。彼は城に向かっているわ。ベルグを殺す為に」
シアさんの返事を聞いたココちゃんは、はっと息をのんで駆け出そうとした。その手をシアさんが掴んだ。
「シア? 離して! ハロルド様を止めないと」
「駄目」
「どうして!?」
「彼は勇者だから」
悲鳴のようなココちゃんの声に、シアさんがいっそ冷たいと感じるほど静かな声で返した。
「この国の為に戦う事が勇者の役目。貴女もこの国の状況を少しは感じていたでしょう? このままベルグが王位につけば、オルネディアはかつてと同じように好戦的な国になってしまう。平和に生きたいと願う人々の為にも、貴女が王位につくべきなの」
「そんな、そんなの」
「やめてください!」
動揺するココちゃんを見て、わたしは思わずその間に入った。シアさんから庇うようにココちゃんを抱きしめる。冷たく小さな体が腕の中で震えていた。
「シアさん、やめてください。ココちゃんは自分のことをさっき初めて知ったんですよ? いきなり王になれとか言われても混乱するだけです。それよりも、今はハロルドさんを探す方が先決です!」
「うるさい」
突然、割って入った低い声。
ドアにもたれかかって、ジェイクさんがこっちを見ているのが目に入った。いかにも寝起きといった風貌で、癖のある髪はいつもより乱れているし、上着も袖を通しただけといった感じだ。
「隣まで声が響いていた。俺の睡眠を邪魔するな」
「ジェイクさん! あの、ハロルドさんが」
「ああ。国王を殺りにいったんだろ」
「え?」
「昨日の夜、言ってたからな」
「そんな! どうして」
腕の中でココちゃんが崩れ落ちる。
「お願い……止めて。そうじゃないとハロルド様が」
顔を覆って泣き出したココちゃんに、ジェイクさんが目を向ける。
「その様子だと知ってるのか」
「何をですか?」
「オルネディアの勇者は地位を得た時に命を王に預ける。王が命を握ってるんだ。反逆に気付かれた時点で王に消される。例えそれが仮の王だとしてもな」
淡々とした口調で告げられた事実に体が固まる。腕の中で泣いているココちゃんだけの声が耳に響いた。
「それじゃ、ハロルドさんは……死ぬことを覚悟でベルグ様を倒しに行ったんですか?」
「俺には理解できないがな」
ふぅと面倒くさそうなため息をついて、ジェイクさんが呟くように話す。
「あいつの命は指輪に封じられているそうだ。それを国王が壊すか、その前に国王を殺すか、確率は五分五分だろう。それはあいつも分かっている。反乱が成功するまでの王女の保護と、失敗した時には王女を連れて国から逃げてほしいと頼まれた」
「そんな……なんで、ハロルド様」
その声があまりにも悲しくて、胸が苦しくなってくる。
「あんたはどうしたい?」
急にジェイクさんが尋ねてきた。ココちゃんがぴくりと反応して、顔を上げる。ジェイクさんは、にやりといういつもの笑みを浮かべていた。
「俺としては、あいつは王にたてつく姿を見てみたいがな。面白そうだ」
「あたしは……あたしは、ハロルド様の所に行きたいです。今度はあたしがあの人を助けたい……!」
「言っておくが反乱は止めない。俺たちがやれる事をやりにいく」
いいか、王女様。
ジェイクさんの軽い口調に、ココちゃんは真っすぐな瞳で頷いた。




