勇者(オネエさん)と少女(相棒)・5
掃除、配膳、掃除、配膳。
基本的に、女中としての仕事はそれだけだった。二日目にはもうやる事が分かってきて気楽になってくる。鼻歌まじりで掃除をしていると、一緒に掃除をしていた女中のレイナさんが呆れたような、感心したような目でこっちを見ていた。
「本当に、あなたって変わっているわね」
「えっ、そ、そうですか?」
「そうよ。伯爵の一人娘なのに女中としての仕事をしてみたいとか、どんな変わり者か世間知らずかってみんなで噂していたのよ。どうせ、すぐに仕事が嫌になってすぐに逃げだすでしょって思ってたんだけど……」
レイナさんは掃除の手を止めて、わたしをまじまじと見てから首を振った。
「楽しそうに仕事してるし」
「えっと、お掃除は好きなので」
「偉そうにしないし。っていうか、あたしたちがこんなしゃべり方しても怒んないし」
「別に偉くないですし、レイナさん達のしゃべり方に問題なんてないと思いますけど」
「部屋に関しても文句ひとつ言わないし」
「あの部屋に不便なところありましたか?」
「食事に対しても嫌がらないし」
「お城のご飯おいしいです」
「……変」
「何でですか!?」
理不尽な結論を出されて思わず叫ぶと、レイナさんは堪えきれないように吹き出した。
「ごめんごめん。悪い意味じゃないの。むしろ逆! 良い意味で変わってるなって話」
「良い意味、ですか……」
それってどういう意味だろう。
困惑していると、「それより」とレイナさんがささやいてきた
「エミル、あんた王様の部屋の掃除を言いつけられたんだって?」
「はい、昨日の夜に」
昨日の夜、部屋に戻ろうとすると女中頭のアイリーンさんから、明日から陛下の部屋の掃除をするようにと指示が出た。
「王様の部屋を掃除するなんて恐れ多いんですけど、今日はアイリーンさんが掃除の仕方を教えてくれるらしいです」
それに、うまくいけばハロルドさんからお願いされた指輪を探すことができるかもしれない。
張り切るわたしに、レイナさんは真剣な顔をした。
「失敗した方がいいわ」
「え?」
「壺なり花瓶なり、割れるものを割っときなさい」
「はい? いやいや! そんなことしたらクビですよね!」
「あなたは伯爵令嬢でしょ! しかもルーシェル家のご令嬢となれば、それくらいの失敗で殺されたりしないわよ! そんなことより、早くこの役目を降りる方が先決よ」
「えっ、な、なんでですか」
「なんでって、分かるでしょ!」
「分かりませんよ!」
察しの悪いわたしにイライラしたように、レイナさんはチッと女性らしからぬ舌打ちをして、顔を近付けた。
「この国に住んでるなら、王様が好色家だって知ってるでしょ!」
「こ、うしょく……?」
「気に入った女なら、どんな身分でも手を付ける男よ、あの王様は! 女中相手の場合には部屋の掃除を言いつけるのがお決まりのパターンなの。エミルは可愛い顔をしてるから、きっと目をつけられたのね。今日のうちに大きい失敗をして部屋掃除係から外れた方が身の為よ!」
え、えー?
レイナさんの話に戸惑いながらも、ふと思い当たる節を見つけてしまう。
ベルグ様に会った時の、品定めするような視線に、ぞくっとさせた笑み。どこかで見た表情だと思ったけど、あれは、赤髑髏という盗賊を率いていた市長さんと同じ表情だった。
以前ハロルドさんの「目をつけられたのはまずかった」という言葉に、何度も「気をつけろ」と念押ししていた事。この事を指していたのかもしれない。
真剣に忠告してくれているレイナさんに返事をする前に、「エミル・ルーシェル」と慣れない名前で呼ばれた。扉の傍で女中頭のアイリーンさんが、ピンと背筋が伸びた姿勢で無表情に立っている。
「これから陛下のお部屋の掃除に行きます。いいですか?」
「エミル。絶対に壺とか花瓶を割っちゃだめよ」
がっしりと腕を掴んで、最後の忠告とばかりに強い口調で言われる。間違いなく、「やれ」という意味だ。
「い、行ってきます」
まだ戸惑いの中にいるわたしにはレイナさんの忠告には答える事が出来ず、そう言うのが精一杯だった。
王様の部屋で、壺や花瓶を割ったか?
結局、そのどちらも出来ずに終わりました。だって、どっちもなかったから! さりげなくアイリーンさんに「陛下はお花を飾ったりしないんですね」と聞いてみたら、「この部屋で掃除をする女中がしょっちゅう壺や花瓶を割ってしまうので置かなくなったんです」と言われました……。




