勇者(オネエさん)と少女(相棒)・3
きちんと話をした方が良さそうね、と誰より先に正しく思考を切り替えたハロルドさんが歩き出し、わたし達はなんとなくその後ろを歩き始めた。
「この先の路地に、あたしがよく使ってるお店があるの。料理の味はまあまあだけど、リーズナブルだし、デザートがおいしいのよね! それに、あたしが行くとちゃんと個室を用意してくれるから、話し合いにはうってつけよ」
ふふっと笑うハロルドさんを見ながら、わたしは曖昧な笑みを浮かべる事しかできなかった。だって、隣からシアさんがじぃーっと顔を見てくるから! なんか冷汗が止まらないんですけど‼
ココちゃんはその姿が見えていないようだけど、わたしの表情から自分の契約している精霊がわたしに何かをしているらしいということは感じ取っているみたいで、「あの、すみません」と何度も謝罪の言葉を繰り返していた。大丈夫ですと答えつつも、その間にもわたしの周りをふよふよ浮きながら訝し気にじろじろ見てくるシアさんのおかげで、すごく強張った笑顔しか浮かべられませんでした。尚の事恐縮するココちゃんを見て、堂々回りな気がしてしまう。
落ち着かない気分のまま辿り着いたお店は、木でできた小屋のように見える素朴な建物だった。ハロルドさんが扉を開けると、ヒゲを生やしたおじさんがカウンターから顔を出し、「おう、どうぞ」と慣れたように階段を指さした。ハロルドさんも、まるで自分の家のように慣れた様子で2階へと上がっていく。その後をココちゃんがトタトタと足早に続き、わたしはジェイクさんと一緒にその後を追った。
2階には2つの扉が並んでいて、奥の方の扉をハロルドさんが「どうぞ」と言いながら開けた。中には入ると、木でできたテーブルと椅子が4つ置かれている。なんだか穏やかな空気が流れていて、落ち着く場所だ。わたし達が椅子に座ると同時に扉が軽く叩かれた。
「どうぞ」
ハロルドさんが声をかけると、さっきカウンターにいたおじさんが顔を出した。
「久しぶりだな、ハロルド。今の時間だったら、もう昼飯はいらねぇな?」
「そうね。あたしたちはもう食べてるけど、ジュジュちゃんは食べた?」
「あ、はい」
「じゃ、お茶にしましょ。あたしとココはいつもので。ジェイクはコーヒーでいいわよね? ジュジュちゃんは?」
「あ、えっと、紅茶を」
「オーケー。甘いものは大丈夫?」
「はい、好きです」
「バン。ケーキセット3つね。あ、クーファはお肉もらおっか? なんでもいいから生肉出してもらえる?」
ハロルドさんがてきぱきと進めた注文の中に「生肉」が出てくると、バンと呼ばれたおじさんは少し呆れた顔をしながらも「おうよ」と受け入れてくれていた。多少の無茶な注文でも何も言わずに受け入れてくれるところを見ると、かなりの常連さんみたいだ。
バンさんが扉を閉めると、ハロルドさんは「で」と切り出した。
「その子が魔族ってのはマジな話なわけ?」
「ああ。一応魔王候補らしい」
ジェイクさんの答えにハロルドさんは目を丸くしてから、「ああ。じゃあ、もしかして試練の真っ最中ってことかしら?」とわたし達の状況までほとんど理解してくれたようだった。
ココちゃんだけは訳が分からないというように、わたしとハロルドさんの顔をきょときょと見比べている。その様子に気が付いたハロルドさんが、「あ、ごめんね。訳わかんないわよね」とココちゃんに謝ってから説明を始めた。
「あたしも勇者になるときに聞いただけなんだけど、魔族には王様がいて、その王様になる魔族は勇者を倒すっていう試練を受けないといけないんですって。で、ジュジュちゃんがその王様になる資格を持った魔族で、試練の途中みたい。ジェイクは……たぶんあんたの事だから、楽しそうだとか興味があるからとか他の勇者を倒す良い機会だからとかいうふざけた理由で協力してんでしょ」
全部正解です……! すごいですね、ハロルドさん‼
「えっ、た、倒す? ハロルド様を?」
説明を聞いたココちゃんは、一気に不安そうな表情になってわたしを見つめてきた。大きな目にウルウルと涙が浮かんでいる。う、うわぁ、罪悪感!
「え、えっと、倒すと言っても、ちょっと血をもらうだけで済む話で、その」
「大丈夫、心配しないで。ジュジュちゃんを見る限り、野蛮な事をするようなタイプじゃないわよ。ドラゴンのクーファだってなついているくらいだもの」
ハロルドさんにうふふと笑いながら頭を撫でられたココちゃんは、頬を染めながら少し落ち着いたようだった。その隣でテーブルに頬杖を突きながら浮かんでいるシアさんは、未だに訝し気な視線をこっちに向けている。
『そんなことより、なんでわたしが見えているの? どうして声が聞えるの?』
「そ、そんなことを言われても……」
「あの、シアがまた何か言っているんですか?」
「えっと。どうしてわたしが見えるの、どうして声が聞えるのって聞かれたんですが……わたしにも分からなくて。今まで見たことなかったし」
「それは……精霊に会う機会がなかったからでしょうか? 基本的に精霊は人が多い場所に行くことはありませんし、精霊使いも数が少ないですから」
「う、うーん……そう、なのかなぁ」
自分でもよくわからないから、はっきりした答えが出てこない。
「本人にも分からないものは仕方ないわよ。話し合って解決できる問題でもないでしょうし、何か調べてみる必要があるかもしれないわね。幸いこの国の書庫には精霊にまつわる書物が少しあるから、良かったら調べてみるわ。それより魔王の試練についてだけど、協力してあげてもいいわよ」
「えっ」
さらっと申し出てくれた協力に、頭が付いていかずきょとんとすると、ハロルドさんは微笑んだ。
「で、も。ちょっとだけ、あたしにも協力してもらえるかしら?」
妙に似合うウインクに、少しだけ嫌な予感がすると思った。




