勇者(きゅうこんしゃ)と王様(そのあいて)・12
「忘れてる物はねえだか? ちゃんと薬は持ったべな? 着いたら連絡するだよ」
「心配性の母親じゃないんだから。大丈夫よ、これまでちゃんと旅してきてるんだから。あんまりしつこく言うとうざったがられるわよ」
あれやこれやと世話を焼いてくれるルークさんに、鈴さんが呆れたようなため息をついた。鈴さんの言葉にルークさんは眉を下げて悲しそうな顔になる。そんな顔も美しいけど優しいルークさんの傷付いた表情に焦ってしまう。
「大丈夫ですよ、鈴さん! ルークさん、ありがとうございます。わたし、母がいなかったから、こうやって色々気にかけてもらえて嬉しいです」
「んだべか? だったら良かっただ。あ、クーファのごはんは持っただか?」
「だから、大丈夫だって! なけりゃクーファが自分で捕ってくるわよ。そんなことより、こんな城の前でいつまでも引き留めている方が迷惑だってば!」
まあ、確かに。今わたし達は、ギルドニア国のお城の門の所で立ち話をしている状態だ。しかも、旅支度をしているわたしとジェイクさんとクーファを見送りに集まっているのが、ギルドニア国勇者(代理)のウィナードさんとその一行である鈴さん、ルークさん。そしてこの国の王様であるコウガ様に、ロゼンテッタ国の王女であり勇者でもあるリリアナちゃんとその侍女のルーナさんだ。
わたし達以上に、近くの門番の人たちが緊張しているのがよくわかる。
「しかし、本当にジェイクと二人で行くのか?」
「ええと……まあ、そうですね」
結局雷翔を引き留めることはできなかった。というか、雷翔もわたしの為に動いてくれているんだから、わたしの我儘で引き留めるわけにはいかない。正直、ジェイクさんとの二人旅に、色々身の危険を感じてはいますけどね……。
「クーファもいるので、大丈夫ですよ」
自分に言い聞かせるように力強く答えると、コウガ様はどこか切なげな表情を一瞬浮かべた。でもそれは本当に一瞬で、すぐにいつもの自信に溢れた表情に戻る。
「本当は無理にでも引き留めたいところだが、今のお前は試練の事にしか頭がいかないだろうからな。口説くのはお前が王の資格を得てからにすることにしよう」
「くっ」
口説く!?
動揺していると、コウガ様の手が頬に伸びてきた。
「次にこの国に来た時には覚悟しておけ」
「それ悪役の言葉ですよ!?」
思わず言い返すと、後ろから伸びてきた腕が首を巻いて後ろに引っ張った。
「こいつは俺の所有物だと言った」
「とりあえず、今はお前に預けておく。死んでも守れ」
ちょっと、何ですか。この険悪な雰囲気。コウガ様、ジェイクさんのこと気に入ってたんじゃないの?
疑問を浮かべながら二人を見比べていると、ジェイクさんがふんと鼻を鳴らして歩き始めた。
「って、ちょ、手! 離してください! く、首、首しまって……! 首っ!」
わたしの訴えを聞いてくれるわけもなく。
2度目のギルドニア国の出立は、ジェイクさんにずるずると引きずられながらという、なんとも情けないものになってしまいました。
二人が見えなくなった後も、じっとその方角を見つめているコウガに、リリアナはそっと近付いた。
「我が君。その、あのまま行かせて良かったのか?」
もし自分であったら、想い人が誰か別の人――それもその想い人を特別に想っている人と二人で旅をさせるなんて、是が非でも止めていただろう。
尋ねると、コウガはふっと笑ってリリアナを見下ろした。
「ああ。辛くないといえば嘘になるが、さっきも言った通りだ。あいつは単純だからな。一つの事を終えないと他の事には目がいかないだろう。それに、7年間の思いを流し続けたんだからな。これくらいのハンデは必要だろう」
コウガの言葉に、リリアナの胸が高鳴った。
彼は今、きちんと自分を見てくれている。7年間の思いも無駄ではなかったと思えた。
「では! 余は容赦せぬ! 覚悟しておれ‼」
「自分が言われると、本当に悪役の言葉に聞こえるな」
初めて自分の言葉で笑ったコウガに、リリアナは驚きながらも胸が温かくなるのを感じた。自覚のないまま、笑みが広がっていく。
――私がジュジュを落とせるのが先か、お前が私を落とすのが先か。
「余は負けませぬ」
「望むところだ」
やっと始まった想い人との戦い。決して負けるわけにはいかない。
二人の間に出来た勝負事に、何も知らないウィナード達は首を傾げるしかなかった。
このお話は終わります。
今回は主人公の影が薄かったですが、次はメインになる・・・といいなあ。




