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魔王候補と勇者たち  作者: まる
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勇者(きゅうこんしゃ)と王様(そのあいて)・10

「どうしましょう。早くしないとリリアナちゃん帰っちゃいますよね?」

「でしょうね。早く行って来たら?」

「でも、なんて言えばいいんでしょうか? 血をくださいなんて、頭がおかしい人にしか思えないですよ! 説明もどうしたらいいのか」

「どうもこうも、素直に言うしかないんじゃない? まあ、ものすごく怒るでしょうけど」

「ですよねぇぇ!」


 リリアナちゃんとの対決の後。とりあえず無事に終わったことにほっとして、一段落してしまった昨日の自分を叱咤したい!

 朝になって、鈴さんから「そういえば、勝った時に血をもらうって話はしたの? もうもらった?」と聞かれるまで、すっかり目的を失念してました。今になって、その事実に頭を抱えているわたしは馬鹿ですよね? 分かってます!


「こんなとこで頭を抱えててもしょうがないし、行くしかないでしょ」

「う、わ、分かってます……。もし手打ちにされたら骨は拾ってくださいね!」


 勇気を出して扉を開ける。

 次の瞬間、目の前に腕組みをしたリリアナちゃんが。


「ぎゃあっ!」

「なんじゃ。人を化け物みたいに」


 思わず声を上げて尻もちをついたわたしを、リリアナちゃんは不機嫌そうに見下ろした。


「す、すいません。突然目の前にいたので」

「ふん、まあいい。邪魔するぞ」


 当然のように部屋の中に入り、椅子に腰を下ろすリリアナちゃん。

 ええと、これはどういう状況?


「えーと……何か飲みますか?」


 当たり障りのない質問を投げかけ、部屋に置いてある茶器セットに手をかける。落ち着けわたし。とりあえずお茶を用意しながら、頭で状況整理をしよう。


「お主、魔王候補だったそうじゃな」


 ガシャン、と手元のカップが音を立てる。


「ああっ! 割れ、てない! よかった! じゃなくて、ま、魔王? あはは、一体何の話で」

「なんで知ってるわけ?」


 一瞬ごまかそうとしたけれど、その前に鈴さんが質問してしまう。す、鈴さんー!

 ドキドキと見つめるわたしを気にした様子もなく、ロゼンテッタ国の勇者は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「我が君に聞いたのじゃ。ついでに、余との勝負を受けたのも、我が君の為ではなく余の血を得る為だったということもな」

「あら、全部ばれてるのね」

「す、すいません……」


 ああ、もうごまかしようが無い状況ですよ。


 コウガ様を恨めしく思いながら謝ると、リリアナちゃんは静かに椅子から立ち上がった。ゆっくりと近付いてくる少女からはどす黒い怒りが見えるような錯覚を覚える。

 やっぱり怒ってますよね! 殺されますか? わたし!


「すす、すみません! どうか命だけは!」

「何を言っておる」


 思わず頭を庇ったけれど、降ってきたリリアナちゃんの声は意外なほど穏やかな声だった。そっと顔を上げると、リリアナちゃんが左手の指に巻いていた包帯をほどいている姿が見えた。昨日の料理で怪我をした時のものだ。


「何をしておる。さっさと印とやらを出さんか」

「え?」

「余の血が欲しいのじゃろ? なんだ、いらぬのか?」

「えっ、い、いりますいります! 欲しいです!」


 慌てて首にかけていた印を引っ張り出す。

 宝石は青く輝いていた。勇者が傍にいる合図。やっぱりリリアナちゃんが勇者なんだと改めて思う。

 リリアナちゃんが完全にふさがっていない状態の傷を少し開くと、小さな指先からじわりと血が滲んだ。


「少しでいいのか?」


 言いながらその指を印に置く。その瞬間印から光が溢れた。

 あまりの眩しさに、わたしもリリアナちゃんも少し離れていた鈴さんも目を塞ぐ。光は一瞬だけですぐに収まった。

 次に目を開けた時には、印は何事も無かったかのように透明な宝石になっていた。リリアナちゃんは包帯を戻しながら、首を振った。


「あの、ありがとうございました。えっと……怒ってないんですか?」

「怒っていないわけがなかろう」


 恐る恐る尋ねたわたしに、リリアナちゃんが鋭い視線を向けてきた。


「こんなしょうもない事の為に、余の七年間の思いをつぶして、我が君の思いを踏みにじるとは、とんだ悪女じゃ!」

「しょ、しょうもない?」

「余は、我が君をかけて勝負したのじゃ! その気のないお主に我が君は渡さぬ! 故にあの勝負は無効じゃ! 我が君を諦めるという条件は破棄じゃ! よいな!」

「は、はいっ!」


 リリアナちゃんの勢いに、こくこくとうなずく。

 反射的に返事をしてしまったけれど、つまりコウガ様を諦めないってことだよね。それなら願ってない事だ。わたしのせいで彼女の一途な思いを潰さずに済んだんだから。

 ほっとすると、リリアナちゃんはふいっと顔をそむけた。


「それに、お主がいたおかげで我が君は、余に目を向けてくれるようになったのじゃ。そのことに関しては礼を言わねばなるまい」

「え?」


 リリアナちゃんが呟いた言葉は小さすぎて、あまり聞き取れなかった。

 首を傾げると、またキッと睨まれてしまった。


「しかし! それとこれとは話が別! お主にはきっちりと役目を果たしてもらうからな!」

「役目? あ、魔王になるってことですか?」

「違う! そんなどうでもいいこと知らぬ! 今に見ておれ。必ず余は我が君に勝ってみせるからな! お主はしっかり勝敗を見極める事じゃ、よいな!」


 言い捨ててリリアナちゃんはあっという間に部屋を去っていった。

 まるで嵐の後だ。呆然とするわたしに、鈴さんが首を傾げた。


「ジュジュ。何だったの、今の?」

「さあ……なんだったんでしょう」

「まあ、とりあえず、血をもらえてよかったわね」

「ええ……。なんか、しょうもないとかどうでもいいとか言われましたけど」

「そうね。彼女にとっては些細なことなんじゃない? 魔王とか」

「些細ですか……」


 結構重要なことの様な気がするんだけどなぁ……。魔王って、そんな軽視されるものなの?

 なんとなくしっくりこない気分を味わいながら、わたしは印を見つめた。

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