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魔王候補と勇者たち  作者: まる
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勇者(きゅうこんしゃ)と王様(そのあいて)・9

「姫様。本当によろしいのですか?」

「くどいぞ、ルーナ」


 もう何十回目か数えるのも不快なほど、同じ質問を繰り返すルーナに、リリアナは短く答えた。


「余は負けたのじゃ。負けた者は引き下がるのみじゃ」

「で、ですが、姫様は、コウガ様に認めてもらうために7年もの時を費やして己を鍛えたのではありませんか!」

「そうじゃ。そして、負けた。いや、初めから分かってはいたのじゃ。銀の君はあの娘を見ていた。余には一度も目もくれなかったというのに。……それでも、あの娘が相応しくないと思ったのなら、どんな手を使ってでも銀の君から引き離したのじゃが……あんなに真っ直ぐに真剣勝負を受けるとは思わなかった。もし、余の得意なもので戦ったとしても、あの娘は正々堂々と勝負を受けたであろう。これではな、どうしようもない。完敗じゃ」

「リリアナ様……」


 ルーナの奴め。口にすると、自分が完璧に打ち負かされたことをこんなに感じてしまうではないか。

 泣きそうになるのをこらえて、リリアナはまとめた荷物を担いだ。

 まだ、泣いてはいけない。強くなければ。少なくともこの国を出て、勇者リリアナではなく、ただの第三王女リリアナ・オルグ・ロゼンテッタに戻るまでは。


 お待ちください、と追いかけてくるルーナを連れて、リリアナは謁見の間に向かった。

 顔を合わせるのは辛かったが、客人としてこの城にいた以上、国王に挨拶をせずに出ていくわけにもいかない。それに、これが最後の逢瀬になるのかもしれないのだ。

 一度息を整えて、リリアナは扉を開けた。


「我が君。滞在中は色々とご配慮いただきありがとうございました。短い間ではありましたが、我が君の傍で過ごせて嬉しく思いました」

「そうか」

「今回、余は我が君の思い人に負けました。――故に、約束通り身を引かせていただきます」


 自分から言うのは、とても辛い事だった。コウガからの反応も怖かった。

 あれだけ迷惑がられていたのだ。ホッとするだろう。「わかった」と一言で片付けられてしまうだろう。分かっていても辛かった。

「お前の気持ちは嬉しかった」でもいい。「応えてやれなくてすまない」でもいい。

 七年だ。七年の思いを、受け流さずに答えて欲しい。


 だが、コウガから返ってきた言葉は、リリアナの思いを流すものでも、答えるものでもなかった。


「お前はもう諦めたのか」

「……は?」


 思わず礼儀も忘れて、きょとんとコウガを見上げる。

 コウガはいつもと変わらない無表情だ。だが、その目はリリアナに向けていた。


「お前が私を追いかけた年月に比べて、私がジュジュを追いかけた時間は僅かなものだ。だが私はまだ諦める気はない。十年でも二十年でも、結果が出るまでは追いかけるつもりだ」

「それは……」


 コウガ様はあの娘に振られたのか? でも何故? コウガ様を巡って争ったのではなかったのか?


「ジュジュが謝っていた。私の思いに応えるつもりもないのに、勝負をしてもうしわけなかったとな」

「な、なんじゃそれは! では、では、余はただの負け損ではないか!」

「許してやってくれ。あいつも必死だったんだ。勇者を倒さないと王になれないからな」

「は? 王になる? ……あの娘は王族、ということか?」

「ああ。と言っても、魔族のな」

「まっ……! 魔族? ということは、ま、魔王?」

「まだ候補者らしいが」


 思いもよらない情報についていけず呆然とするリリアナに、コウガは淡々と説明を続けた。

 ジュジュが魔族である事。弱いのに魔王候補者に選ばれたが為に魔族に追われている事。魔族を納得させるのには魔王になる試練を越えなければならない事。その試練が、勇者を倒しその血を得るという内容だという事。

 混乱を超えると逆に落ち着いてくることもあるのだと、リリアナは悟りながらコウガの話を飲み込んだ。


「では、あの娘は魔族で、魔王になろうと余と戦ったと」

「そうだ」

「で、あの娘はコウガ様を恋慕しているわけではなく、余と戦うために勝負を受けたと」

「……そうだ」

「そして、我が君はあの娘に惚れ込んでおる、と」


 困惑した表情のコウガに、リリアナは苦笑いを浮かべた。

 初めて会った時よりも、コウガは表情が豊かだった。それは、おそらくあの娘のせいだろう。


「我が君が、他人に対してそこまで気に留める事があるとは、今まで思いもよらなかった」

「……惚れ込んでいるとは、少し違うかもしれんな」

「?」

「私がジュジュに関心を持ったのは、私と似たような立場だったからだ。人の世に住みながら異形の姿を持つ私と、魔族の世に住みながら弱さ故虐げられていたジュジュと。だから、その傍に心地良さを覚えたのだろう。だが、今は少し違う。私は、ジュジュの弱さの中の強さに惹かれ始めているのだと思う」


 どこか優しい表情を浮かべるコウガに、リリアナの胸が痛む。

 羨ましい。コウガに目を向けてもらえるジュジュを、浅ましくもそう思ってしまう。


「それと、リリアナ嬢。私は謝らなければならないことがある」

「え?」

「私は誠実ではなかった。申し訳ない」


 頭を下げるコウガに、リリアナはきょとんとした。


「え? え?」

「ジュジュに言われた。私には、私を理解しようとする人がいるんだという事を。そして、私自身も一人を追い始めてやっと気が付いた。目を背けられる辛さがな。ジュジュは私の思いに応えられなくても、きちんと私を見てくれた。だが、私はリリアナ嬢に対して一度も応えた事がなかったな。まあ、あの求婚のやり方はどうかと思うが……それでも、真剣に考えた結果の方法だ。それを無下にあしらっていた事を許してほしい」

「――……」


 届いた。

 初めて、自分の思いがコウガに届いた。


 伸ばした手はいつも触れる事を許されなかった。追いかけても足踏みばかりだった。けれど今。望んだ答えでなくとも、それは大きな前進だった。


「……我が君……申し訳ありません。約束を違えてしまいますが……どうか、諦めるのを止めるのを許してください」

「それは私が答える事じゃないが、ジュジュなら許可するだろう。悔しいことに、喜んで」

「では……余と勝負してください」

「……いいだろう。ただし、勝負の内容は私が決める」


 コウガの答えにリリアナは笑顔を浮かべた。かつて、父や母に「可愛い」と、兄弟に「癒される」と評された笑顔で。

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