勇者(きゅうこんしゃ)と王様(そのあいて)・7
更新上手くいってなかったのに、後で気が付きましたorz
遅れてすみません(汗)
料理を手に、わたしはリリアナちゃんと並んで広間に戻った。
リリアナちゃんは、今まで見たことのない固い笑顔を浮かべていて、かくいうわたしも自分でもわかるくらい顔が引きつっている。だって、ものすごい臭いがするんですよ。
リリアナちゃんの持っているお皿から。
お皿の上に銀の蓋がかぶせられているにも関わらず、甘いのやら苦いのやら入り混じった臭いと、異様なオーラが漂っています。それは広間に入った瞬間、中にいた人達も感じ取ったようでした。
「ジュジュ。この臭い……アレだよな?」
近付いてきて小さく尋ねたウィナードさんに、わたしは無言でうなずきました。
「あたしがいうのもなんだけど、やばいわよ。あれ」
毒見役をかって出てくれた鈴さんが、顔をしかめてつぶやく。
鈴さんも自他ともに認める壊滅的な料理の腕前だけど、リリアナちゃんはその上をいったみたいだ。口に入れた瞬間トイレに直行してたしなぁ……。毒とかいう前に飲み込めなかったみたいで。
「……まあ、多少の毒は効かない体のようですし……」
「毒以前の問題でしょ」
確かにそうですが。
でも一生懸命に作っていたリリアナちゃんを見ていたから、一口だけでも食べてほしいという気持ちもあったりする。コウガ様には申し訳ないですが。
ざわつくわたし達を前に、コウガ様がすっと立ち上がった。
自然とみんな口をつぐむ。
「用意ができたようだな。では、双方こちらへ。作ったものを出してもらおう」
淡々と自分の役目をこなすコウガ様、さすがです。
彼の堂々とした態度に感心しながら、わたしとリリアナちゃんは並んでコウガ様の前のテーブルに料理を置いた。
同時に銀の蓋を外す。
料理を見て一瞬眉を顰めたものの、コウガ様の表情は変わらなかった。
「ジュジュ。これは?」
「あっ、はい。ミルク粥です」
突然の質問に慌てて答える。
「お粥なんて質素な食べ物かもしれませんが、これはわたしがこの国に来て初めてごちそうになった料理なんです。すごく思い出深いものだったんで、これにしました」
「そうか」
コウガ様は短く答えると、銀のスプーンで一匙口に運んだ。
ふっと口元が柔らかく綻ぶ。
「――確かに、温かい味だ」
「あ、ありがとうございます」
「では、リリアナ嬢。これは?」
「こっ、これは、タイの煮付けじゃ!」
煮付け!?
リリアナちゃんの言葉に、思わず心の中で叫んでしまう。でも、それはわたしだけじゃないと思う。周囲から同じような声が聞えた気がした。
「……魚の解剖じゃないのか?」
「にっ、煮付けじゃ! 余の国ではめでたい時に食べる料理じゃ!」
「呪いの一種にしか見えない」
ガーン、という音が聞えました。
膝から崩れ落ちるリリアナちゃんを尻目に、コウガ様は箸を取った。小さく取ったリリアナちゃん自称鯛の煮付けを口に運ぶ。周囲から、おおっと驚きと感嘆の声が上がった。
涙目で見上げるリリアナちゃんの前で、コウガ様は優雅に料理を口に入れ。
「不味い」
眉をひそめながらはっきり感想を述べた。
「くっくうぅぅ! む、無念っ……‼」
ぶるぶると握りこぶしを作るリリアナちゃんより、料理を食べたコウガ様にみんな注目している。ウィナードさん達は思わずといったように小さく拍手しているし、見張りの兵士さん達はすげぇ、勇者だとざわついてるし。
リリアナちゃんの方が勇者なんだけどね、実際は! でも確かに、勇者並みにすごいですコウガ様‼
そんな周囲をよそに、コウガ様は水を飲んで、わたし達に目を戻した。
「さて、言うまでもないだろうが、勝者はジュジュだ。文句はないな?」
「…………分かった。勝負は勝負じゃ。明日、この国を出ていきましょう。世話になりました、我が君」
ぺこりと頭を下げて、トボトボと広間を出ていくリリアナちゃん。
声をかけたい衝動にかられたけれど、わたしに励まされたって逆に苦しめるだけになる気がして、上げかけた手を下げるしかなかった。
ルーナさんに肩を抱かれながら立ち去る小さな後ろ姿を見ながら、何とも言えないもやもやが胸に溢れた。
「どうした? 勝ったのに嬉しそうじゃないな」
「……勇者に勝てたのは嬉しいですけど、今回の勝負は勇者との勝負じゃなくて、リリアナちゃんとの勝負だったんだと思って」
コウガ様に答えて、もやもやの原因に気が付いた。
リリアナちゃんは恋敵であるわたしとの勝負で負けたんだ。わたしに負けたら、7年間の気持ちを諦めて、身を引く覚悟で。
でも、わたしは違う。コウガ様の思いに応えるつもりはないのに、わたしは勇者と戦いたかっただけで勝負に挑んだ。ただ、リリアナちゃんの7年間の思いを打ち崩しただけだ。
「コウガ様、ごめんなさい」
「? どうした?」
「わたし、あなたの傍にはいられません」
じっとこちらを見ているコウガ様に、目を背けたい気持ちをこらえる。
コウガ様がきちんと自分の思いを口にしたように、わたしも自分の思いを伝えなきゃ。わたしの口から。
「この前の返事か?」
「……コウガ様の事は尊敬しています。あなたが言った通り、異質な者として扱われる気持ちも理解していると思います。だけど、わたしはそれが傍にいる理由になると思えないんです。あなたの事を理解しようとする人たちはたくさんいます。騎士の人たちも、リリアナちゃんも、それにウィナードさん達も。わたしは、初めから分かっているわたしよりもあなたとことを理解しようとする人の方が、傍にいるべき人だと思うんです。それにわたしは身勝手で、今の自分の状況をなんとかするだけでいっぱいいっぱいで、他の事なんて考えられないんです。だから、コウガ様が傍にいてほしいと言ってくれた事。嬉しいけど、受け入れられません」
「…………」
「それとコウガ様。教えておきますね」
「なんだ?」
「リリアナちゃん、コウガ様のことを『銀の君』って呼んでいるんですよ」
コウガ様の目が見開かれる。
コウガ様は賢いから、これだけで気付いたでしょう。リリアナちゃんが、コウガ様の本来の姿を知っている事を。そのうえで、傍にいたいと努力している事を。
「……鈴、訂正する。思った以上の毒をもっていたな、こいつは」
コウガ様は歪んだ笑みを浮かべて鈴さんに目を向けた。
一体何の話だろうと首を傾げるわたしをよそに、鈴さんは神妙な顔で頷いた。
「同情致します」
「そうしてくれ」
前髪をかき上げながら、コウガ様はふぅとため息をついた。




