魔王候補と報告会
「ジュジュ! 久しぶりね!」
船を降りるとすぐに、駆け寄ってきた鈴さんがむぎゅうと抱きしめてきた。
暖かい抱擁に嬉しくなりながらも、つい顔が赤くなってしまう。相変わらずのわたしとの差を感じる大きなものが当たっています……。
きゃあきゃあ言いながらわたしを抱きしめる鈴さんの後ろから、二人の人が歩いてくるのが見えた。
「鈴、嬉しいのは分かるけどちょっと落ち着け」
相変わらずのさわやかさで苦笑いを浮かべているのはウィナードさん。
このギルドニア国の勇者……の代わりを務めている人だ。
「久しぶりだべ。元気にしてただか?」
キラキラとした光を放っている幻覚が見えるほどの美形さんが、おっとりと懐かしい口調で話す。
以前、瀕死のわたしを救ってくれたハーフエルフで薬師のルークさんだ。
久しぶりの再会に、思わず頬が緩んでしまう。
「お久しぶりです、みなさん」
わたし達は、約一年ぶりにこのギルドニアに戻ってきました。
ギルドニア国のお城の一室。白いテーブルをはさんで、わたし達は近状報告をすることになった。
メイドさんが入れてくれたお茶を手にして、ふとここでの事を思い出してしまう。
初めてこのお城に来た時、このお茶がきっかけで牢屋に入れられることになったのだ。警戒してしまうのは仕方のないことだと思う。
躊躇しているわたしに気が付いたのか、鈴さんが「大丈夫よ」と笑った。
「問題ないわ。ほら」
そう言って、わたしの持っていたコップを取り、一口飲んで返してくる。
驚くわたしに、ね、と微笑んだ。
「ご、ごめんなさい……」
「あははっ! 気にしないで。前の事があるし、警戒するのも当然よ。ほら、このクッキーもおいしいのよ」
お皿に出されたクッキーをサクサクと食べる鈴さんに、肩の力が抜けていく気がした。
自分でも気づいていなかったけど、久々に会うウィナードさん達に緊張していたみたいだ。
持っていたお茶を一口飲んで、ほっと一息つく。
その様子を見ていたウィナードさんが、優しく笑って「それじゃ」と口をひらいた。
「ジュジュ達の話を聞かせてくれないか? どこまで試練を超えられた?」
彼の言葉に、カップをテーブルに戻してうなずく。
今回、ギルドニアに戻ってきたのは、協力してくれているウィナードさん達に現状報告をするためでもあった。まあ、本来の目的は別にあるのだけれどね。
「相変わらず、濃いメンツよねぇ。勇者って」
わたしの話を聞いて、鈴さんの放った第一声はこれだった。
うん……まあ、否定はできない。
ウィナードさんとルークさんも否定しないし、雷翔も「ほんとにな」と賛同しちゃってるし。
世界各国にいる15人の勇者。わたしの試練はその勇者を倒す……というか、その血を手に入れることだ。
初めはもう絶望的な試練としか思えなかったけど、聞いてくださいよ! なんとこの一年で、なんと、もう12人の勇者の血を得る事ができたんですよ‼
「クルウェーク国のエリオットさんは相変わらずみてぇだなぁ。医者としては引退することも考えてもいいと思うけんど……」
「でも、今はアメリアさんっていう騎士さんが傍にいてくれていますから」
「んだな。ちっと安心したべ」
クルウェークの勇者のエリオットさんは、勇者ということが信じられないほど体が弱い人だ。血を得るのも、彼が吐血したのがきっかけだったし……。
ルークさんは、何度か彼の診察を行ったことがあるみたい。心配そうだったけど、それでもエリオットさんが、今は一人ではないことに安心したみたいだった。
「エスベルロ国のアークも相変わらずみたいだな……」
ウィナードさんが額を手でおさえながら呟く。
アークさんは、その……女の子が大好きなようで。会った瞬間に手を握られて「君可愛いね! すげぇタイプ! ちょっとデートしない?」とか言われました。
その後すぐに殴られて、アッという間に試練をクリアしちゃったけど……雷翔とクーファ以上に、ジェイクさんがアークさんを殴っていたのには少し驚いた。普段は面倒な事丸投げするのに。
「それより、コルヴィーネスの勇者。よくアイツの血をとれたわね」
「ああ、それは……雷翔が」
「やめろ。聞きたくない」
本気で嫌そうに顔をしかめる雷翔。
「可愛かったと思うけど……」
「は? あのあざとい腹黒女が? ジュジュ、正気?」
「す、鈴さん」
なんか、顔が怖いです。
ずいっと鈴さんに迫られている隣で、雷翔がはぁとため息をついた。
「あれのどこが可愛いんだよ」
「いや、顔とか……」
コルヴィーネスの勇者のルリアちゃん。
すごい目がくりっとしてて、色白で小柄な可愛い女の子だったと思う。
でも、そう思っているのはわたしだけみたいだ。
「ジュジュ、あいついくつだと思ってんの! 21よ。21! ツインテールにでかいリボンとかないわ! 勇者なのに白いレースとかピンクの膝丈のワンピースとかないわ!」
「いや、でも、可愛かったですよ。ルリアちゃん、なんか雷翔の事が好きになっちゃったみたいで。雷翔と目が合う度に顔を赤くしたり、後ろを追いかけたりしてて」
「雷翔……あんなのに好かれたの」
「やめろ。そんな目で見るな。あれだけはない」
「え? なんで?」
かわいいのに。
首を傾げると、雷翔はすごい無表情でこっちを見てきた。
「リボンとかぬいぐるみで飾った身の丈以上の槍を片手で振り回す女だけは死んでもごめんだ」
「う……ま、まあ……」
確かにあれはわたしも衝撃だったけど。
「魔物一掃させて返り血まみれで笑顔とか恐怖しか覚えない」
ああ……そういえば「頑張りました!」と報告されてた時、すごく顔がひきつってた。確かにあの笑顔を正面から向けられたら怖いな……。
「で、それでどうやって血を奪ったわけ?」
「奪ったっていうか……」
「鼻血だ」
突然割って入った冷静な声に、鈴さんは声の主であるジェイクさんをきょとんと見た。
「鼻血?」
「魔物退治に同行した時、ものすごく張り切ったあいつが働いた結果、辺り一面血の海になった。で、同じように血まみれになったそいつが着替えようと服を脱いだら」
「……鼻血」
しん、と室内が静まり返って、妙な空気が流れた。
ジェイクさんの言っていることは事実である。
雷翔の種族は元々薄着で過ごすことも多いから、裸とか人前で着替えることに対してあまり抵抗がないんだよね。で、いつものように汚れたからって服を脱いだ瞬間、ルリアちゃんが真っ赤になって。
見事に血が弧を描いて、後ろに倒れていた。周囲の惨状に負けないほどの血でした。かなりの出血だったにも関わらず、倒れたルリアちゃんの表情はなんか幸せそうだったけどね……。
「……勇者って、何なのかしら」
呟いた鈴さんの声が、ものすごく真剣みを帯びていました。




