勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・17
クルウェークの勇者編はおしまいです。
どこまでも青くて、澄み渡った空。旅立ちにはもってこいの日だ。
クルウェークの勇者は攻略できたから、もうここに留まる理由はない。次の国に向かって出発!
……でも、いまだにわたしの気分は低迷中だ。周りまで巻き込んで、しなくてもいい決闘をしていたとか……あんなに大きな無駄骨、飲み込むのには時間がかかります。
そんなわたしの気持ちがわかっているのか、アメリアさんと一緒に港まで見送りに来てくれたエリオットさんが、申し訳なさそうな顔した。
「すみません、ジュジュさん。もっと早くに気が付いていればよかったんですが」
「エリオットさんが気にする事じゃないですよ。わたしが気付かないといけなかったんですから」
うん、間違いなくその通りだ。だからこそ、やりきれない。
気付ける機会は何度かあった。何度か印を確認してたんだから。なのに、なんで気付かなかった、わたし……!
「とりあえず、今後の教訓にします」
へらりと笑うと、エリオットさんは少し微笑んで、目を伏せた。
「こんな事を言うのは申し訳ないのですが……ジュジュさんが印の色に気が付かなかった事、私にとっては幸運だったと思っているんです」
「え?」
「もしあの時貴女がもう試練を乗り越えたことを知っていたら、きっとすぐにここを立ち去っていたでしょう。共に戦う事も、話す事も、敵として戦う事もなかった。貴女という人を知る事も、皆さんの話を聞く事も、それに自分を見つめなおす事も出来ませんでした。きっとこれから先も、私は一人で勇者であること耐えながら、アメリアさんに対する後ろめたさを持ち続けることになっていたでしょう」
「エリオット様?」
アメリアさんが困惑した顔でエリオットさんを見つめる。
そんなアメリアさんに、エリオットさんは優しく微笑んだ。
……なんだろう。なんだかドキドキしてしまう。
「アメリアさん。私はずっと、貴女に重荷を背負わせていると思っていました。王命でこんな出来損ないの勇者の護衛を任されて、迷惑な事極まりないと。けれどそれは、私自身が招いた事だったんです」
長身を折って地面に膝をつける。
そんなエリオットさんに、アメリアさんは目を見開いた。
「え、エリオット様⁉ 何を」
「はじめからこうすべきだったんですよね」
「え?」
「アメリア・エドワーズ嬢。どうか私のパートナーになってくれませんか?」
う、うわああー! 何、何? なんだかわからないけど、ムズムズする!
思わず隣の雷翔の肩をバンバン叩いてしまい、「痛ぇよ!」と小さく文句を言われてしまった。ごめん。
そんな言葉を投げられたアメリアさん本人は、手を差し伸べるエリオットさんを見つめてポカンと口を開け、次の瞬間顔が真っ赤に染まった。
「え、え、エリオット様っ⁉ な、なにを」
「私を勇者としてではなく、一人の人として見てくれた唯一の人だった貴女に、傍にいてほしいと思いました。けれど、それは王に言う事ではなく、貴女自身に直接言うべき事だった。そんな事さえ出来ないほど、私は自分に自信のない臆病で弱い人間です。正直、貴女に相応しい存在とは思えませんが――それでも貴女に傍にいてもらいたい」
顔を真っ赤にして固まったままのアメリアさんに、エリオットさんは少し寂し気に微笑んだ。
「これは王命ではありませんから、断ってもいいんですよ。貴女が嫌だというのなら、護衛を外してもらえるよう、私から王に伝えます。迷惑だとしても、貴女にきちんと自分の口から自分の思いを伝えたかったんです」
下ろそうとしたエリオットさんの手を、アメリアさんがすごい勢いで掴んだ。
あまりの勢いに、エリオットさんも驚いたんだろう。目を丸くしている。
「私は初めから王命でエリオット様のそばにいたわけじゃありません! いや、初めは王命だからでしたが、違います! 私は貴方ほど勇者に相応しい人を知りません。誰より優しくて国や人の為に尽くせる人です。体の弱さが何ですか! そんなもの私がいくらでもカバーします‼ 敵なんて私が蹴散らしますし、倒れたら背負います! 私はその役を他の誰かに譲る気はありませんから!」
エリオットさんの手を両手で握りしめて力説するアメリアさん。
いや、いいんだ。とても素敵な光景だと思う。でも。
「……なあ。ここ、往来のど真ん中なんだけど」
雷翔のつぶやきで、アメリアさんははっと我に返って辺りを見回した。
うん、そうなんだ。もうすぐ船も出るから、周囲には船に乗る人や見送りの人や出迎えの人でごった返している。……アメリアさん達の周りを抜かして。
大勢の人達に見られていたことに気が付いたアメリアさんは、それはもうかわいそうなくらいに顔を真っ赤にしていた。ついでに涙目だ。
でも、そんな彼女に。
「アメリアさん」
「はっ、はいっ⁉」
「これからもよろしくお願いしますね」
いつもと変わらない微笑みを向けるエリオットさん。
自分に自信がないとか臆病だとか言っていたけど、その様子を見るとかなり肝が据わっていると思います。
クルウェークから船が出発する。
港では、エリオットさんとアメリアさんが並んで手を振っていた。きっと二人は、これまで以上に強い絆で結ばれるんだろうなと思う。
「さて、と。これで二人目か」
「うん」
勇者は残り13人。まだまだ道のりは長そうだ。
ジェイクさんの大きな欠伸を背中で聞きながら、どこまでも青い空を見上げて、思わずふっと一つ息を吐いた。




