勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・16
「一体、何がどうなってんだ?」
上の階から降りてきた雷翔は、訓練場に来るなりそう言った。
それはそうだろう。わたしが抱き着いただけで、エリオットさんが突然降参したんだから。アメリアさんも動揺を隠しきれない表情をしているし、ジェイクさんも急に手合わせが終了して不完全燃焼な気分なのか眉間にしわをよせて不満げだ。
そんな中、エリオットさんだけが穏やかに微笑んでいる。
「どうもこうも、彼女に私が負けただけです」
「いや、だから……どこがだよ?」
頭を掻きながら、雷翔が困惑気味にエリオットさんに尋ねる。
「どう見ても、ジュジュが勝ったようには見えなかったぞ。こいつ、あんたに抱き着いただけだし」
「ええ、だからです」
エリオットさんは、答えにならない言葉を返して、わたしの方を見た。
「ジュジュさんは、印を持っていましたから」
「しるし……ですか?」
抱き着いた拍子に服の中から飛び出したのか、胸元には金の縁取りがされたペンダントが輝いている。
これがエリオットさんの言う「印」だ。
「印には元々、魔法を打ち消す力があるんです。ですから、ジュジュさんに触れられた状態では魔法を使うことができません。魔法が使えないとなれば、私は無力ですから」
え、何その力。初めて知ったんですけど。
確か、印に魔避けの術も加えられているとか言ってたよね……。え、この印有能過ぎじゃない?
戸惑っていると、アメリアさんがおずおずと口を開いた。
「申し訳ありません、エリオット様。私には何の話だかさっぱりで……その、印とは何でしょうか?」
遠慮がちに尋ねてくるアメリアさんに、あ、と彼女の状況を思い出す。
わたしが魔王候補だということを最近知らされたけど、アメリアさんはほとんど状況を理解できていないはずだ。訓練場に来るまでの間のエリオットさんとのやりとりもぎこちなかったし、エリオットさんの拒絶対応以来、きちんと話ができていないんだろう。
「あの、これの事です」
実際に見てもらった方がわかりやすいだろうと、わたしは印を手に取って差し出した。
「代々、魔王に引き継がれてきたものらしいです。勇者の血を与えることで宝石が赤く輝いて力を得るみたいです」
「血を?」
「あ、その! ほんの少しで大丈夫です! ジェイクさんが実践済みですから!」
慌てて付け加えると、アメリアさんのきつくなった視線が元に戻った。
アメリアさんも少し落ち着いたのか、わたしに近付いて印をのぞきこんできた。
「ジェイクさんが印に血を垂らした時、赤く光りました。すぐに今みたいな透明に戻ってしまったんですけど……ジェイクさんの仲間のハーフエルフのルークさんは、その時にはすごい魔力が印からしたって言っていました。だから、多分勇者全員の血を得る事で、強い魔力を得られるんだと思います」
「ではこれは、魔除けと魔法無効と、最終的には魔力増幅の力があるのですね」
「あ、後、勇者を見つける事も出来ます。勇者が近くにいるとこの宝石が青く光って……あれ?」
青く、ない。
え、ええー! なんで⁉
固まっているわたしに、アメリアさんが首をひねる。
「勇者がいると青くなるんですか? エリオット様とジェイク様がいますが、透明ですよ」
「いや、ジェイクさんはもう血をもらっているので無効なんですけど。でも、エリオットさんもいるのになんで……」
なんで青くないの? 確かに、ジェイクさんのそばでは宝石が青く光っていたのに。
最後にこれを見たのはいつだっけ。船の上? いや、あの時はまだ青くなかった。後はマルダードの森でも見たような気がするけど……あの時は青かった? いや、でも青くなった宝石を見た記憶がない。じゃあ、勇者を探す力がなくなったってこと?
困惑していると、「あの」とエリオットさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「おそらくですが……あの時では?」
「あの時?」
「はい。初めてお会いした時。あの時、お恥ずかしながら体調があまり良くなくて吐血してしまって、あの時ジュジュさんに」
「あ、あの時……」
あれか。いきなり血を浴びせられる文字通りの衝撃的な出会いの時。あの時、印にも血がかかって。
エリオットさんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみません。あの時は私も意識が朦朧としていて……でも、確かにどこかで強い魔力を感じた記憶があります」
嘘でしょ。嘘だよね。
「じゃあ、もう……」
「私の血は必要ないみたいですね」
「じゃあ、じゃあ、今の戦いは……」
「無駄だった、ってことか」
雷翔の言葉に、思わずへたりこんでしまう。
なにそれ、なにそれ。
あんなに必死になったのに。自分の事を反省したり、覚悟を決めたりしたのに。
「なにそれぇぇ!」
思わず叫んだわたしを咎める権利は、誰にもないと思う。




