勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・15
練習場は、お城から少し離れた建物の中にあった。
前を歩くアメリアさんとエリオットさんに続きながら、ひどく心臓がドキドキしている音が耳に響く気がした。
入り口からまっすぐ進むと扉があって、アメリアさんが躊躇無くその重そうな扉を開く。そこは、その場所に壁を置いた、といった方がいいような、殺風景な場所だった。天井が高く、地面は土しかない。
普段は騎士さん達が訓練に使っている場所なんだろう。どことなくぴりっとした空気を感じて、自然と背筋が伸びる。
「じゃあ、俺はあそこで見てるな」
ついてきてくれた雷翔が上の方を指さす。
壁の向こう側。この練習場を見下ろせる場所に、ベンチが置いてあるのが見えた。
「ジュージュ、大丈夫カ? 俺、居ルカ?」
雷翔の肩から、心配そうな顔で見てくるクーファに、頼りたくなる気持ちをこらえて首を振る。
「大丈夫。手合わせだし、ジェイクさんもいるから」
ちらっと横を見ると、大きな欠伸をしているジェイクさんが目に入った。
……見るんじゃなかった。
「大丈夫だって。ほら、行くぞ」
「ウー……分カッタ。ジュージュ、頑張レ!」
「うん! ありがとう!」
できる限りの笑顔で扉を戻っていく雷翔とクーファを見送る。その姿が見えなくなると、思わずふうっと息がこぼれた。
これから、エリオットさんと。クルウェークの勇者と戦う。
「あの、ジェイクさん。多分……きっとご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「ああ」
半分眠っているような顔で、ジェイクさんは正面に立ったエリオットさんとアメリアさんを見ていた。
わたしと目が合うと、エリオットさんがにこりと微笑む。昨日より、少し顔色がいいみたいだ。
「では、始めましょうか。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるエリオットさん。硬い表情のアメリアさんも同じように頭を下げた。
「あっ、よろしくお願いします」
慌てて同じように頭を下げる。と、横で動く気配がした。
え。
「くっ!」
キンッ、と高い金属音が響く。
顔を上げると、エリオットさんを庇うようにして立つアメリアさんが、ジェイクさんの振り落ろした剣を自分の剣で防いでいるのが見えた。
「はぁっ!」
振り払った剣を避けるように、ジェイクさんが跳んで後ろに移動した。
「卑怯なことを! ギルドニア国の勇者は礼儀も知らんのか!」
「礼儀?」
フッ、と馬鹿にしたようにジェイクさんの口元が歪む。
構えていた剣を肩に乗せ、アメリアさんを見下ろすように顔を上げた。
「戦いに礼儀が必要か? 隙があればやるだけだ」
「すす、すみませんすみません!」
完全に悪役なジェイクさんのセリフを聞いて、アメリアさんの顔がみるみるうちに怒りの表情に変わっていく。慌てて謝ってジェイクさんの服の袖をつかんだ。
「なんだ」
「なんだじゃないです! これは手合わせですよ。礼儀も必要です!」
わたしの言葉に納得できないのか、ジェイクさんが不服そうな顔をする。
すると突然、クスクス笑う声が聞こえた。アメリアさんが困惑した顔で笑い声の出所に目を剥ける。
「エリオット様」
「ああ、すみません。とても楽しそうでしたので。アメリアさん、ジュジュさん、いいんですよ。ジェイクさんの言うことにも一理あります。戦いは命をかけるもの。礼儀なんて関係ありませんよね。……ですから」
エリオットさんが手を広げる。と、彼の周囲にポ、ポ、と青白い光が現れた。
似たようなものを見たことがある。あの時は炎だったけれど……魔物と戦った時に行った魔法。あの虫の魔物を蹴散らした魔法だ。でも。
「呪文は……?」
「あの時は少々体調が優れなかったもので。詠唱をした方が照準を合わせやすかったのでそうしたんですが、普段は詠唱を必要としないんですよ」
にこ、と微笑む。
次の瞬間、青い光が屈折しながらわたしとジェイクさんの方に向かってきた。
動けずにいるわたしの前に、人影が立ち塞がる。
「ジェイクさんっ……!」
左手を前に突き出すと、襲い掛かってきた青い光が弾かれた。
バチィィッ‼
行き場を失った光が地面をえぐり、壁を焦げ付かせる。
一瞬で起こった出来事についていけなくて、その衝撃がすごすぎて、ぺたんと座りこんでしまう。
「やぁぁっ‼」
高い声にはっと我に返る。
キンッ、と、ジェイクさんとアメリアさんが剣を合わせる。防いでいた時とは違い、アメリアさんが激しく攻撃をしかけてきている。何度も振るわれる細身の剣を、ジェイクさんは涼しい顔で受け流しいていた。
一瞬その様子にほけっと見とれていたけれど、すぐにそれどころじゃないと思い出す。
呆けている場合じゃない。わたしも戦わなくちゃ。これは、ジェイクさんには何の利もない、わたしの為の戦いなんだから。
……でも、どうやって?
激しい剣の打ち合いに入る隙間なんてなくて、おろおろするだけになってしまう。これじゃダメなのに。あまりにも情けなくて、みじめな気持ちになる。
その時。ジェイクさんとアメリアさんをはさんで、エリオットさんと目が合った。
まるで何かを言おうとするみたいに穏やかに微笑んで、目を閉じる。
両手を前に出して、その姿がぼんやり薄く光った。
魔法。
そう思った瞬間、駆け出していた。
エリオットさんが魔法を使えば、ジェイクさんは確実に不利になる。ずっと一緒に戦ってきたエリオットさんとアメリアさんの二人分と、つい最近会ったばかりで協力してくれているジェイクさんとわたしの二人分では、あまりに違いすぎる。
役立たずなのは分かっていた。力不足も痛いくらいに実感している。それでも、協力してくれているジェイクさんに頼り切って何もせずにいるくらいなら、足手まといでも行動したい。しなくちゃ。
アメリアさんとジェイクさんが打ち合っている横を通り過ぎて、エリオットさんのところまで走る。途中、アメリアさんのエリオットさんを呼ぶ声が聞こえた。それも聞こえないふりをして、走り続けて――。
「させませんっ!」
エリオットさんの腰にしがみついた。
叫んだ瞬間、腕の中の体から力が抜けた。
両手が下ろされて、魔法が発動しなかったことがわかる。
「え……? あれ?」
魔法をやめた? どうして?
きょとんとして見上げると、優しい目が見下ろしていた。
「降参です」
「え?」
「エリオット様⁉」
悲鳴のような声をあげたアメリアさんを、エリオットさんが手で制する。
もう一度わたしに目を向けたエリオットさんは微笑んで、しがみついているわたしの手の上に手を重ねた。
「こうなっては、私は無力です。ジュジュさん、エリオット・マクシェインは貴女に降伏します」
静かに告げられた言葉に、力が抜けてずるずると座り込んでしまった。




