勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・14
思った以上に長くなってしまった…。なんだかだらだら続いてしまってすみません(;´Д`)
広い廊下に一人取り残されたわたしの頭の中に、エリオットさんの言葉とアメリアさんの悲痛な表情が浮かぶ。
――貴女の自由を奪っている私にこんな事言う資格はないかもしれませんが、貴女はもっと自分を大切にしてください。
――私は、無理なんて……。
「ジュージュ、ドウシタ?」
暗い顔をしていたみたいで、肩からクーファが心配そうな顔でのぞき込んできた。
「ジェー、イジメタカ?」
「えっ? いや、ジェイクさんは何もしてないよ。むしろ手伝ってくれて」
言いかけて、はっとする。
完全に蚊帳の外になってるけど、わたし当事者じゃないの……!
ジェイクさんがエリオットさんと戦うのは、わたしを協力してくれているからだ。なのに、協力してもらっている立場のわたしが何もしないなんて。
「最低だ……」
「ジュージュ?」
「クーファ、ごめん。ちょっと走るね!」
クーファの返事を待つのももどかしく、わたしは走り出した。アメリアさんが立ち去った方向へ。
廊下を走るわたしに、通りすがりの女中さんたちが眉を顰める。でも、そんなの気にしている暇はない。
どんよりした雰囲気を醸し出している背中を見つけて、人目もはばからず声を上げた。
「アメリアさん!」
ぴくりと体が動いて、アメリアさんが振り向く。
今まで見たことのない、泣き出しそうな顔だ。それでも、騎士という立場がそうさせるのか、悲しさを隠すように微笑んだ。そんな彼女の手を取って、元来た方に走り出す。
「ちょ、ジュジュ様? 一体……」
戸惑っているアメリアさんを引っ張って、廊下を走る。さっき見かけた女中さんが、今度は驚いた顔をしていた。
しばらく行くと、目的の背中が見えてきた。アメリアさんも気が付いたのか、はっと息をのむ音がした。
「エリオットさん!」
声をかけると、灰色のローブが足をとめて振り向く。そばにいたジェイクさんと雷翔もわたしの声に振り向いた。
「ジュジュさん。どうしましたか?」
「エリオットさん。わたしも、手合わせに参加します!」
きっぱりと宣言すると、周りの人たちがみんなぽかんとした顔になった。いや、ジェイクさんだけは面白そうに笑っていたけど……そっちは見ないようにします。
「わたしも戦います! でも、一対二だと不公平ですよね。だから、アメリアさんにも出てもらいます!」
「……まず、どうしてジュジュさんも参加するのか教えてもらってもいいですか? これは勇者同士の手合わせのはずですから、ジュジュさんが参加する意義がないと思うのですが」
「あります! というか、むしろわたしがエリオットさんと戦うべきなんです! だってジェイクさんはわたしの試練を手伝ってくれているだけなんですから」
「ジュジュさんの……なるほど。やっと合点がいきました。急に手合わせをしたいだなんてジェイクさんらしくないと思っていたんですが……ギルドニア国の勇者は魔王側についたわけですね」
「え……ま、魔王⁉」
頷くエリオットさんに対して、アメリアさんは目を丸くしてわたしを見て、エリオットさんを見て、またわたしを見た。完全に混乱しているようです。まあ、仕方ないと思う……。
「魔王って、え? どうして魔王が? ジュジュ様と魔王にどんな関係が?」
「落ち着いてください、アメリアさん。実は、わたし魔族なんです」
「え? ジュジュ様が、魔族? 嘘、ですよね? だって、魔族ってその……」
アメリアさんの視線がうろうろとわたしの顔やら足やらを彷徨う。
うん……目は口ほどに物を言うって本当ですね。
「わたしは魔族の中でも変わってて……すごく弱いんです。なのに、なぜか前の魔王様から魔王候補に選ばれちゃって。でも、こんなんだからすごく反対にあって、魔族に追われてしまって」
「ま、ようするに、魔族を納得させるためには魔王になるための試練を乗り越えなくちゃいけないんだよ。で、その試練ってのが、勇者を倒すことってわけだ」
話しているうちに気が滅入ってきてしまったわたしに気が付いたのか、雷翔が説明を引き継いで話し出す。
アメリアさんは驚いた顔で話を聞いていたけれど、次第にその顔が険しくなってきた。
「つまり、ジュジュ様は魔王候補者で、魔王になるためエリオットさんを倒しに来たと……そういうわけですか?」
「う、は、はい……」
「まあまあ、落ち着いてください。アメリアさん」
なぜか一人、穏やかな顔をしているエリオットさんが、アメリアさんを諫める。思わぬところから声をかけられて、アメリアさんは少し戸惑った顔になった。
「エリオット様。しかし、彼女はあなたを害しにきたのですよ?」
「少し血を奪いに来ただけの話ですよ。ジュジュさんの性格上、私を殺してまで血を奪おうとはしないでしょう。でなければ、“手合わせ”なんて回りくどいやり方をしないでしょうし」
ね、と微笑まれて、慌てて首を縦に振った。
アメリアさんはまだ顔をしかめながらも、わたしから視線を外した。そのことにほっとしつつ、アメリアさんに対する罪悪感が心の中に広がっていった。
「それより、私はジェイクさんがジュジュさんの手伝いをしていることの方が気になるんですけれどね」
エリオットさんの言葉に、ジェイクさんが首を傾げた。
「あなたは人の手伝いなんてする性格じゃないでしょう?」
「そうか?」
「そうですよ。勇者の仕事ですら、面倒くさがって兄弟に任せてしまうくらいなんですから」
「きょ、兄弟に?」
アメリアさんが目を剥く。
自分の仕事を他の人に押し付ける勇者なんて、確かにあり得ないもんなぁ。しかも、病気の体を隠しながら勇者であり続けようとしているエリオットさんという人物までそばにいるんだから、無責任な勇者なんて想像もしてなかっただろう。
「だから不思議なんです。あなたのような面倒なことを避ける人が、どうして彼女の手伝いをしているんですか?」
首を傾げるエリオットさんに、ジェイクさんは少し考えてから口を開いた。
「面白そうだから」
「……え?」
「さっきお前自身が言っただろう? 勇者の仕事は面倒くさいし、興味がない。勇者を倒す試練は面白そうで、興味がある。それだけだ」
ジェイクさんの答えに、エリオットさんもアメリアさんもぽかんとした顔になった。
そんな二人を見てから、ジェイクさんはこっちを見た。
「それで、結局明日はどうするんだ? お前とこの女も手合わせに参加するのか?」
「えっ。あ、は、はい。その……わたしが入ると邪魔になってしまうかもしれませんけど、ジェイクさんだけに任せるわけにはいかないですし、無責任なことはしたくないんです」
「まあ……」
ジェイクさんは、まだ戸惑っているエリオットさんとアメリアさんを見てから、にやりとした笑みを口元に浮かべた。
「丁度良いハンデになるだろ」
「うっ……!」
ざくっと傷つく言葉を残して、ジェイクさんはふらふらした足取りで割り当てられた部屋に入っていった。
「おい、本気で参加するのか?」
「うん……。足手まといにしかならないだろうけど、やるよ」
「まあ……がんばれ」
励ましてくれるけど、雷翔。そんなことないくらいは言ってくれないですか? いや、嘘でしかないだろうけど……!
「そ、それでは、私も明日は手合わせに出てよろしいんですね?」
やっと我に返ったアメリアさんに、わたしは頷いた。
「ええ。よろしくお願いします」
「わかりました。ですが、貴女の正体を知った以上、私は本気で戦わせていただきます。エリオット様をお守りするのが私の役目ですから」
では、と、90度に頭を下げ、アメリアさんは踝を返して去っていった。
「あの、エリオットさん。明日、よろしくお願いします」
未だにぼんやりしているエリオットさんに、頭をさげる。
ようやく我に返ったらしいエリオットさんは、ゆっくりと頷いた。
「はい、よろしくお願いします。……ところで、ジェイクさんは本当にあんなことを考えているんでしょうか」
「面白そうだからってやつか? 本気だろ」
エリオットさんの疑問に、雷翔が当たり前のように答える。
「良くも悪くも、正直な奴だよな。あんたも、あんまり難しく考えなくていいと思うけど」
「え?」
「俺もこいつに協力している立場だから言うけど、誰かの為に自分を犠牲にしてまで働こうとする奴なんて滅多にいるもんじゃねぇよ。俺は相手がこいつだから協力してる。理由は俺がこいつの作る国を見たいからだ。要は、俺の為なんだよ。あんたについてる女騎士も同じだと思うぜ?」
「そ、そうですよ! アメリアさんはエリオットさんだから協力を惜しまないんです!」
「違います。アメリアさんは、私が無理にお願いして協力してもらったんですから。王から任命を受けて、勇者付きの騎士になったんです」
「はじめはそうかもしれませんけど! でも、王様から言われたからだとか、相手が勇者だからだとか、そんな理由じゃあんなにエリオットさんに尽くせないですよ。エリオットさんは遠慮しすぎなんです!」
「ま、お前はちょっと俺らに頼りすぎな気がするけどな」
「うっ……」
力説した途端、隣から雷翔に痛いところを突かれてしまった。
確かに、わたしは二人にもクーファにも頼りすぎてる自覚があった。しかも、ジェイクさんに試練を押し付けた形になってたことにも気付いてなかったし。
雷翔が笑って、わたしの頭をぽんぽん叩いた。
「でもちょっとは改善したんじゃねぇの? 自分から手合わせに参加するって宣言するくらいには」
「そりゃそうだよ。わたしの試練なんだから。……確かにエリオットさんが一人でも勇者としての責務を果たそうとするのを見てからだから、気付くのが遅かったけど」
雷翔はもう一度笑ってわたしの頭をぐしゃぐしゃなでてから、エリオットさんに目を向けた。
「あんたはこいつとは逆だな。もう少し周りを頼ることを覚えた方がいい」
エリオットさんは驚いたように目を見開いた後、少しだけ笑った。




