勇者(にもつ)と女性騎士(うんそうや)・10
投稿がまばらで本当にごめんなさい(><)
鳥の声や木の葉が風に揺れる音を聞きながら、森の中をさくさくと進む。
先頭には雷翔。その後ろにアメリアさんとエリオットさん。わたしとクーファがその後ろを歩き、最後尾をジェイクさんがゆったり歩いている。
「大丈夫ですか? ジュジュさん」
エリオットさんが振り向く。騎士さん達と別れてからフードをとっているので、今はその顔が露わになっていた。
……うん、フードをかぶっていたのは正解だと思う。
「わたしは大丈夫ですけど……」
貴方の方が辛そうです、と言いそうになるのを噛み殺す。
だって、すごく顔色悪いし! たまに咳き込んでるし! あああ、後ろ向いて歩いているからふらついた!!
「わ、と」
「エリオット様、足元に気を付けてください」
木の根につまづいて転びそうになったエリオットさんを、すかさず支えるアメリアさん。そんな彼女に、エリオットさんが苦笑いを浮かべた。
「すみません、アメリアさん」
「いえ、私の役目は貴方をお助けする事ですから、これくらい当然です」
うわぁ! かっこいい……!! すごくアメリアさんが騎士っぽい!
思わず見とれていると、肩の上からクーファがわたしの顔を覗き込んできた。
「ジュージュ、ココノ勇者ハ、女ナノカ?」
「え? あ、いや! 違うよ!?」
クーファはアメリアさんを勇者と認識してしまったらしい。正直気持ちは分かりますけど!
クーファは大きな目をパチパチさせて首を傾げた後、突然ピクンと体を震わせた。
「ジュージュ」
「え? 何?」
「来ル」
「え?」
「アッチ」
クーファの大きな目は空をとらえている。
「ジュジュ様? どうされましたか?」
「えっと、なんかクーファが「来る」って……」
「来る?」
アメリアさんが首を傾げると、エリオットさんはにこっと微笑んだ。
「ああ、クーファさんはドラゴンですからね。感じたんですね」
「感じた? ……って、何をですか?」
「気配、ですかね。私の場合は魔力ですが……ほら、そろそろ聞こえてきませんか?」
「聞こえる?」
何の事だろうと思いながら耳を澄ませてみると……確かに聞こえた。
虫の羽音の様だけれど、それよりもっと耳障りで不安にさせるような音が、うねりながら次第に大きくなってくる。
「これは……」
他の人も聞こえたんだろう。
アメリアさんも雷翔も、それぞれの武器を手に警戒態勢に入った。肩の上のクーファも、背中のとげとげを逆立てている。
緊張感が辺りを漂う。睨むように空を見上げていると、あの音の正体が姿を現してきた。
「あれは……」
その光景に、ぞわぞわと悪寒が走る。
個体はそれほど大きくはないようだけれど、その代わり空を覆うような大群で現れた影は一直線にこちらにむかってきている。音に音が重なって耳にわんわんと響いた。
「森喰い虫!」
「森喰い虫……?」
表情が硬くなったアメリアさんに首を傾げると、彼女はその黒い大群から目を逸らさないまま口を開いた。
「強い毒を持つ虫型の魔物です! みなさん気を付けてください! やつらに噛まれたら、噛まれた場所から腐っていきますから!!」
「腐っ……!」
「丁度今はあいつらの繁殖期だし、余計に気が立ってるみたいだなぁ」
雷翔はあの魔物の事を知っているみたいだけど、そんな悠長に言ってる場合!? 数が凄いんですけど!!
おろおろしていると、わたし達の前にすっとエリオットさんが立った。
「アメリアさん。一掃します」
「え?」
一掃って……。
突然きっぱりと言い切ったエリオットさんにぽかんとしていると、あ、と彼は声を上げて眉を下げて微笑んだ。
「でも、取りこぼしちゃったらすみません。残りはお願いしますね」
「はい、わかりました」
アメリアさんは神妙に頷いて、構えていた槍をぎゅっと持ち直した。
エリオットさんはアメリアさんを見つめて微笑むと、魔物の方に目を向けた。……でも、何もしない。
わんわんと響く音で周囲の音が聞こえなくなってきている。肩のクーファがぐっと身を屈めて飛び立とうとした、その時。
「ティト・ファレーム」
静かなエリオットさんの声と共に、彼を囲むように空中から炎が現れた。
「ニベスアウロ」
エリオットさんが魔物の方に指をさすと、周囲を取り囲んでいた炎が一斉にそちらへと向かっていった。同時に、また新しい炎が空中から現れて、次々と魔物を撃墜していく。
向かってくる魔物に、炎が飛びかかる。黒い煙に包まれて、魔物がボトボトと地面に落ちてくる。
「す、すごい……!」
やっぱり、勇者の名前は伊達じゃなかった……!
それまではらはらして見ていた事も忘れて、魔法を駆使するエリオットさんに見とれてしまう。今まで何度か魔法を見た事はあるけれど、こんな規模の魔法は初めてだ!
エリオットさんの魔法が魔物をどんどん打ち落としていく。けれど、魔物の数は減るどころか増えていくみたいだった。そのうち、何匹かが黒い煙をかいくぐってこちらに飛んできた。
「こっちだ!」
エリオットさんの横からアメリアさんが飛び出し、槍で魔物を一突きする。頭を砕かれた魔物が、青い体液を飛び散らせて地面に転がった。
「こりゃ随分な数だな」
雷翔も持っていた棒で応戦を始める。クーファもわたしの肩から飛び立って魔物に向かっていった。
「クーファ、気をつけて!」
思わず声をかけたのが悪かったのか、わたしの方に一匹の魔物が飛んできた。
って、早い!
腕で顔を庇いながらしゃがむ。と、魔物はそのままわたしの後ろに飛んで行った。背後でビシャッと嫌な音が響く。
恐る恐る振り向くと、青色の体液を滴らせた剣を持つ帝王様がこっちを見下ろしていた。
「……俺の方に魔物をよこすとは、いい度胸だ」
「ふ、ふふふ不可抗力です!!」
怖い! 笑みが怖い!!
ガタガタ震えていると、緑色の塊が肩に飛んできた。
「ジェー! ジュージュ、イジメルナ!」
「く、クーファ!」
うう、すごく頼りになります!
「何やってんだ、お前ら」
わたし達のやりとりに気が付いた雷翔が、呆れたような顔をしてこっちにやってきた。
「こっちはあらかた終わったぞ」
「すみません、ジュジュ様! お怪我はありませんでしたか?」
「あ、ありがとうございます。でも、わたしの方には来なかったですから」
アメリアさんの手を借りながら立ち上がると、エリオットさんもゆっくりこっちに向かって歩いてきた。
「それはそうですよ。ジュジュさんの持っている印には、魔物避けの術が施されていますから」
「え、ええっ……そうなんですか?」
「ええ、それもかなり強いものです。その辺りの魔物だったら、居る事も認識されないでしょうね」
「ええー……」
そうだったんだ……。言われてみれば確かに、前に森で魔物に襲われた時、わたしの方には来ないで全部雷翔に向かっていったっけ。その後森で彷徨ってた時も、全然魔物に遭わなかったしなぁ。
ずっと呪われた品物みたいに感じていたけど、わたしの事を守っててくれたんだ。
服の中にしまっていた印を取り出して、掌にずしりとその重みを感じる。透明に輝く宝石に映ったわたしの顔がこちらを見つめていた。その時、ふと森の前でエリオットさんが言っていた言葉を思い出した。
「あっ、だからエリオットさん、わたしに護衛が居なくても大丈夫って言っていたんですね? でも、これにそんな力があるなんて知らなかったです」
「いえ、それは後から付属されたものだと思います。術も新しいものですし、印にそんな力があるなんて情報はありませんから。一年か二年か……とにかく施されたのはごく最近でしょうね」
「そうなんですか……じゃあ、一体誰が……」
一、二年前っていうと、前の魔王様が持っている時か、わたしが持ち始めた時?
でも、わたしが持っていた時にそんなことしてくれるような人はいないし……ああ、おばば様くらいはあり得るかな。でも、おばば様でも印は自由に触る事が出来ない代物だしなぁ……って、あれ? え? ちょっとまって。
「えええエリオットさん? あああの、印って……」
なんでこの人、印の事知ってるの……!?
動揺を隠せないまま彼を見つめると、彼はこほ、と小さく咳をしてから微笑んだ。
「今度の候補者の方は、ごほ、魔族の方に、大切にされているんですね。そんなこほっ、術を施してまで、守ろうとされている、な、んて……」
「え、エリオット様!」
言い終わるか終わらないかの前に、ふらっと長身が揺れて、崩れ落ちた。すぐさまアメリアさんが支えたので倒れることはなかったものの、やはり彼の身長を女性一人で支える事は出来ずその場に二人で座りこんでしまう。
その様子を、わたしは呆然と眺めている事しかできなかった。
エリオットさんは知っていた。
印の事も。わたしが魔族である事も。魔王候補者である事も。……一体どうして?
目を閉じ青い顔で息をしているエリオットさんに得体の知れないものを感じて、体の中から冷たくなっていくような気がした。




