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神華  作者: 栖坂月
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学生編 08

 高月イツカの存在を一言で表すとすれば、システムである。

 神華という国家は政治や経済のベースに日本のそれを踏襲している。とはいえ、国皇というシステムは天皇と同一ではない。むしろ思想的には真逆に位置するものであると言える。

 天皇には実質的な権限が認められていない。認められているのは主に各役職の任命権と象徴としての文化的政治的役割のみである。基本的な体としては立憲君主制を敷いていたが、実際には中途半端な君主であったと言える。国民とは違う、しかし国民の顔という側面を持つ、それが天皇あるいは皇室という存在だ。

 この神華という国家が立ち上げられるにあたって、皇室というシステムも当然ながら受け継がれるべきという圧力はあった。ただ、大衆文化の一つとまで揶揄されるようになった当時の象徴をそのまま継承することには反対も多かった。ただ生まれ、生きていくことに何一つ憂いのない惑星は、人間にとって地球しか存在しない。そういう者達にとって皇室は、ただありさえすれば良いという代物でも差し支えはなかった。しかし大気圏から一歩外に踏み出せば、踏みしめる大地すら自分達で作らなければならない。まして太陽系を離れての生活は、より強いモラルとシステムを必要とした。

 神華の国皇は、温室で育てられた綺麗なトマトでは困るのだ。少なくとも、もっとたくさんの国民のために美味しい実をつけるトマトでなければならない。

 結果、国皇というシステムは皇室の大枠を採用しながらも、完全な別物として立ち上げられることとなった。そもそも、血統的に皇室の流れを汲んでいない。最初の国皇は、当時満20歳の若者からランダムに決定したというのだから、どれだけ大胆なシステム作りをしていたのか察せられるだろう。

 国皇という存在の基本的なコンセプトは『国民の代表』である。それはもちろん外交上の代表という顔としての側面も有してはいるものの、その本質は別のところにある。つまり、国皇は一人の国民の立場で国を見る必要があるということだ。上からではなく隣から、別の役割を有した別種の国民として国家を支える、それが国皇の役割である。そのため、どうしても国皇は国民の生活をある程度体験している必要があった。想像や資料である程度は補える部分もあるが、それは所詮データの域を出ない。かといって国皇が一般人に紛れて生活しようとしたところで、それは『特別な一般人』が生まれるだけだ。

 故に国皇候補、すなわち皇太子はその存在を隠されたまま一般の人間として子供時代を過ごし、十五の誕生日をもって公務を開始すると定められた。高月イツカが皇太子であるという事実を知っているのは、国皇夫妻やイツカの家族を含めても十数人というところである。

「だからあなたは今まで、皇太子であることを知らされることのないまま過ごしてきたのですよ」

 国民の代表になるために。

「……この話、ウチの父や母――高月家の人間は知っているんですよね?」

「もちろんです。まだ信じられませんか?」

 皇后の問いかけに、イツカは俯く。

「いっそウソであったならと思いますが、違うんでしょう?」

「えぇ、イツカは私達の子です。そもそも、イツカという名をつけたのは陛下です」

「そう、だったんですか」

 昨日までそうだと思っていたことが今朝になって違うとわかる、そんな自分の中の常識を引っ繰り返されたような気分にイツカは浸っていた。漠然と考えていた近い未来、遠い将来の姿が全て真っ白に染まっていく。現在の先にあるものが、今の彼には何一つ見えなかった。

「ムネ――ご両親は元気かい?」

「はい、とても」

「そうか。直接お礼を言いたいところだが、そうもいかんのでな。イツカの口から伝えてやって欲しい。幹仁みきひとは本当に感謝していると」

「はい、必ず」

 先程までのおちゃらけていた雰囲気とは違い、今の国皇は威厳と風格に満ちている。ここにきて初めて、イツカは皇居に足を踏み入れたことを実感した。

「とりあえずご納得いただけたようで何よりです、殿下」

 イツカの隣に座る響士郎が、その内面の動きを察して恭しく頭を下げる。その表情も物腰も、単なる幼馴染みのそれではない。

「つまりお前も、偶然向かいの家に住んでいた幼馴染みじゃないってことか」

「そうです。私は殿下のこれからをサポートするために育てられました。いわばパートナーです」

「その言葉遣い、むずむずするからやめてくれ」

「公私を分けるのは大切なことですよ、殿下」

「今は公じゃないだろ。僕の誕生日を祝う場だ」

「なるほど、それは確かに」

 微かに笑いながら、響士郎は表情を和らげる。

「それにしても――」

 背もたれに身体を預け、白く高い天井を眺めながらイツカは呟くように言葉をこぼす。

「響士郎とその両親、父さん母さんも知ってたんだよな。ひょっとしてリンも知ってたのか?」

「恐らくだが、リンちゃんは知らなかったと思う。知っているとしても、最近聞いたことだろうな」

「そうか」

 響士郎とは家族ぐるみの付き合いをしており、妹のリンを交えた三人で幼い頃はよく遊んだものだ。響士郎は小さい頃から利発で、そういった隠し事をしていたとしても、ある意味納得できるところだが、家族として無邪気に接していたリンが言えない秘密を抱えていたとは、イツカとしてはあまり思いたくない。

「そういえば」

 不意に国皇が口を開く。

「そういえば?」

「プレゼントがある」

「いや、皇太子なんて話だけで十分なんですが……」

「まぁそう言わずに受け取ってくれたまえ。きっと驚いてくれることと思う」

「現時点で既に心臓が止まりそうなんですけどね」

 イツカは自分の胸を押さえ、溜め息混じりに国皇へと向き直る。

「それで、一体何をいただけるんでしょうか?」

「ふふふ……そうだな。当ててごらん」

 悪戯を思いついた少年みたいな顔つきを見て、勲章とか記念品とか、そういう安心感のある贈り物ではないことをイツカは確信する。と同時に、当たるハズのないクイズに挑戦しなければならないという事実に改めて溜め息が漏れた。

「そうですねぇ……美味しいケーキとかでしょうか」

「ケーキを食べるのが当たり前のイベントでプレゼントはケーキですなんて言い出すヤツがいたら、ぶん殴るね私なら」

「いや、何も殴らなくても」

「ともかく、そんなありきたりなものではないよ」

「見当もつきませんよ……」

 何を貰っても驚く自信のある今のイツカにとっては、極めて酷な質問かもしれない。ここで誰かがクラッカーでも鳴らそうものなら心臓麻痺で死にそうな勢いだ。

「ではヒント、小さくて可愛いものだ」

「誰が小学生だぁ!」

 ドバンと激しい音を立てて分厚い木製のドアが開け放たれた。

 ドアの向こうには女の子が居た。

 小さいのに怒っている。

 とても怒っている。

 ムッとしている程度なら日常茶飯事だが、あんなにも怒りを露わにしている姿を見るのは初めてだった。

 というか知り合いである。

「ちょっとシマちゃん、誰も小学生とは言ってないよっ。幼女って言っただけだよ」

 いや、幼女とも言ってない。

「とにかく私、もう立派な淑女レディなんで」

「あ、すいません。ちょっとした手違いですからお気になさらず」

 そんな台詞を並べながら、へへへと笑いつつジャーラはドアを閉める。

「おい」

 もう心停止して死んでいるかと思っていたイツカだったが、意外にも生きていた。それどころか奇妙なほど冷静な素振りで響士郎に視線を向ける。

「何でしょうか?」

「今の何だ?」

「プレゼントです」

「おいおい、音差がプレゼントってどういう意味だよっ。それじゃあまるで――」

 出しかけた言葉を、当人が近くに居ることを思い出して引っ込める。頭の中に乱舞するのは、許婚とか婚約者とか、そんな嬉し恥ずかしの金平糖でできたような文字郡だ。

 そしてふと、昨日志麻華に言われた言葉を思い出す。彼女は何と言っていただろうか。そう、新しい家族が増えると言っていた。あれがもし占いなどではなく、既にこの状況を知った上での発言であったとするなら、ある意味合点がいく。

「とりあえず、どういうことなのか説明してください」

 大きく深呼吸をして、イツカは姿勢を正す。

「少々手違いはあったが、改めて紹介しよう」

 国皇の言葉が終わると同時に、もう一度ドアが開く。今度はゆっくりともったいつけて。

 今更ではあるが。

「君の妹、志麻華だ」

「そっちかいっ!」

 家族違いである。彼はあろうことか、妹になる人物との婚約を想像してちょっとニヤニヤしてしまったのだ。ムラムラしてしまったから近場で済まそうと妹の引き出しからパンツを拝借して被っていたところを目撃されたくらいに恥ずかしい。

「そっちとはどっちですか?」

「いや、何でもない!」

 響士郎の疑問をかわす余裕もなく全力で打ち返して、イツカは優雅な足取りで部屋へと入ってくるドレス姿の新しい妹、昨日まで音差と呼んでいた少女をマジマジと見詰めた。

 現実感も実感もまるでない。しかし目の前に居る彼女が生徒会の仲間である音差志麻華であることは疑いようがないし、その後ろに控えている場違いなほど明るい笑みを浮かべているメイド服姿の女性が石川ジャーラであることも間違えようがない。ここに国皇夫妻の姿がなかったなら、単なる生徒会の仮装パーティでしかなかった。

「初めまして、お兄様。お会いできて光栄ですわ」

「つい昨日も会っただろうが!」

「あれは音差家の令嬢です。お兄様の妹として会うのは、これが初めてですわ」

「……すまん。悪い冗談なら冗談だって早く言ってくれないか、響士郎」

「申し訳ありませんが、全て事実です」

 現実とは非情である。

「さぁ、ここからがお祝いの本番ですよぉ!」

 威勢の良いジャーラの声に後押しされるように、宴は誕生を祝う式典から料理と音楽、そして余興の舞い散る祭へと変わっていく。その中心で翻弄されたまま、イツカは塗り替えられる世界を眺めるしかなかった。

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