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神華  作者: 栖坂月
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学生編 05

「お兄ちゃん、改めておめでとー!」

 満面の笑顔でグラスを掲げる妹――高月リンを家族三人が温かく見守っている。普段は仕事で帰りの遅い父も交え、ケーキとご馳走の並んだテーブルを家族一同で囲んでいる。

 高月家の平和は、今日も安泰だ。

 しかも今日はイツカの誕生日を祝う席だ。本来の誕生日は明日なのだが、響士郎が一日預かるという話が既に伝わっているのか、いつの間にか今日がパーティという日程に決まっていたのだ。

「うわっ、このケーキおいしっ!」

「はははっ、せっかくだから奮発したよ。お陰で父さんの小遣いはすっからかんだけどな」

 リンの感動に父親が笑いながら言葉を重ねる。母親はようやく台所との往復を終えて食べ始めたところだ。近所でも有名な仲良し家族という評判は伊達ではない。それぞれの笑顔は、本当に楽しそうだ。

「ねぇお兄ちゃん、明日はどこ行くの?」

「いや、それが聞いてないんだよ。どっかでパーティでも開いてくれるつもりなんだろうとは思うんだけど」

「ふーん、ひょっとしてお高いお店だったり?」

「んなワケないない。響士郎だってバイトしてるワケじゃないし」

「そっかー、ファミレスとかかなー。それもいいけど」

 三歳年下のリンは中学三年である。思春期真っ只中だというのに色気より食い気で困るというのは母親の弁だ。ちなみに父親はそれでいいと思っている。

「朝は何時に約束してるの?」

「九時だよ。迎えに来るって言ってた」

「そう、何か準備するものは?」

「特に聞いてないなぁ。普通に出かける用意しとけばいいんじゃないかと思うんだけど」

「ハンカチとティッシュくらいは持って出なさいね」

 母親の言葉にはいはいと適当に頷くのもいつものことだ。誕生日らしいことと言えば、少しだけ料理が豪華なこととケーキが並んでいることくらいだろう。

「ねぇねぇ、ケーキもう一切れ食べていい?」

「お兄ちゃんの誕生日なんだから、お兄ちゃんに聞いてみなさい」

「ねぇねぇお兄ちゃん、もう一切れいい?」

 このやり取りが家族っぽいと、イツカはしみじみ思う。

「いいけど太っても知らないぞ」

 その輪の中に自分が居るという事実を噛み締めながら、白くて甘いクリームを口に放り込んだ。幸せに味があるのなら、きっとこういう味なのだろうと彼は思う。

「うっ……だだ大丈夫。明日走るし」

「何だ、マラソンでもやるのか?」

「普通に体育で長距離。ただ走るなんて、船が空を飛ぶ時代に必要なのかなぁって思っちゃうよね」

「何をするにしても、基礎体力は必要だぞ」

 妹の軽口を父親が嗜める。

「事務仕事でも?」

「筋肉がちゃんとついてないと姿勢が悪くなる。腰や首を痛める元だ。そもそも、リンは事務仕事が夢なのか?」

「そうじゃないけど」

「なら、将来の選択肢を広くとるためにも基礎的な運動や勉強は疎かにしないことだ。何か特になりたいものがあるというなら、そのための具体的な努力をすることも大切だろうが」

「将来かぁ、まだ考えたこともないよ。お兄ちゃんは進路とか決まってるの?」

 その発言に一同の眼差しがイツカへと集中する。リンの瞳には純粋な好奇心が輝いて見えるが、両親のそれはどことなく不安や心配を抱いているように見える。

 彼自身、響士郎や志麻華に比べれば頼りにならないという自覚はある。だが、ここまで露骨に不安視されるというのも心外であろう。高校生活も半年を残している。ラストスパートはまだ先の話だ。

「一応考えることはあるけど、まだ具体的には決まらないよ。とりあえず大学に行って、後はそれからって感じかな」

 自分の将来の具体像など、そう易々と想像できるものではない。まして経験の少ない若輩者にとっては、取り留めのない妄想と大差はないだろう。それを少しずつ現実にすり寄せていくことで大人に近づいていくのだろうと、イツカは思っている。

「大学生になったら少しは大人っぽくなるといいね、お兄ちゃん」

「どういう意味だ、おい」

「だってお兄ちゃん、中学生によく間違われるじゃん」

 イツカは童顔である。完全無欠の童顔である。響士郎と一緒にいて同級生だと思われた試しはない。

 そして、少しでも大人に見られたいと思って小さな背伸びを試みている彼は、まだまだ子供だ。子供は早く大人になりたがり、大人は子供に戻りたがる、これは有史以来続く人の性である。

「うるさいな。これから伸びるんだよ、色々」

 髭とか背とかアレとか。

「まぁまぁ、そんなお兄ちゃんに大人なプレゼントあげるから」

「プレゼント?」

「じゃーん、コレでーす」

 そう言って椅子の陰から小さな小箱を持ち上げる。手の平にスッポリと収まる程度の小さな箱だ。受け取ってみると少しだけ重い。

「開けていいか?」

「うん、開けて開けて」

 リボンを解き、丁寧に包装紙を広げていく。指先で開封できるワンタッチ包装が当然の世の中でも、贈り物の包装は煩わしいというのが、いかにもこの国らしい伝統だ。

 そして、いよいよ最後の蓋をパカリと開くと、綺麗な金メッキが目に飛び込んできた。

「これは……」

「懐中時計だよ。パカッて開いて時間見るヤツ」

「うん、知ってる」

「何か大人なアイテムって感じでいいでしょ?」

「まぁ大人は普通にアクセスして時間見るだろうけどな」

 空中をトントンと叩けばいつでも見られるものを、あえて懐から取り出して見るという文化人的行為をしろということらしい。

「お兄ちゃん知らないの? 今空前のレトロブーム到来なんだよ」

「へぇ、こんなの流行ってるのか」

「ウチのクラスで」

「狭いよっ!」

「でも結構いい品だよ。二万くらいしたよ」

「奮発したな、リンにしては」

 ちなみに一万円は現代の千円くらいの価値である。要するに二千円の時計だ。中学生の買い物としては極めて妥当な金額といえよう。

「ちなみに父さん達のプレゼントだが――」

 その発言にイツカは思わず身構えた。

「今はまだ用意しとらんのだ。明日には用意するから、ちょっと待っててくれ」

「それはまだハッキリしないから言えないっていう意味じゃないよね?」

 イツカは混乱している。

「どういうことだ?」

「いや、いいんだ。言えるようになったら教えて」

 新しい家族が弟でも妹でも受け入れる覚悟はできつつある。とりあえず、二人の様子を見る限り新しい父親や母親ではないようなので一安心だ。

「ともかく、明日は失礼のないようにな」

「失礼って……まぁ、そんなに羽目を外すつもりはないけどさ」

「それでいい」

 小首を傾げるイツカを見る両親は、互いに顔を見合わせて小さく笑う。

 嬉しそうに、そして少しだけ淋しそうに。

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