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神華  作者: 栖坂月
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暴露編 10

 あんパンと傘を手に、空を見上げる。

 空からは小さな雨粒が落ちてきている。風はないが、陽光がない分だけ肌寒い。彼女自身としては問題ないが、厚着をして関節を覆い隠せるのは好都合だった。

『たんぽぽちゃーん、そっちは準備おっけー?』

「あ、はい、もう配置にはついていますが……」

 突然聞こえた声に慌てることなく、左手に持ったあんパンを眼前に持ち上げて、たんぽぽは口を開くことなく音声を送信する。

「このあんパンはどうしたら?」

『それを食べながら張り込みをするのが作法なんだよ』

「いえ、私はノヴァータですので、食べられませんが」

『なら食べるフリだけでも――』

『馬鹿なこと言ってないで、真面目に見張ってなさい。そろそろ時間よ』

 ジャーラの言葉を遮るように、離宮からの志麻華の言葉が割って入る。本日は水曜日、もしも予測が当たっているとするなら、阿久津とGSSが接触する日だ。

 病院の本多が目を覚ます気配は未だにない。一体何が起きてどうなっているのか、当事者であるイツカ達には明確にはわからなかった。いや、被害者である本多にすら、その全貌は見えていないだろう。だからこそ、自殺に仕立て上げられたのだ。

 イツカとしては、自分が皇太子であるという事実を否定されるのは構わないと思っている。自分自身でもそんな自覚はまだないし、誰かに代わってもらえるものならお願いしたいと思うこともある。しかし同時に、響士郎を始めとした周囲の人達が、彼に対して寄せてくれる期待と信頼は、可能な限り裏切りたくないと思い始めていた。

 そういう意味で、イツカにとって本多という存在は軽視できる相手ではなかった。今までの彼を知らない者の中では、恐らくは初めて彼に対して明確な敬意を抱いて接してくれた相手だと感じたからである。

 アイドルにとっての初めてのファン、という表現があるいは的確なのかもしれない。

『たんぽぽ、人通りはどんな感じ?』

「え、あ、はい、雨が降っているせいかあまり多くはないと思います」

 志麻華の質問に慌てて答えると、少しの沈黙が入る。

「……どうかしましたか?」

『いや、人込みに紛れるには条件が良くないかなと思ってさ。目立ってない』

「今のところは大丈夫だと思いますけど」

 そう返事はするものの、正直なところたんぽぽにも自信はない。買い物で離宮の外に出ることは何度もあったが、行きつけのスーパーやら商店街の店員は離宮で働いているノヴァータなど見慣れていたし、彼女の存在をすぐに受け入れてくれた。人間と違うのは理解しているものの、それがどの程度の違和感を生むのかまでは彼女にもわからないのだ。

 幸い、ここは都内の一等地、目の前のビルは廃れているが、周囲の雰囲気は活気があるとまでは言えないものの、人通りが途切れることはない。時折は派手な格好をした人間も通りかかるから、少しくらい人と違っても気にされる可能性は低かった。

『ねぇねぇ、シマちゃん』

『何よジャーラ、何か変化あった?』

『腹ばいになってるとお腹が冷たいんだけど』

『だったら起き上がればいいでしょ』

『いやいや、私はスナイパーなんだよ。狙い撃ちなんだよ。頭を上げたらヘッドショットが待っているんだよっ』

『なら大人しく寝てなさい』

『……お腹壊したらシマちゃんのせいだからね』

『はいはい、後でアイス奢ってあげるから仕事しなさい』

『ラジャー!』

 現金な上に安上がりなスナイパーである。

 現在ジャーラは、国会議事堂を見渡せるビルの屋上に陣取り、フライトピザのホバーが来るのを待っている。単にホバーの到着を知るだけなら、一般公開されている神華タワーからの映像だけでも事足りるのだが、それではフライトピザの宅配ホバーを阿久津が悪用しているという決定的な証拠にはならない。可能なら乗り込む瞬間を捉えておきたかったのだ。

 ちなみにたんぽぽは、例の廃ビルの裏口に張り込んでいる。連続認証の記録を可能な限り追ってみた結果、会議の行われる部屋は毎回変わっているようだったが、幹部の出入りする場所はいつも裏口だった。つまり、そこを見張っていれば全員の顔を拝めることになるのだ。

 もちろんこれらは、相手が警戒していないことが前提である。こちらの動きに気付いて対応されたら、今のところ彼らに為す術はない。ナビの件も本多の自殺の件も、まだ何の証拠も掴んではいないのだ。

「しっかりしなきゃ」

 手にしたあんパンを思わず握り締め、袋の中で無残に潰れていく。しかしそんなあんパンに目を向けることなく、たんぽぽは自分の姿と周囲の様子に気を配る。

 リアルな人間ではなく精巧なフィギュアに近いモデルの彼女は、見た目で人間と間違われることはない。ただそれは顔を見られたらという話で、筋肉によって形作られている彼女の身体は、関節さえ上手く隠すことができれば人波に紛れることも不可能ではない。いつも着ているメイド服を脱ぎ捨て、現在はジャーラから借りた私服に身を纏っているが、かなりの厚着だ。目深に被った帽子から、視線を周囲に這わせて警戒している様子は、誰かと待ち合わせているというよりは、これから何かしでかそうとしているテロリストのようにも映る。正直、彼女の様子に気付けば怪しまれるところだろう。

 しかし今、雨が降っている。誰もが傘を差し、そこから落ちる水滴に気を取られて下を向く。今のところたんぽぽの不審な様子に気付く者はいなかった。

「あれって……」

 雨にけぶる景色の向こうに、繁華街には少し不釣合いなスーツの集団が見える。男三人と女一人の四人組だ。昼食にしては時間が遅いし終業時間にはまだ早いこの時刻に、特に談笑することもなく連れ立って歩くこの集団は、関心を持って見れば異様に映った。

 当初、たんぽぽにとって『怪しい』という探索条件は難解に思えたが、これが怪しいということなのだと、彼女は理解する。

「志麻華さん、来ました!」

 口を開くことなく、音声だけを送る。が、抑えきれない興奮が言葉を跳ねさせた。

『そう、ちゃんと彼らの顔を見て記憶してちょうだい』

「はいっ」

『シマちゃん、こっちも来た!』

 ジャーラの声が割って入る。

『予定通りというところね。二人共、くれぐれも相手に見つからないように監視続行。いいわね?』

 志麻華の凛とした指示に、二人は気持ちのこもった返事で応じるのだった。

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