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神華  作者: 栖坂月
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暴露編 09

「それでは、時間も時間なので手早く始めましょう」

 公務と調べ物を並行して行ったことで業務時間が延び、夕飯を終える頃には深夜に近い時刻となっていた。それでも、普段の業務に支障をきたすことなく情報を集めているあたり、やはり優秀な面々が揃っているということなのだろう。ちなみにジャーラは、自分がすべき志麻華の補佐を全てシオンに丸投げしている。

「では、誰の話からいきますか?」

 普段と口調は変わらないが、響士郎の態度にはどこか楽しそうな素振りが窺えた。生徒会を一緒にしている時にもイツカは感じたことだが、元々裏方の工作、特に悪巧みのようなものは好物に違いなかった。

「じゃあ、私からいこうかな」

 手を挙げたのは志麻華だった。

「志麻華が調べてたのはえっと、GSSのことだっけ?」

「そうよ。とはいっても会社の知り合いに少し頼んで調べてもらっただけだから、あくまで表向きの動きってだけだけどね」

「そっか」

 劇的な情報は期待できないかなと、正直なイツカの肩が落ちる。

「いきなりガッカリしないでくれる? これでも結構有力な情報ゲットしてきたつもりなんだから」

「あ、ゴメン。聞かせてくれ」

 志麻華は立ち上がり、一つ咳払いをしてから話し始める。

「まずGSSってのは、外資系の多い警備会社としては珍しく国内企業なの。だから神華特有の習慣とか風土に合わせた警備システムや体制が売りなんだけど、他国に支部のあるような大企業にはあまり受けが良くなくてね。中小企業の警備システムとか裕福な家庭向けのセキュリティサービスがメインだったのよ」

「なるほど。それで?」

「基本的には安い割には質が良いということでシェアを伸ばしてたんだけど、大企業向けの需要が頭打ちになってきた外資系の警備会社が一般家庭向けのサービスに踏み込んできてね、結構食われちゃったらしいの。神華ってホラ、治安がいいじゃない。荒れてる国で実績を上げている外資系に比べると、どうしても生温い印象があるのよね」

 一般家庭で警報が鳴ったところで屈強な傭兵が駆けつけるワケではないが、イメージというのは重要である。

「それでGSSは、新規顧客として役所を選んだの」

 右手の人差し指をピンと立て、志麻華は続ける。

「神華の企業だからということで安定して仕事は貰えてるみたいだけど、競合相手が警察だからね。あまり大きな仕事は貰えないらしいの。実際、この前の慰問も、陛下が予定されていた時には警察の仕事だったのよ。それが流れて急遽殿下が行くことになって、急すぎるってことで警察が渋ったところへGSSが入ってきたらしいわ」

 もしも慰問での一件が計画的なことであったなら、その急遽という演出も計算ずくということになる。だが、話を聞く限りにおいて大きな不自然さはない。

「もし慰問の件が計画的なことだったとしたら一つだけわからないのは、せっかく新規開拓した役所の仕事を自ら失敗するような選択をするだけの価値があったのかってことね。フライトピザの件が本当ならそれなりに美味しい話でしょうけど、それでもみすみす失敗させるべきかどうかは微妙ね。まぁ彼らとしては、あんなに注目を浴びる案件になったこと自体が誤算だったのかもしれないけど」

 責任者の自殺がもしも何者かの陰謀であったとするなら、そうまでして今回の件は伏せてしまいたいという焦燥の現れなのではないかと、志麻華には思えてならない。

「私からはこんなところね」

 話すことを話し終え、スッキリとした顔で志麻華は座る。その姿勢が落ち着く前に、今度は響士郎が立ち上がった。

「次は私が行きましょう。といっても、彼女の補足程度の話になりますが」

 そう前置きしたところで静かにドアが開き、シオンがお茶を運んでくる。ジャーラの仕事まで押し付けられて彼女も一日余裕がなかったのだ。せめてたんぽぽがもう少し役に立ってくれていればとは誰しもが思うところだが、シオンがそんなことを口にすることはない。

「GSSが役所の仕事を請けるようになった時期と阿久津議員が当選した時期は、ほぼ重なります。当選した当初から窓口として機能しているかどうかは不明ですが、GSSに政治家の顧問は今のところ居ませんし、何かしらの交渉が行われているのだとしたら頷ける符合ではありますね」

「あのー」

 イツカが手を挙げる。

「何でしょう?」

「そういう、えっと……政治家が特定の企業を推すのって普通のことなの? 何ていうか、批判されそうな気がするんだけど」

「もちろんです、殿下」

 響士郎は頷き、少し嬉しそうに口元を緩める。

「政治家の副業は禁止されておりませんが、所属している会社を必要以上に推すのは批判の対象となります。少なくとも表立って特定の企業の便宜を図る政治家というのは、あまり良い顔をされないでしょうね」

「やっぱりそうなんだ」

「ちなみに阿久津議員ですが、父親はフライトピザの重役を務めているものの、フライトピザから直接の報酬は受け取っておりません。それどころかフライトピザの便宜を図るような動きは、今のところ発見できませんでした」

「え、そうなの? GSSを推すような人だったら、フライトピザだって推してそうなものだけど。というか、国会に来てたアレは違うの?」

「むしろ関係しているところって推しにくいのよ。批判のやり玉に挙げられやすいからね」

 企業側の人間である志麻華が簡潔に答え、響士郎も頷く。

「そうですね。ちなみに国会に届いたアレは誰かが個人で注文したものでしょう。役所の正式な昼食がフライトピザになったのならともかく、個人の注文なら批判の起きようもありませんよ」

「そっか。うん、まぁ確かにそうかも」

「とりあえず現状、阿久津議員は特定の企業から報酬を受け取っておらず、どことも強い繋がりを持たない『クリーンな政治家』というイメージで通っているようです。政治家としてはお若いですし、そういったイメージは余計プラスに働くでしょうね。しかしだからこそ――」

 響士郎の目がスッと細くなる。

「特定の企業と密談を行っていたという事実はスキャンダルになりかねません」

 躍起になって隠す理由もまた存在することになる。

「もっとも、その確証が得られるほどの情報は、さすがに見つかりませんでした。私の報告は以上です」

 言いつつ響士郎が座るより早く、バネ仕掛けの人形のようにジャーラが立ち上がる。不自然にも今まで一言も口を開かなかった彼女は、何かを話したくてうずうずしているようにも見えた。

「どうやら、良い情報を持ってきたみたいね」

「あいあい、期待してもらっていいですよー」

 その言葉に全員の目の色が変わる。

「よしジャーラ、早速聞かせてくれ」

 イツカの言葉に頷き、ジャーラは口を開いた。

「阿久津さんは、白でしたっ!」

 一言で流れを覆しやがった。

「おい、どういうことだ?」

「うんとね、例の慰問から本多さんが病院に運び込まれるまでの通話記録を全部見てみたんだけど、その相手はGSSと何の関係もない人達ばかりだったの」

 調べる範囲が広がっただけで、結論は二日前と同じである。

「同じ期間の連続認証記録も洗ってみたけど、料亭にすら入っていないんだって。連続認証が切れるのは自宅と議事堂内での控え室だけだったみたい。もちろん自宅に来客なんかなかったよ」

「議事堂内って認証が切れる場所があるんだ?」

「各党の控え室やトイレでは一時的に切れるようになっていますね。独立したシステム運用がされています。内部ネットがありますから、そこで政治家同士の密談が行われているようですね」

 志麻華の疑問に響士郎が手短に答える。挨拶に訪れたことのあるイツカは、すっ転んだり頭をぶつけた苦い記憶と共に、控え室から出る度に個人認証のやり直しをして面倒だったという事実を思い出す。

「つまり、それらしい相手との接触は何一つなかったの」

 その言葉とは裏腹に、ジャーラの表情はニコやかだ。少なくとも、何一つ成果がなかったという顔ではない。

「え、ひょっとして見込み違い?」

「いいえ、まだ諦めるのは早いわ」

 イツカの言葉に素早く志麻華が重ねる。

「こちらから行けないのなら向こうが来ればいい、そういうことでしょ?」

「そう思って、今度はGSS側の動きを追ったんだけど、国会議事堂に来た関係者はいなかったんだよね」

 行くのでもなく、来るのでもないらしい。

「え、おい、やっぱり何もないってことなのか?」

「まぁまぁ殿下、落ち着いて」

 ジャーラのあまりに余裕めいた態度に冷静さを取り戻し、一つ小さな溜め息を吐いてイツカは椅子に座り直す。

「実はGSS側の動きを調べていた時に、妙なことに気付いたんだよね」

「妙なこと?」

 小首を傾げるイツカに向けて、ジャーラはニコリと微笑んだ。どうやらこれが本命のようだ。

「浮浪者がよく来るビルがあるのよ」

「何だそりゃ?」

「まぁ聞いて。浮浪者にしては動きが変だし、そもそも廃ビルっていつても駅近くの結構な繁華街なのね。んで、追跡が可能な何人かがいたから追いかけてみたら、ビックリよ。何とGSSの幹部だったのよね」

「GSSの幹部が、浮浪者?」

 それはあまりにも不自然な話だ。

「浮浪者って言ったのは、連続認証から外れていたから。『unknown』の大半は住民登録がされていないホームレスとか不法入国者なの。でもGSSの幹部がホームレスってことはないよね。ビルから出たら個人認証を復活させているんだしさ。これは何かあると思って調べてみたら、週に一度、幹部が何人か連れ立ってGSSの管理している廃ビルに入ってるみたいなの。この廃ビルは三年前に取り壊しが決まったビルでね、周囲の環境への影響を考慮して取り壊しが何度か延期されてるの。でもテナントは一つも入ってないし、電力やカメラ設備はセキュリティ維持のために何とか生きてるけど、管理らしい管理もされていないんだよね」

「会議をするにしても妙な場所ではありますね」

 響士郎の言葉にジャーラは頷く。

「でしょ。でも割とセキュリティが硬くて、映像データとかは抜けなかったみたい。少なくとも昔の個人用カメラアイみたいに簡単じゃないって言ってた。でも、ビルの設備自体は20年以上は前のもののハズだから、ちょっと変だなとも言ってたよ」

「なるほどね。つまり、誰かがあからさまに隠しているってことか」

 連続認証に使われる映像データは、当然ながら監視カメラを中心とした定点カメラの映像が主である。それ故にこのシステムの立ち上げ当初はセキュリティレベルの高い場所の映像がそこから抜き出されるような事態が相次いだ。現在は対策も講じられ、公開されることの多い連続認証の記録に比べて遥かに高いレベルのセキュリティが設定されている。そのため、イツカの映像や一部犯罪者の映像など正規の閲覧許可が下りている映像を覗いては、このシステムを利用した映像はほぼ存在していない。それでも何年かに一度はこの手の映像を発信元にしているスキャンダルが発生するのだから、人々の興味というのは底が知れない。

「とりあえず気になりますね。そのビルの場所と日時はわかっていますか?」

「うん、場所は中央区の北で、前回と前々回はどっちも水曜日の午後三時くらいに廃ビルに入っていったみたいだね」

「中央区の北……」

 詳しい住所を聞いたワケではないながらも、国会議事堂とは少々離れていることはわかる。車を使っても30分くらいはかかるだろう。そもそも、車の使用には個人認証が必要不可欠だ。住民登録をされていない不法入国者ならいざ知らず、国会議員が変装や手袋で個人認証をごまかして車に乗るなど、不自然極まりない。むろん、カメラを避けて歩いていけるような距離でもなかった。

 イツカの頭では、どう考えてもそこで二つの勢力が接触することには無理があると思えてならない。

「殿下、気付きませんか?」

「気付くって何にさ?」

「水曜日、午後三時」

「ん?」

 大切なのは場所だと思っていたイツカが、慌てて思考を切り替える。しかしそれでも、怪しい何かを発見するは到らない。

「国会議事堂へ挨拶に行ったのは、水曜日でした」

「確かに……でも、それがどうかしたの?」

「ピザですよ」

 そう言って、響士郎は珍しく口元に笑みを浮かべるのだった。

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