暴露編 07
「じゃあ、聞かせてもらおうかな」
聴衆三人がソファに座り、ジャーラだけがその正面に立つという極めてレアな状況に、自然とジャーラの頬が緩む。
「これはまぁ、何と言いますか、ロマンですね」
「ロマン?」
誰かのロマンのために蹴落とされようとしている皇太子がいるらしい。
「前々からやってみようと思っていたんですよ」
「え、皇太子になったのつい最近だけど?」
「だからー、殿下が皇太子になるずっと前から、いつかやってみようと思っていたんですってば」
「え、それってどういう……」
イツカが皇太子になることを知っていたか、予知していたか、皇太子という地位そのものに何か恨みでもあるのか、いずれにしても結構な変人である。
「ちょっと待ちなさい」
何かが違うと判断して、志麻華が会話を止める。
「ジャーラ、貴方は何の説明をしているの?」
「何って、命懸けで情報をゲットしてきたスパイごっこをした理由だけど」
「そんなの誰が聞いてんだっ!」
伝家の宝刀であるツッコミが冴える。
殿下だけに。
というより、ずっと前からこんな機会を窺っていたジャーラも相当アレである。
「そういうのは後で、殿下個人に聞かせてあげなさい」
呆れたように頭を振りつつ、志麻華はやれやれとばかりに言い放つ。
「いや、僕も別に聞きたくないけど」
「とりあえず、まずは集めてきた情報を教えて。何かわかった?」
「まぁ、色々と」
「最初からそっちを聞かせてくれよ……」
疲れたような顔でソファに座り直し、姿勢を正したイツカはいつもと変わらないように見えるジャーラへと視線を向ける。
「それなら手早くいくよ。まずはGSSからだけど、キョウちゃんの言ってた通り、今はかなりゴタゴタしてるみたい」
「その理由はわかりましたか?」
響士郎の問いに、ジャーラは頷く。
「もちろん」
この反応に、響士郎は少なからず驚いたようだ。
「一体どうやって調べたんです?」
「それはえっと……企業秘密ってことで」
「貴方、ボードもまともに使えないじゃないですか?」
「あ、私が直接調べたワケじゃないよ。ちょっとしたコネがあってね」
「情報屋、ということですか」
「うんと、まぁそんなとこかな」
「情報の出所なんて、とりあえずはどうでもいいでしょ。問題は情報の中身よ」
志麻華の言葉は一見して正しいようだが、イツカと響士郎には僅かな引っかかりが感じられる。その情報が正しいという確信が持てなければ、どれほど有益な情報であっても意味はない。何より、その部分に最もこだわりそうな志麻華が、それをまるで気にしないかのような発言をしたことが、奇怪ですらあった。
しかし反面、二人はすぐに気付く。
その情報屋が頼りになることを、そして同時にジャーラがその人物の公開に消極的であることを、既に知っているからだ。
「いいでしょう。続けてください」
「えっと、何だったっけ?」
「GSS内部が混乱している理由です」
「そうだったそうだった。えっとね――」
今時珍しい紙のメモ帳を取り出し、ペラペラとめくりながら目的の情報を探す。
「どうやら、大きな契約が潰れかけているらしいよ」
「その理由が慰問の成功にあるかどうかは――」
「断言は出来ないけど、タイミング的には一致するって言ってた」
即座に返ってきた答えに、響士郎は満足そうに頷く。
「ちなみに、その大きな契約の相手と内容に関しては、何かわかりませんか?」
「抜かりないよー」
ニコやかな笑顔でペラペラとメモ帳をめくり、ジャーラは続ける。
「相手はあのフライトピザ、内容は新店舗のセキュリティシステム契約だって。旧店舗も順次変えていくって話だと、結構大きな契約になるだろうって話だったかな」
フライトピザは一つの店舗でまかなえる地域が広いのが特徴なので、他のデリバリーサービスに比べると店舗数自体は少ない。しかしそれでも、神華全域に展開しているフランチャイズチェーンである。そのセキュリティ契約ということになれば、動く金額は決して小さいものではない。
「フライトピザ……三木原議員が顧問を勤める会社の系列ではありませんね」
三木原の家系は祖父の代から続く政治家の名門ではあるものの、それは豊富な資産を有する資産家としての側面があったればこそである。三木原自身も中堅会社の顧問を勤めているが、彼の叔父がミキ重工の会長の座にいることは割と有名だ。
特定政党への企業献金及び個人献金が完全に廃止(政治資金団体を介しての献金も禁止)され、政治への投資は役人の管理する国家運営管理機構への献金のみとなり、集められた資金は政党交付金と同様のシステムで配分されるようになった。多くの議員を抱えること、それが即ち資金力というシステムである。
ただもちろん、このシステムでは特定の政党に対して資金援助を的確に行うのは難しい。そのため多くの議員は企業に所属し、報酬という形で直接援助を受け取っているという構図が大っぴらに見られる。政治家=金の図式は、人類が大気のない空間を飛び越えた先でも健在だった。
「フライトピザって、阿久津さんじゃない?」
「なるほど、それなら繫がりがないワケでもありませんね」
一応面識のある志麻華が気付き、響士郎が頭の中で関係図を修正する。
「えっと、どういうこと?」
政治家事情に詳しくない一般人のイツカだけが置いてきぼりだ。
「フライトピザの重役に、阿久津議員の父親がいるんですよ。そしてその阿久津議員というのは、現与党である自社党の若手議員です。派閥としては森田派と言われていますが、その中の若手集団である三木原議員を中心としたグループに属しているんですよ」
この辺りの情報は、政治関連に少し突っ込めば出てくるものだ。元々ある程度知っていた響士郎だが、三木原議員について調べた時に阿久津議員の名前は見ている。
「とはいえ――」
ようやく糸口が見つかったと思えたイツカの表情とは対照的に、志麻華の顔は曇る。
「ちょっと妙じゃない?」
「何がです?」
響士郎の問いに、志麻華は慎重に言葉を選びつつ答える。
「父親が重役だからといって、そんな大きな契約を新人議員が簡単に結べるものかしら。まして今回の成功――彼らにとって失敗だったんでしょうけど、それによって契約を取り上げられようとしているんでしょ。そこまでの権限を振るうには、少しばかり役者不足のような気がするんだけど」
「裏にその、三木原って人がいるからってのは?」
ふと思いついたイツカの言葉に、志麻華は首を横に振る。
「三木原さんは議員としては有名だけど、経済界ではまだそんなに大きな存在じゃないわ。もし仮に叔父や祖父が関わっていたというなら話は別だけど、その割には目的としているものが個人的すぎると思うのよね」
「つまりえっと……どういうこと?」
「つまりね、フライトピザとの契約を餌にしたってのは本当だろうけど、もっと重要なのは阿久津議員の要求に応えられなかったことを気にしているんじゃないかってこと」
「ん?」
イツカは首を傾ける。
「なるほど」
その隣で、響士郎が頷いた。
「フライトピザを介しての影響力ではなく、GSSと直接のパイプが存在するのではないか、そういう話ですね?」
「そう、そもそも阿久津さんは議員としては一年生、それでも二年くらいはやってるけど、議員としての影響力が大きい方じゃないわ。父親も重役とはいえ雇われの身だし、フライトピザを後ろ盾にするのは少し弱いと思う。もちろん、都合の良いところでは利用しあってると思うけどね」
「そう言われるとまぁ、随分好きなようにGSSを利用しているみたいに見えるね」
もし自分がお願いをして、一体何人の人が応じてくれるだろうと考えて、イツカは心の中で溜め息を吐く。
「ジャーラ、阿久津議員のことは調べた?」
「ここ数日の動向は何とか」
その回答に志麻華は満足そうに頷く。
「十分よ。で、GSSとの接触は?」
「それがなかったの。通信記録と連続認証記録を閲覧する限り――」
「ちょちょちょ!」
サラッと飛び出した発言にイツカが素早く食いつく。
「何よ、殿下?」
「そんなの見られるのか? それとも、政治家のそういう情報って公開されてるものなの?」
自分だけが特別だと思い込んでいたイツカにとって、政治家がそんなことまで情報公開していたのだとすれば、とんだ勘違い野郎である。
「まさかぁ、もちろん犯罪だよ」
いけしゃあしゃあと言い放つ。
「あ、そう……じゃあいいや。続けて」
「うんとね、少なくとも電話やメールでGSSの関係者に連絡はとっていないし、GSS本社はもちろん、どこかで会ったりもしてないよ」
「……だとすると、本多さんの件は本当に自殺未遂か、さもなくばGSS側の暴走ということでしょうか?」
「それもあり得なくはないけど――」
前置きをした上で、志麻華は視線を上げる。
「むしろ、不自然に接触を避けているようにも見えない? 水面下とはいえ、フライトピザとの契約話は進んでいたんだから、何かしらの交渉はしていて然るべきだと思うのよね。フライトピザと直接の交渉をメインにするにしても、関係者として当然ながら阿久津議員の名前は挙がるでしょうし、もし話がこじれたのだとしたら、率先して何かしらのアクションは起こすと思うの」
「なるほど」
響士郎は素直に頷いた。
こと経済面に関しては、志麻華は現場での業務もこなした経験のある人物だ。彼が自分の判断よりも彼女の判断を尊重するのは極めて自然な流れであると言えた。
「では、もしその上でGSSと何かしらの交渉をしていたのだとしたら、それは恐らく――」
「殿下を貶め、本多さんの口を封じようとした件でしょうね」
響士郎の言葉を継ぐように、志麻華が言葉を重ねる。
「見つかるのか? そこまで慎重に隠してるようなものが」
イツカとしては、見つかって欲しいと思いつつも、まるで異世界の出来事でも見ているかのような心境しか抱けない。
「わからないけど、隠れていることはあると私は思う。そして隠れているなら、きっと見つかるハズよ」
志麻華はニヤリと、不敵に笑う。
「妙にやる気だな、お前」
「ちょっと面白そうだからね。ジャーラ、貴方は引き続きGSSと阿久津議員の動きを追って。特に本多さんがここを訪れてから病院に搬送されるまでの数日はできるだけ細かくね」
「あいあい」
「私も会社の方に少しばかり聞き込みしてみるわ。GSSのこと、もう少し何かわかるかもしれないし」
「では私は阿久津議員の経歴などを当たってみますか。一日では少し時間が足りませんから、また二日後ということにしましょう。公務終了後、速やかに集合ということで」
「あの……」
一同のやる気ゲージが伸びきったところで、イツカがおずおずと手を挙げる。
「僕は何をしたら?」
「殿下はいつも通りに仕事をしてください」
「え、それだけ?」
「殿下は公開されています。現在の我々の動きを警戒されれば、向こうがどのような対策を取ってくるかわかりませんからね。警戒を与えないよう、いつも以上にいつも通りの公務を心がけてください」
「あ、うん……」
響士郎の言葉は正しいし、頭では納得もしている。
しかしどこか足手まといと言われているような気がして、イツカは素直に頷くことができなかった。