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神華  作者: 栖坂月
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暴露編 06

 表面上は平和な日々が二日過ぎた。

 本多自殺の報は、ニュースという情報の激流の中では木の葉に等しく、翌朝にはほぼ人々の興味から外れていた。一応個人メディアの幾つかが、翌日の昼に警察から発表された『自殺と他殺の両面で捜査』という内容を取り上げてはいたものの、世間からの関心を集めるには至らなかった。ちなみに本多氏の容態は意識不明の重体、経過を見守りつつ悪化を防ぐという状況が続いている。一命を取り留めたのは幸いだが、本人に話を聞くという選択肢は不可能だ。そういった流れを横目に見つつ、あまり気にして黒幕の注意を引くワケにもいかず、なるべく自然に装った不自然な日々が、陸ナマコの歩みのように過ぎていったのである。

 そして今夜、約束の二日という期限を終えて、ジャーラが情報を持ってくる手筈となっていた。

「あの子が来る前にちょっと聞いておきたいんだけど」

 既にイツカの私室で待機モードになっている三人と一体は、すっかりくつろいでいる。お茶とお菓子も用意済みだ。志麻華は一番近くにあったシオンのお手製クッキーを摘んで口に放り込むと、響士郎に顔を向けた。

「何です?」

「三木原に目星をつけていたのに、ここ一週間のGSSの動向に焦点を絞ったのはどうして? 何か関わっているなら、当人を洗った方が手っ取り早いと思ったんだけど」

「簡単な話ですよ。私も情報収集を始めたと言ったでしょう?」

「あ、ひょっとして」

「三木原議員のことをとりあえず調べてみたんですが、どこにも不審な点は見当たりませんでした。元々政治家というのはある程度世間から注目を浴びる職業です。目立つ動きがあれが何かしら話題になっているでしょうし、だからこそ隠すのも上手いでしょう。それに、この一週間は国会議事堂とホテルを往復する日々が続いています。会食などは行われているようでしたが、政治家が集うような場所は当然ながらセキュリティが固いでしょうし、国会内での動きを探るのは難しいでしょう」

「まぁ、確かに簡単にボロは出さないでしょうね」

「結構、短気そうな人ではあったけどなぁ」

 同じクッキーを摘みつつ、イツカが茶々を入れる。

「あれは多分、殿下を映した映像が自動的に公開されると知らなかったからだと思います。三木原議員は人当たりも良く、ニコやかなイメージで通っていますからね。一般の有権者にとって、あの態度はイメージとかなり食い違っています。音声が拾えていなかったのは、三木原議員にとっては不幸中の幸いだったでしょうね」

「確かに同感ね。私もその映像を見てみたけど、知らなかったのは間違いないと思う。ついでに言うと、別の議員の付き人か何かだと思われたんじゃない?」

「付き人かどうかはわからないけど、皇太子だとは思わなかったみたいだったね」

 志麻華の言い分に当時を思い出し、なるほどとイツカも頷く。

「ですが、現在はそのことを知っているハズです。だからこそ、トラブルに見舞われて恥を晒してもらいたかったのではないでしょうか」

「あー、だから慰問の時あんなことになったのかっ」

「今気付いたの?」

 心底呆れたような志麻華の声に、イツカはちょっと傷付く。

「ともかく、まずはジャーラの報告を待ちましょう。今後のことはそれからでも――」

 ドバンと、派手な音を立ててドアが開かれる。

 まるで蹴り開けられたかのような勢いに一同が振り返ると、そこにはメイド服を赤く染めたジャーラが立っていた。柱に寄りかかり、今にも倒れそうになってる。

「ゴメン……ちょっと、しくじっちゃった……」

 パタリと倒れた。

「ちょ……おい、ジャーラ!」

 イツカが慌てて駆け寄り、その上半身を抱えて助け起こそうとする。

 思ったより重い。そして大きい。

「……殿下」

 苦しそうに呻きながら、ジャーラが目蓋を持ち上げる。

「おい大丈夫かっ。しっかりしろ!」

「そんな顔……しないでくださいよ」

「一体誰に、誰にやられたんだっ?」

「アイツ……突然、裏切って……」

「裏切り?」

「気をつけて、殿下……せめて、これを」

 ポケットから小さな紙片を取り出し、震える右手で持ち上げる。それをイツカが右手で受け取った刹那、ジャーラの手から零れ落ちるように力が抜けていった。

「ジャーラ……ジャーラ!」

 返事はない。イツカは青ざめた顔で、受け取った紙片を開いた。

『うそぷー』

 支えていた左腕を引き抜く。

「ごぶふっ!」

 後頭部を打ち付けたジャーラが、赤いケチャップを撒き散らしながらゴロゴロと転がった。

 大迷惑である。

「ちょっと、いきなり何てことするの、殿下!」

「それはこっちの台詞だよっ!」

「ちょっとしたお茶目でしょ。少し暗くなってジメジメした空気を払ってあげようという私なりの気配りだよ」

「そんな気配りいらんわ!」

「もー、贅沢だなぁ」

 やれやれと溜め息を吐きながら立ち上がるジャーラからは、未だにポタポタと血のような赤い液体が滴っている。

「こんなことで人の部屋を汚すんじゃないよっ」

「こんなことって、酷いなぁ。そもそも情報収集で一々死んでたら身が持たないよ。むしろ小粋なジョークだとすぐにわかってくれないと」

「人が一人死にかけているんだぞ。もしかしたらって思うのが普通だ」

 と、普通の人代表のイツカが力強く主張した。

「でも、他のみんなは騙されてないみたいだけど?」

「え?」

 言われてイツカは振り返る。確かに何となくではあったものの、彼と他の面々達の間には微妙な温度差があるような気がしないでもない。

「響士郎は、すぐにわかったのか?」

「まぁ、怪我人にしては顔色が健康そのものでしたし」

「あ、ひょっとして志麻華は最初から知ってたとか?」

「知らなかったけど、その子のいかにもやりそうなことじゃない」

「シオンはわからなかったよな?」

「すみません。そのケチャップは私が塗りました」

「共犯かよっ!」

 もう誰も信じられなくなりそうなイツカである。この離宮において、一般人の良識を守っていけるのは彼をおいて他にはいない。

「ね、殿下以外はわかってたでしょ?」

「その顔やめろ。ウザいから」

「へへーん、負け惜しみー」

「あーはいはい、わかったからさっさとシャワーを浴びて着替えてこい」

 部屋から追い出し、床の赤い斑点を見て溜め息を吐く。

「響士郎、そこのティッシュ取ってくれるか?」

「はい」

 ベッド脇の小さなテーブルに載っていたティッシュの箱を持ち上げ、テーブルをスライドさせる。

「あら珍しい。殿下にこんなことさせるなんて」

 志麻華が少し驚いたような口調で言い放つ。仕事モードの響士郎であれば、ティッシュを渡すどころか自分の懐から取り出したハンカチで拭き取りにかかるだろう。ちなみに、そんなことを口にする彼女が動く気配は全くない。

「自分の部屋の管理は自分でするというのがここのルールですから。というか、私だけではありませんよ。シオンも動いていません」

「そういえば確かに」

「普通に、掃除は、しますけど、殿下が、部屋に、いらっしゃる時は、手を出さないことに、しています」

「僕から頼んだんだよ」

 床の赤い染みを一つ一つ拭いながら、イツカは律儀に付け加える。

「躾が行き届いているのね」

「犬みたいに言うな。というか、志麻華こそあのじゃじゃ馬を躾ておいてくれよっ」

「無茶言わないで」

「無茶って何だよ。立場的にはアイツが躾をする側だってのはわかるけど、お前の方が素行がいいんだから――」

「いやいや、そういうことじゃなくて」

 志麻華は晴れやかに笑って紅茶を飲みつつ続ける。

「私があの子を更生しようと思ったことがないとでも思っているの?」

 そう言われて、イツカは手を止めるとしばし考える。

 そして程なく答えは出た。

「正直すまんかった」

 素直に謝る殿下は、やはり躾の行き届いた良い子だった。

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