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神華  作者: 栖坂月
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暴露編 05

「じゃあ、聞かせてもらいましょうか」

「ねむぃ……」

 急遽女性陣二人も呼び出し、深夜にもかかわらずイツカの私室に四人が集合する。その途中で気付いたシオンが夜食とお茶を用意してくれることになり、図らずも立派な会合になろうとしていた。

 執務室とは違って、私室に全員分の椅子はない。二つある椅子をイツカと響士郎が使い、ソファには志麻華とジャーラが並んで座ることになる。

「ちょっとジャーラ、寄りかかってこないで」

「寄りかかってないですぅ。ちゃんと真っ直ぐ座ってますぅ」

「目を閉じるなっ。寝るな!」

「だからだいじょ――」

 不自然に止まる。

「起きろ、おっぱい!」

 女性陣は賑やかだ。

「……詳細は後でお伝えしてもいいでしょうし、ジャーラは自室に戻ってもらった方がいいのでは?」

「駄目よ。こんなんでも一応身内なんだから、すべきことはしないと駄目!」

 響士郎の妥協案を即座に却下し、志麻華はジャーラの肩を押し戻す。

「ジャーラ、おにぎり食べないのか?」

「食べる!」

 起きた。とりあえずどんな状況でも食欲は健在のようだ。これでは育つのも無理はない。

「それでは説明を始めますが、これはあくまで私の集めた情報に基づいた推測に過ぎません。そのことをまずはご了承ください」

 完全に仕事モードに戻った響士郎は、丁寧ながらも切れのある口調で一つ一つの言葉を重ねていく。それは静かに、しかし的確に記憶と心に降り積もっていく。

「細かい話はいいわ。疑問に思ったら、その都度聞くし。とりあえず、何が起きているのか、あるいは何が起ころうとしているのか、端的に教えてちょうだい」

「わかりました」

 頷いて、響士郎は一度イツカへと視線を送り、その眼差しに迷いや動揺が見られないことを確認してからソファに座る二人へと戻す。

「何者かが、悪意を持って殿下を陥れようとしているかもしれません」

「悪意……ゴメン、もう少し具体的に」

「先日の慰問の際、道に迷って予定が狂ってしまったのは、何者かの仕業である可能性が出てきた、ということです」

「へぇ」

 志麻華が口の端で少しだけ笑う。興味を引かれたようだ。

 一方のイツカは、既に一度聞いた話であるにもかかわらず、どこか信じられないという顔をしている。

「ひょっとして、この前謝罪に来たっていうナビの人が、その証拠でも持ってきたの?」

「いいえ、残念ながら証拠までは」

「でも、何か気になることがあったのね?」

 響士郎が本多と密談を行ったことを、志麻華は既に知っている。この離宮内で起きたことは、基本的に彼女の管轄内にあるのだ。

「例の慰問は、基本的には成功に終わったのですが、それ以降GSS内部がやたらと騒がしくなったと、本多さんは教えてくれました。一応は自身の所属する会社の内部事情ですから、いささか控えめな口ぶりではありましたが、どうやら慰問の成功が予定外であったようです」

「騒がしいってのは、予想外の良い結果に浮かれている、というものじゃないのよね?」

「違うと、少なくとも本多さんは思ったようです。それが気になって急遽入院した同僚――元々ナビを担当するハズだった方の見舞いに言ってそれとなく聞いてみたそうですが、どうにも不信感を募らせたようでして」

「不信感?」

「とても重い病気には見えなかったそうなんです。緊急手術をしたと聞いていた割には、手術痕も見せてもらえなかったそうで。まぁ、傷口がほとんど残らない施術もありますから、一概にそれだけで怪しいとはなりませんが」

「つまり、病気そのものも嘘だったんじゃないかと?」

「そう感じたそうです」

「もしそれが本当なら、随分と大掛かりな話じゃない?」

「だからこそ、こんな時間にお呼びしたのです」

 もし仮に、ナビの担当者が自身の都合で仮病を使ったとしても、医療機関を騙して入院することなどさすがにできない。逆に言えば、それが可能なレベルの権力や財力が背後にあるということだ。

 少なくとも、GSSという会社ぐるみでなければ難しい注文だろう。

「なるほどね、事情はそれなりに飲み込んだわ。で、彼らは何で慰問が失敗してくれないといけなかったの?」

「それなんですが、ここからは完全な推測になります」

「構わないよ。聞かせて」

 志麻華は前のめりだ。元々この手の話が好きなようである。

「本多さんによれば、最近GSSでは一つの噂が飛び交っているそうです」

「それは?」

「慰問が成功したせいで、大きな仕事が一つ流れた、と」

「妙な噂ね。彼らの仕事は民間会社の警備やセキュリティ管理でしょ。皇太子の護衛の仕事が成功しようと失敗しようと、何も変わりはしないと思うけど。そもそも成功したのに流れるって、さすがに不自然ね」

「ですが、失敗することで大きな仕事が入ってくるのであれば、動機にはなり得ます」

「そうね」

 問題はそれがどんな仕事で、誰の思惑なのかということだ。その部分が不鮮明なままでは、何一つ解決には到らない。GSSが単なる実行犯でしかなければ、その上にいる連中からすれば切り捨てれば済むだけの話である。

 一同が、少しだけ沈黙して考えに耽っていたタイミングを図るように、控えめなノックの音が響く。

「お夜食をお持ちしました」

「あぁ、いいよ。入って」

 この部屋の主でありながら、既に聞いた話が繰り返されるのを聞いているしかなかったイツカが、そう返して素早くドアに近づく。彼の招きによってシオンが部屋に足を踏み入れると、途端に炊けたご飯の甘い香りが広がった。

 握りたてなのだろう。おにぎりからは、まだ湯気が立っている。

「食べていい? ねぇ食べていい?」

「はいはい、一人一つな」

 それぞれの手におにぎりが行き渡り、既に半分頬張っているジャーラを横目に見ながら、話が再開される。

「問題は、誰がこれを仕掛けたのか、という話なのですが――」

 急須から注がれるお茶の音を聞きつつ、響士郎は続ける。

「殿下と私は政治家のどなたかではないかと思っています」

「随分とざっくりした推測ね」

「実のところ、情報収集をし始めたばかりでして」

 響士郎の言葉はいつだって正直だ。

「この話自体も、もう少し確信が得られてからと思っていたのですが、つい数時間前に本多さんが病院に運ばれましたもので。警察の発表はまだ出ていませんが、自殺で落ち着く公算が高いそうです」

「なるほどね。つまりそれを自殺に見せたいと思っている黒幕を急いで特定したいということか」

 相手がこれほど急速に動くとは、さすがに響士郎も思っていなかった。この話が正確に表沙汰になると困る何者かが、確かに存在しているのは明確である。

「幸い、殿下はまだ皇太子になって日も浅く、それ以前の知名度は無に等しいです。特定企業や権力者に狙われる可能性は低いでしょう。もし殿下の存在を好ましく思わない輩がいるとしても、その相手は限られると思います」

「というか、目星はつけているんでしょ?」

 そう言ってニヤリと笑う志麻華に対して、響士郎は頭を振る。

「目星と言えるレベルにはありません。ただ、殿下と直接言葉を交わし、しかもあまり好意的な態度とは言えなかった方が、政治家であったというだけの話です」

 つまるところ、三木原のことである。

「三木原さんねぇ……企業系の会食とかセレモニーとかで何度か顔を合わせたことはあるけど、あまり印象はないかな。政治家にはそんなに興味なかったし。まぁ、外面は良かったと思うよ。特に女性に対してはね」

「ここ数日の動きがわかったりはしませんか?」

「さぁ、私にはわからないね。けど――」

 何故か自慢げに立ち上がり、隣に座るジャーラの頭に手を載せる。

「この子が、調べてくれるわ!」

「え、ジャーラが?」

「失礼ですが、彼女に可能なのですか?」

 男性陣二人の疑問はもっともだ。今のおにぎり片手にニコニコしている彼女が、政治家や企業の情報を集めてこられるようには到底見えない。

「こう見えて、情報収集に関しては極めて優秀よ、この子は」

「まぁ、志麻華がそう言うんなら間違いじゃないんだろうけど」

「にわかには信じ難いですね」

「信じて大丈夫よ。ね、ジャーラ?」

 肩をポンと叩くが、返事はない。

 おにぎりを頬張ったまま眠りこけているその姿は、平和そのものだった。

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