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神華  作者: 栖坂月
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暴露編 04

 静かな日が二日過ぎた。

 与党の政策が資産家優遇に過ぎるのではという話題に端を発し、最近はもっぱら自社党議員の金遣いの荒さで紛糾することの多い賑やかな国会とは対照的に、上川離宮は極めて平穏な静寂に包まれている。

 秋になると北方から渡ってくるモズに似た渡り鳥が、今日も遠くで『ケケケケケ』と甲高く鳴いている。ちなみに鳥と書いたが、厳密に言うと鳥ではない。神華、というより碧玉全体の話だが、在来種の保護が最優先になっており、家畜など一部の例外を除いて他星の生物の入星は厳しく制限されている。もちろん、この神華にはスズメもカラスもいない。それに代わっているのが、羽の生えた爬虫類のような鳥類だ。遠目には鳥と大差はないし、生態もよく似ている。大きな違いがあるとすれば、クチバシがなくて歯があることだろう。

 それはさておき。

 一日の公務に一段落つき、ようやく垢を落としてゆっくり眠ろうかと部屋に戻ったイツカが、さすがにこのまま寝てしまうのは勿体ないと思ってゲームかネットか映画鑑賞か迷っていたところで、ドアがノックされた。

「ん?」

 これは珍しいことだ。情報の漏れが部屋に戻ってからメールで通達されることは何度もあったが、貴重なプライベートタイムを直接阻害するような真似を響士郎は好まない。何日か前にたんぽぽの問題で公務後に訪れたが、あれは極めて例外的なことだ。

「どちらさま?」

「私です。少々よろしいでしょうか?」

 やはり響士郎だ。少しだけプライベートならではの、例えば退屈したジャーラが新作のゲームでも入手してやってきたのかもと思ったが、そうではない。彼は若干ながら仕事寄りに頭を切り替えると、ドアを開けて頼りになる幼馴染みを迎え入れた。

「何かあった?」

 重ねて記すが、これは珍しいことだ。たんぽぽの件のような、つまり自動的に公開されてしまう公務の時間には取り上げることのできなかった問題が持ち上がった可能性があった。そうとわかっているからこそ、イツカの表情も硬い。

「一応、お耳に入れておくべきと思いまして」

 部屋に足を踏み入れる時にも少し思ったことだが、いつも無表情で変化に乏しい響士郎の鉄面皮ではあるものの、その時はいつも以上に硬く見えた。いつもが鉄だとするならチタンくらいだろうか。

 ちなみにチタンは軽くて丈夫だが、特別硬いワケではない。

 要するに、よくわからないけどいつもと違うことはわかる、ということだ。

「とりあえず座ってよ。椅子はそっちの使って。あ、何か飲む?」

「いいえ、結構です」

「というかさぁ、前から思ってたんだけど」

「何でしょう?」

「プライベートな時間なんだから、その丁寧な口調やめないか? 何だかまだ仕事してるみたいな気分になるんだけど」

「……確かに」

「まぁ、もう半ば癖になってるような気もするけど、ちょっと前まではお前が会長で僕が副会長だったんだ。そういう関係だったってこと、たまには思い出せよ」

「そうか。そうだな」

 硬かった表情に僅かな笑みが宿る。狙ったワケではなかったが、幾分話しやすくなったのは確かだ。

 響士郎は椅子を引き寄せ、そこにストンと、いつもに比べて少しだけ埃を立てて座る。昔から素行の良さはイツカなどとは比べ物にならないほど方正だったものの、常に気を張って生きられるほど万能な人間ではない。今の彼が楽にしていることを、イツカは知っていた。

「で、何の話?」

 一方のイツカは低いソファに浅く座り、響士郎へと顔を向ける。

「先日来た、本多さんのことは憶えているだろう?」

「あぁうん、慰問の時にナビしてくれた人だろ?」

 謝罪をするためだけに離宮へ足を運んでくれた、イツカにとっては良い人だ。

「その本多さんが、病院へ搬送された」

「え、何でっ?」

 思わず腰が浮く。

「警察の公式発表はまだ出ていないが、商業メディアは大半が自殺と推測しているようだな」

「そんなバカな!」

 今度こそイツカは立ち上がる。

 先日訪れた本多の態度や雰囲気に、暗さや悲観的な素振りなど微塵も感じられなかった。謝罪する前こそ少し硬い様子だったが、それ以降の彼は清々しいほどに思えたくらいだ。少なくともイツカには、あれが自殺を考えていた人物とは思えない。

「大体、どうして自殺なんかするのさっ」

「まぁ落ち着け」

 今ここで慌てたところで何がどうなるものでもないということはイツカにもわかる。と同時に、彼を慌てさせるためだけに響士郎がこんな話を持ってくるハズもないことを思い出す。

「悪い。続けてくれ」

「いいさ。親しい相手とは言えないが、見知った相手が自殺したなんて聞かされれば、誰でも動揺する」

 特にイツカは、良くも悪くもイイ人だ。こういったことに対する反応も人一倍強い。しかしそれでも、知らずに素通りさせるワケにはいかない。響士郎の目前にいる童顔の男はただの幼馴染みではなく、国のために存在する皇太子なのだから。

「商業メディアでは、慰問の案内に失敗したことへの責任を感じて、というのが大勢だな。警察発表では現場の様子は出ていないけど、大量の薬物を摂取後に首を吊ったとある。アルコールも少々飲んでいたようだね」

「いやでも、ちゃんと謝罪して、僕だってちゃんと許して、気持ち良く帰ってもらったじゃないか!」

「その通りだ」

 表示しているボード上で画面を切り替え、その温度差を改めて確認する。

「殿下とのやり取りを見ていたであろう個人メディアの大半は、商業メディアの報道には懐疑的だな。一部には、表面上は許したけど多額の賠償請求がされたのでは、などという憶測も紛れているが」

「え、賠償請求とかしたの?」

「するワケがない」

「だよねー」

「だが、話していないことは一つある」

 響士郎の表情が僅かに変わったことをイツカは見逃さなかった。そして長い付き合いから、これこそがここを訪れた理由であろうことも察する。

「どういうこと?」

「実は本多さんは、お前の元を離れた直後に俺と面会している。よほど他人には聞かせたくない話だったんだろう。お前はもちろん、案内役のシオンも同席を拒否されたよ」

 そういえばと、イツカは思い出す。

 面会した時、本多はカメラで公開されていることを気にしていた。もしもあの時、公開を止められていたら、別の何かを話そうとしていたのではないだろうか、と。

 確かに本多は謝罪という目的を持ってはいたものの、謝罪以降の彼の話はどこか浮いていて、それが本当に話したいことであったかと問われれば疑問に思える部分もある。しかし当時のイツカは、謝罪というプレッシャーから解放されて気が緩んだ結果だろうと、大して気にも留めていなかった。

「何の話だったんだ?」

 これは別に、イツカの責任ではない。響士郎も本多も、そう口にするだろう。しかしそれでも、彼は身を乗り出し、その責任を負おうとしている。

 イツカは、自分が至らない存在であることを強く自覚しているからだ。

「本多さんは言っていたよ」

 その思いを知っているからこそ、響士郎も遠慮なく告げる。

「誰かが、殿下を困らせようとしているのかもしれないと」

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