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神華  作者: 栖坂月
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初公務編 07

 壇上へと足を進める、緊張している割には妙にニヤついているイツカを眺めながら、三木原は顔に出すことなく舌打ちをする。

『本当に皇太子なのか。正直冗談だと思っていたが』

 小さなボードを表示させて秘匿チャットに素早く書き込む。ローカル回線を使ったチャットで、外部からは遮断されている。万が一にも外に漏れることのない政治家御用達の専用回線だ。もちろん、内部に裏切り者でもいれば話は別だが。

『ミキさん、ホントに例の公示、見てないんですね?』

『正直言って興味はなかったからな』

 三木原は現与党、自由社会党に籍を置く若手政治家だ。三代続く政治家家系の出身で、政治家としてのキャリア自体はまだ短いものの、祖父の地盤を引き継いで地元の評判は上々である。特に甘いマスクの持ち主であることもあって、女性票が固い。メディアへの露出も多く、堅実かつ目立つ政治家として将来を有望視されている。そういった彼のポテンシャルにあやかろうと、彼に近づく政治家は少なくなく、現在は若手のリーダー格に納まっている。世代が交代すれば間違いなく次の中心的な政治家になるだろうと、彼自身ですら思っている。

 そんな、過去から未来にかけて隙なく自らの道を歩いている三木原から見れば、イツカの存在などポッと出のアイドル以下の存在でしかない。

 ふとボードから正面に視線を移せば、件の皇太子が口を開くところだった。

 人前に出ることにはあまり慣れていないのか、それとも政治の中枢に居ることで単純に上がっているのか、たどたどしい口ぶりの挨拶だ。その様子を見るだけで公示のレベルも知れると、三木原は鼻で笑った。

『まぁ、ミキさんのエリート主義とじゃ、今の皇室は反りが合わないわな』

 治めるべき者が効率良く治めることが国家のため、それが三木原の基本姿勢だ。

『一般人に政治の一端を担わせるとか、理想論の権化だね。虫唾が走る』

『その割には、愛想良く握手してたみたいだけど?』

『仕方あるまい。表立って喧嘩腰というのも利口なやり方ではないからな。あんな皇室でも少なからずファンはいるし、仲良くしておけば利用価値もあるだろう』

 素早く自らの考えを打ち込んでから、ふと三木原は違和感に気付く。

『オカさん、ひょっとして近くで見ていたのか?』

『いや、ネットで結構話題になってるよ。新皇太子と若手政治家の強力タッグ結成か、とかね』

 一瞬偶然居合わせた東西の顔が思い浮かんだものの、すぐに頭の中で打ち消す。アレは十数分前の出来事だ。記事として上がるには早すぎる。それに気になって検索してみると、握手しているスチルが膨大に転がっていた。そのアングルは東西も写り込んでおり、少なくとも彼が写したものではない。というより、それは明らかに天井から撮影されており、誰かが写したものとしてはそもそも不自然だ。

『何でこんなスチルが出回っている?』

 最も多く出回っている一枚を添付して、三木原は聞いた。

『あぁ、それは皇太子のせいですよ』

 逸早く答えたのは、阿久津という新人だった。三木原も政治家としては異例と言えるほど若い方だが、阿久津は最年少の二十五歳である。若手グループ内でも年上を相手にすることの圧倒的に多い三木原が接する相手としては珍しく年下だ。

 それ故に、弟分として重宝している。

『どういうことだ?』

『例の公示で、皇太子が自分の公務の全てを公開するって言いましてね。彼の映っている映像は、ほぼ修正なく一般に流されるんですよ』

『何と愚かな。機密もクソもないじゃないか』

『一般人にとっては珍しい映像なんでしょうね。この手の公開系動画の中ではダントツで視聴数が多いんですよ。正直我々としては、あまり積極的に近づきたくはない相手ですね』

『知ってたら近づかなかったな、間違いなく』

 三木原の盛大な溜め息に気付き、隣に座る中堅議員が不思議そうな視線を寄越す。

『アクは動画は見たか?』

『握手の瞬間なら少しだけ』

『声は拾っていたか?』

『いいえ、映像だけですね。ロビーにある広角監視カメラの映像だと思うんですが、天井に設置されていますからね。マイクが付いていたとしても雑踏の声に紛れて聞こえないでしょう』

『そうか』

 三木原は少しだけ安堵する。

 頭からの経緯を見ていたら手の平を返したように見えるだけに、彼を蹴落としたいと考えている連中にとっては良い素材になっていたかもしれない。しかし声が拾えないというのなら、どうにか言い分は立てられる。

 彼は一応、現状においてネット上に転がっている記事の幾つかに目を通し、自分と皇太子が不仲であることを示唆しているかどうかを確かめた。しかしそのどれもが握手にばかり注目していて、それ以前のやり取りには全く目が行っていない。

 民衆とは、やはり盲目だと三木原はほくそ笑む。

 ごんっ!

 急に響いた派手な音に気付いてボードを端に寄せると、大きく頭を下げたイツカがデスクに激突していた。ちなみにチャットの続くボードでは、突然の古典ギャグに壮大な草が生えていた。

 しかし三木原は笑わない。

 何が面白いのかすら理解できなかった。

 失敗とは彼にとって、嫌悪の対象でしかないのだ。

『あの皇太子、なかなかやってくれますね。向こうでも一発かましたらしいですし』

『向こう?』

 阿久津との個人チャットに切り替えて、短く質問を飛ばす。

『野党の控え室でも壇上へ上る途中でこけて顔面強打したらしいですよ。浮かれすぎなのか、元々ドジなのか知りませんけど』

『個人的には何が面白いのかわからんが、とりあえずウチのお歴々には大ウケのようだな』

『そうですね。でももったいない』

『何がだ?』

『ここも野党の控え室も、連続認証から外れる仕様じゃないですか』

 つまり、その盛大なコケっぷりが全国に晒されることはない。

『なるほど。だとすると支持率アップを狙ったあざとい戦術ではなさそうだな。ただのドジか』

『ですね』

 ちなみにイツカは後でその事実を知って大喜びである。

『そういえば、もう一人公表された皇族は音差家のご令嬢だったか』

『あ、そっちは知ってるんですね?』

『一応、社会情勢の一環としては知っているさ』

『ちなみに面識があったり?』

『何度か顔を合わせたことがある程度だけどな。なかなか聡明な方だった。あっちが皇太子なら、もう少し仲良くやれそうなんだがな』

 しばし返信が止まる。

 何気ない言葉だったが、三木原としては紛れもなく真意だ。少なくとも現在、痛む頭を押さえながらヘラヘラ笑っている壇上の男と仲良くやれるかと問われたら、思わず眉をひそめてしまう自身が彼にはあった。彼は何より、他人に足を引っ張られるのが嫌いなのだ。

『その話、自分が預かってもいいですか?』

『何か、あのヘラヘラ笑っている凡人を引き摺り下ろす算段でもあるのか?』

『まだわかりませんが、今日の定例会議で議題にしてみようかと』

『そうか。今日は例の日だったか』

『はい、いつものようにお願いします』

『なら頼もうかな。さすがに握手した手前、私が敵対するワケにもいくまい』

『まぁ、あまり期待しないでお待ちください。詳細はまた後日』

『楽しみにしている』

 退室を確認して、三木原は短く溜め息を吐いた。

 阿久津は有能かつ貪欲な男だ。自分の利に適うと思えば悪事にも加担するし、そうでなければ善行であっても無視をする。決して誉められた人格者ではないが、だからこそ政治家としては優秀であると三木原には思えたし、扱いやすい相手でもあった。そしてもちろん、向こうも三木原の立場や地位を利用としていることも知っている。

 その阿久津が何一つ算段を抱えずにこんな提案をしてくるとは思えない。何か興味深い発想をしたか、あるいは既に用意している何かがあるのか、いずれにしても仕掛ける明確な意思が存在するのは間違いない。

「さて、どうなることやら」

 相変わらずペコペコと頭を下げながら、妙に盛り上がるご老体連中に見送られて壇上を去る凡人を眺める三木原の口元は、自然と歪に吊り上っていた。

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