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神華  作者: 栖坂月
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初公務編 05

 傾けたジョウロから雨が降る。

 陽光を浴びてきらめく雫が鮮やかな緑色の葉で跳ねて、茶色い地面へと吸い込まれていった。淡い桃色や薄い青、秋の花々はどこか儚げな印象がある。

「ヒマだねぇ」

 呟いてから、大きな欠伸を一つ。

 花の前に立つメイド姿のジャーラは、儚げとは縁遠いボケた顔をしている。

「そうですねぇ」

 その声に応じるたんぽぽは、手にした小さなスコップで花壇の端を掘り返しては元に戻すという作業を延々と繰り返していた。力加減をちゃんと憶えるまでは迂闊に植物には触れないようにと、シオンから釘を刺されているからだ。

「たんぽぽちゃんは一応仕事中でしょ?」

「仕事、なんですかね、これは?」

 言いながらほじくり返す。

「シオンさんに言われてやってるんでしょ、それ」

「まぁ、そうなんですけど」

 少々不満顔で頷きながら土を戻す。ペンペンとスコップの裏面で叩いて均してから、また掘り始めた。

 知らない人間が見たら、精神を病んでいる可哀想な娘なのかな、などと思われかねない状況である。

「本来ならそろそろ殿下にお茶でも差し入れる頃なんですが、出かけてますんで。まぁ、出かけてなくても私が持っていくかどうかはわかりませんけど」

 例の皇太子ミサイル事件以降、気絶していた時は献身的に看病していたたんぽぽだったが、シオンから接触禁止令が発動されてからは、土を掘り返したり荷物を運んだりゴミを片付けたりといった仕事ばかりで、自分が皇太子の役に立っているという自覚が持てずにいた。

 まぁ、着いて早々にミサイルをかまして返品されなかっただけマシという意見もあるにはある。

「そう言うジャーラさんは、志麻華様とご一緒に仕事なのでは?」

「午前中は役場に一緒に行ってたけど、単に同行しただけなんだよね。口開くなって言われてたから、出されたお菓子も食べられなかったしー」

 ちなみにそのお菓子はこっそり持ち帰ってさっき食べた。

 美味しかったのでもう一つ貰ってくれば良かったと後悔したところである。

「今は仕事じゃないんですか?」

「何か細かい数値調整するんだって。気が散るから散水でもしてろって言われた」

 一緒にいるだけで気が散るメイドというのは、メイドとしてどうなのだろうか。

「気が散る時には水を撒くと散らなくなるのですか?」

 こう見えてたんぽぽは一昨日生まれたばかりである。基本的な知識は有しているし、ネットワークを介して知識共有をしているが、固体経験を優先する成長型のノヴァータである彼女は、純真無垢な幼女みたいなものだ。

「え、そうなのかな。てっきり邪魔だから追い出されたのだとばっかり思ってたけど、水遣りにそんな副作用があるのかな。後でシマちゃんに聞いて確かめないと」

 ジャーラは幼女ではない。ただのおバカさんである。

「大体シマちゃんはさ、何でもかんでもダメダメ言い過ぎなんだよ。しかもちゃんと理由を教えてくれないしさ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ、聞いてよ。シマちゃんたら酷いんだよ。殿下の側にいる時は黙っていろって言うの」

「何でですかね?」

 言わずもがなという気もするが、たんぽぽにはまだわからないらしい。

「聞いてみたんだよ、何でって。そしたら黙っていれば見栄えがいいからって言うのよ。何だそっかーと思ってたんだけどさ、ちょっと気になったからシオンにも同じように聞いたみたんよ。そしたら発言がバカっぽくて皇室のイメージが下がることを気にしている、みたいな理由だったらしくてさ」

「はぁ、なるほど」

 言葉の嵐に翻弄されて頷くのがやっとというたんぽぽの様子など意に介することなく、ジャーラは更に続ける。

「まぁね、確かに私がシマちゃんみたいに難しいことを話せるワケじゃないってことは自分でもわかってるよ。でもさ、騙すような言い方しなくたっていいじゃない。なので今度からは、遠慮なく口を開くことにするからっ」

「は、はぁ」

「そう決意した矢先に出かけてていないって何なのっ?」

「いや、そう言われましても。えっと確か、国会議事堂へ行ってると聞きましたけど」

「そんなところへ何しにいったの? 選挙でもするの?」

 ジャーラは幼女ではない。頭の中身が少々足りないだけである。

「何でしょうか。私にもよくわかりません。ただ、本来は護衛役も兼ねている私が留守番というのは、少し淋しいです」

 掘り返す手が、ピタリと止まる。

「ふーん、たんぽぽって強いんだ?」

「強いというより頑丈でしょうか。それに、シオンさん達と違って私は瞬発力もありますし。人間と行動を共にするには都合が良いように作られているんです」

「へぇ、そうなんだ。確かに言われてみると、シオンの動きってどことなくゆっくりっていうか、ゆったりした感じあるよね。遅いっていうよりは優雅って感じだけど」

「シオンさんは二十年以上前のモデルですからね。モーター駆動の部分がほとんどだと思います。私は最新モデルで、しかも筋繊維をフル活用した実験機らしいです」

「つまり、モーターじゃなくて筋肉で動いてるんだ、たんぽぽは」

「そうです」

 人工筋肉の技術そのものはかなり以前から存在していたし、再生医療の分野では王道の一つですらある。しかしそれらは有機物によって構成された既存の筋肉を復元したものであり、一から作られた新しい筋肉ではなかった。たんぽぽに使われている人工筋肉の原料は金属と合成樹脂であり、有機的な無機物である。

 筋肉と同様の反応を見せるこの物質を用いることにより、ノヴァータ特有の違和感を緩和しようというのが基本的なコンセプトだった。

「そういえば、たんぽぽって話し方が随分流暢だよね?」

「声帯にも筋肉を使っているせいもありますが、流暢なのは単純にソフトの発達のせいかと」

「あ、そうなの?」

「シオンさんと私は、基本コンセプトの段階からかなり違う機体です。ですが、そのスペック自体に大きな違いはありません。総重量が少し軽くて、耐久限界の数値が少し高いくらいでしょうか。普段の生活に差が出るようなことはありません」

「でも、二人の動きって結構違うよね? どっちがどうって言われると難しいけど」

「それは間違いなく私の動きが筋繊維であるためですね。瞬発力が高いので人間に近い動きができるというのが最も大きな特徴なので。ただ――」

 言葉を止めて、たんぽぽは表情を渋らせる。その変化一つを見ても、ノヴァータらしい不自然さは微塵もない。実は人間がノヴァータを名乗ってますと言われても、つい流してしまいそうになるレベルだ。

「モーターと違って制御が難しいんですよ。シミュレーションでは上手くいっていても、突発的なことに対処しようとすると、どうしてもオーバーパワーになってしまって」

「ドジっ娘可愛いじゃん」

「そういう問題じゃないです!」

 さすがに足を踏み外しただけでミサイルをかましたり、不意に呼ばれて振り返っただけでお茶をぶちまけていたのでは、花壇の端を掘ることになっても仕方ない。

 肩をポンと叩き、ジャーラは妙に真剣な眼差しをたんぽぽへと向ける。

「たんぽぽ、一ついい言葉を教えてあげるよ」

「何ですか?」

「無理なものは無理」

「希望を奪わないでください!」

 上川離宮に、絶叫が一つ木霊した。

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