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神華  作者: 栖坂月
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初公務編 03

「やぁやぁこれは皇太子殿下、ご機嫌うるわしゅう。私は角田かくた栄一えいいちと申します。以後お見知りおきを」

 応接室に入るなり文字通り気味が悪いほどの笑顔に出迎えられたイツカは、やけにゴツゴツとした大きな手で強引に握手を求められ、応じるべきかと悩むヒマもなく右手を握られた。

「はぁ、どうも……」

 勢いに押され、生返事をするのが精一杯だ。

 この角田という男は政治家である。それも、政治に疎いイツカでも名前と顔を知っているような政治家だ。大物、という表現が適切であるのかどうかは微妙だが、それなりに名の知られた政治家ではある。

「加冠の儀での晴れ姿、期待してますぞ」

 何がおかしいのか、がははははと壁や天井を振るわせるほどの大声で笑ってから、用意されたソファへと足を向ける。離れている上にやたら大きな目とカレーを皿ごと食べてしまいそうな大きな口から、ガマガエルを連想させることから『ガマチン』という愛称で知られている。有能というよりは目立つ政治家だ。

 ちなみにではあるが、この神華、というより碧玉に蛙という名前の生物は存在しない。その代わり、カエルモドキという似たような姿の両生類が生息しており、それが一般的にカエルと呼ばれている。

「とりあえず、お座りください」

「こりゃどーもどーも」

 イツカの勧めに従い、ガマチンはソファに沈む。縦よりも横に広い身体は見るからに重そうだ。座るとますますカエルっぽいと、イツカは素直に思った。

「それで、今日はどのようなご用向きですか?」

 不慣れな言葉を使いつつ、それでもなるべく平静を装ってイツカは、ある意味最初の客人と対峙する。昨日のアレは客という感じではなかったし、出迎えた以降は気絶してしまって夕食を一緒に食べただけだった。お世辞にも持て成したと言い張れる状況ではないだろう。

「まぁまぁ、そう硬くなりなさんな。何もかもが初めてのご経験で、さぞかしお疲れなのでは?」

「えーと、やっぱり疲れているように見えますか?」

「うーむ……疲れているというよりはやつれているように見えますかな。しっかり食べた方が良いですぞ」

「ははは……心がけます」

 見た目とは裏腹に話しやすい相手だったこともあり、イツカは内心安堵する。笑顔は少しばかり気持ち悪かったが。

「私なんぞ、いくら忙しくても一向に痩せませんからな。いやもちろん、食べすぎなのがそもそも悪いんですが」

 自慢なのか自虐なのかわからないことを言って一人でがはははと笑う。一体何のために彼との面会を望んでいるのかわからなかったこともあり、心のどこかで警戒して身構えていたイツカだったが、それらしい含みを感じない話題に首を傾げつつ、とりあえず相手に合わせることにした。

 さすがに昨日のような醜態を今日も晒すワケにはいかないのだ。

 何しろ今日からは、彼の全てが公開されているのだから。


 午前九時、まだ来客のない上川離宮は精佳の間に、いつもの四人が集まっている。

「殿下、お腹の具合はいかがですか?」

「お陰さまでもう痛くはないよ」

「そうですか。それは何よりです。今日からは昨日までと違ってスケジュールに追われることになります。不調を抱えたままではこなしきれないでしょうから」

「昨日も十分ハードだったけど」

 HPが半分は持っていかれた印象である。

「忙しさでは比になりません。本日は来客だけで10件、その合間を縫って書類を片付けていただきます」

「10件? え、僕に会いに来るの?」

 見ず知らずの相手の訪問など、キャッチセールスや迷惑メールすらスルーしてきた一般人のイツカにとっては、あり得ない出来事に分類される。

「左様です。国会議員や関係する部署の役人などが主ですから、民間人の来客という印象はありませんが」

「そんな人が、何しに来るの?」

 つい先日まで一介の高校生でしかなかった彼にとっては、実に素朴かつ当然の疑問である。

「挨拶に決まってるでしょ」

 至極当然とばかりに、志麻華が返す。

「政治家が僕に挨拶なんてしに来てどうするのさ?」

「引越しをしたら周囲に挨拶は基本でしょ。殿下は政治の世界に近い存在なんだから、そりゃ挨拶しに来ても不思議じゃないでしょうに。まぁ、引っ越してきたのはこっちなんだから、礼儀としてはこちらから出向くべきなのかもしれないから、あっちからワザワザ出向くのは少し珍しいかもね」

「そうなの?」

 志麻華から響士郎へと視線を動かすと、小さな頷きが返ってくる。

「新しい皇太子に挨拶を求めてくる政治家自体は珍しくありませんが、いの一番に予約を取り付けて面会を申し込む政治家というのは少し珍しいのかもしれませんね。殿下が国会へ出向く機会がキチンと設けられていますし、そこで挨拶をするのが通例ですから」

「しかもその政治家ってガマチンでしょ? 何か裏があるんじゃないの?」

「どうでしょうか。今のところはまだ何とも言えませんね」

 志麻華と響士郎の表情はいささか懐疑的だ。

「そういえば、例の全公開の話ってどうなってるの?」

「既に今朝から公開されています。現在えーと……二十万人程度が視聴されていますね」

 朝から暇な神華国民である。

「ちょっと、そういうことはもっと早く言ってよ。ガマ――角田議員のこと疑ってのがもろバレじゃない!」

「この申請が異例なのは事実ですから当然のことなのでは? そもそも綺麗なところを切り取って貼り合わせたような映像など求められてはいないでしょう。殿下も、見られていることを意識することは構いませんが、不自然に隠そうとはなさらぬように」

「えー」

 不満顔もしっかり晒されている。

「ちなみにですが、面会相手にも公開の件は了承を得ています。当初、公開によって面会件数が落ちると踏んでいたのですが、キャンセルはあまりありませんでしたね。もしかすると、公開されるからこそ面会を求めている方もいるのかもしれません」

「え、どういうこと?」

 キョトンとするイツカに、志麻華は腰に手を当てて嘆息する。

「そのくらいはわかりなさいよ。つまりパフォーマンスってこと」

「パフォーマンス? 僕と会うことが?」

 ひょっとして来客から馬鹿にされるのではと不安になるイツカ。

「特に昨今の商業メディアは政治的な話を嫌うからね。政治家の露出を好まないメディアも多いのよ。触れないし映さない。でも主張したい人達にとってはそれじゃ困るでしょ。個人での発信なら制限は緩いけど、見てくれる人の数に限りがあるしさ。そこで殿下よ」

「あ、つまり僕と一緒にいる時にそういう主張をして公開される映像でアピールってこと?」

「まぁね。それがプラスに働くかどうかは別にして、露出しないよりはマシって考えも、それはそれで事実だから」

「な、なるほど」

 ようやく納得できたイツカが、そんな発想もあるのかと感心したように頷く。

「とはいえ、あまり疑ってかかるのも良くはありませんよ。相手がどんな人物であれ、どのような思想を持っているのであれ、神華国民であるという事実に変わりはありません。殿下は皇太子としてお客様を迎えてくださいませ」

「まぁ、とりあえず相手のペースに流されないことね」

「うん、わかったよ」

 二人に頷き、イツカは気持ちを引き締めるのだった。


「そこに川が流れていましてな。これがまた綺麗なんですわ」

「はぁ……」

 そして大方の予想通り、イツカはガマチンのペースに流されていた。とはいえ、その大きな口から紡ぎ出される言葉の大半は生まれ故郷の自慢話と大学に進学した息子の話ばかりで、政治的な話など何一つないようにイツカには思える。もう二十分ほど生返事を繰り返しているだけだ。

「おっと、もうこんな時間ですか。殿下もお忙しいでしょうし、私はそろそろお暇させていただきますわ」

「そ、そうですか」

 シオンが淹れてくれたお茶に手をつけることなく一方的に好き勝手な話題でしゃべりまくったガマチンは、少なくともイツカに対して政治的な意図など微塵も見せることなく、そそくさと立ち上がる。

「あ、そうそう」

 その一瞬、イツカへと向けられた大きな目が、良く研いだ包丁のようにギラついて見えた。

「は、はい」

「殿下は今、何か食べたいものがありますか?」

「食べたい、もの?」

 質問の意図するところがわからなくて小首を傾げるが、彼には聞いた以上の何かを察する能力などない。仕方なく自らの限界を感じて一つ小さな溜め息を漏らすと、一方的に繰り出された話を思い出しながら言葉を選ぶ。

「そうですねぇ、黄色いずんだ餅でしたっけ、ちょっと美味しそうだなって思いました。機会があれば食べてみたいですね」

「そうですかそうですか」

 満足そうに笑って、ガマチンはがはははと笑う。

「殿下、私は貴方を応援しとりますぞ。頑張ってください」

「あ、はい、どうも」

 豪快な笑い声と奇妙な印象を残して、ガマチンは意気揚々と去るのだった。

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