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神華  作者: 栖坂月
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初公務編 01

「やっちまった……」

 執務室の机に突っ伏して、イツカは無気力に満ちていた。

 神華の人口は約二億、本日の話題は朝から新しい皇太子殿下で持ち切りなので、彼の公示を知らない国民はそう多くないだろう。少なく見積もっても一億人以上が彼の公示を聞いて、その内容に驚いたことになる。

 公務は全て公開する、彼はそう言った。

 実際の意図としては『公開できるところは公開する』というものだった。しかし、今更一億人に届いた言葉を訂正して回ることもできない。そもそも、そんなことが本当にできるのかという懐疑的な見方が既にワイドショーなどで取り上げられている現状で、実は無理なんですゴメンナサイなどと発表しようものなら、大胆な公示に盛り上がった民衆は大いにガッカリすることになるだろう。

 スタートダッシュに失敗どころか、逆走に気付かないまま一周したくらいの大チョンボである。

「あぁもう、うっとうしい!」

 朝一番に習慣で集まった執務室でいきなりコレだったこともあり、とりあえず志麻華が切れた。

「今日からは正式な皇太子なんだから、もっとシャンとしなさい!」

「そうは言われてもさぁ、全国に向けてあんな恥を晒して、きっと笑われてるよ。歴代でも情けない皇太子第一位だよ……」

「そんなことないって」

「あるよー。公務を全部公開なんてできないに決まってるじゃないか。何バカなこと言ってんだって思われて終わりだよー」

 凹みモード全開である。うざいことこの上ない。

「そのことなのですが」

 うざさを意に介することなく、いつも通りの涼しい表情で響士郎が話に割って入る。

「技術的には可能です」

「マジでっ?」

 イツカ的にはむしろ無理だと言って欲しかった。

「完全に、というワケにはまいりませんが、連続認証が機能している状態でなら個人を含む周辺の様子を録画し、それを公開することは可能です。もちろん、機密保持などの問題もありますので、ある程度の補正や修正が必要になりますから、リアルタイムにというのは難しいですが、せいぜいモザイク処理や自主規制音を重ねるだけですから、自動補正のデータが整えば数分のラグでの公開も可能です」

「そ、そう……」

 これで執務室でいかがわしい行為に及んでも安心だねとか言われても、彼的には余計なお世話である。

「でででもさ、僕一人のためにワザワザそんなことしてもらうなんてことは悪いんじゃないかな。皇太子一人の言葉一つでそんなことしたら、えっと……そう、出費とか嵩むじゃないか。今後はお手元金も公開になるし、税金なんだからもっと有意義に使うべきなんじゃないかなぁ、うん」

 凡人イツカ、流れに逆らう。

「ご心配には及びません。昨晩関係機関に連絡してみましたところ、特別措置ながら快く承諾していただけました。そもそも、この連続認証による追跡録画機能は特別なものではありませんよ。一応は、既存の技術です。一般的には使用されておりませんが、それほどコストのかかるものではありません」

 現状この技術によって映像が保存されているのは、犯罪者や容疑者の監視用としてなのだが、もちろんその事実を口に出すほど響士郎はうっかりさんではない。

「えーと、それじゃあ……」

「もう諦めなさい。あれだけハッキリ言っちゃった以上、もう取り消せないでしょう」

「あー、はい」

 凡人イツカ、やっぱり流される。

「でもなー、あんなんじゃ笑われただろうなー。あー、もう一回やりたい!」

 机の上でゴロゴロするイツカを見て、三人は同時に溜め息を吐いてから顔を見合わせる。その顔に浮かぶのは呆れではなく、転がる小動物でも眺めているような、どこか微笑ましいものだ。

「お言葉ですが、殿下」

「なに?」

 鼻水が垂れている。

「正直に申し上げて、あの公示は期待以上の出来だったと思います」

「暗記してた原稿も忘れちゃうし、何しゃべったのか憶えていないし、最後にあんなポカやらかすし、何がどう期待以上だったんだよっ」

「……仕方ありませんね。やはり国皇の映像を見てもらいましょうか」

「国皇のって、見ない方がいいって言ってなかったか?」

「言いましたよ。ですが、今の殿下になら見ていただくべきかと」

「どういう意味だ?」

「まぁまぁ殿下、見ればわかるって」

「そうね。このままってのはうっとうしいし」

 口ぶりからしてジャーラも志麻華も見たことがあるようだ。とはいえ、二十五年前に公開された映像である。古いものではあるが探せば誰にでも見られるものだ。何も不思議な話ではない。

「まぁ、見るくらいいいけどさ」

 今更自身の情けなさを再認識させられたところで大した痛手にはならない、そう判断してイツカは小さく頷いた。

「では、デスクのモニターに送りますね」

 響士郎が自らのボードを表示して何やら操作をすると、程なくイツカの正面にある大型ホログラフモニターに映像が表示される。志麻華とジャーラの二人も、妙に楽しそうな表情で机を回り込むと、イツカの横に陣取ってモニターに視線を向けた。そんな二人の様子に少しばかりの違和感を覚えながら、彼も仕方なしに映像へと目を向ける。

 以下、ダイジェストでお届けします。

「えーと、ぶっちゃけ皇太子やめたいです」

「毎日昼寝することを誓います!」

「あ、ねぇねぇ今のダジャレ受けた?」

 概ねこんな感じである。

「ねぇ何コレ、何なのコレ?」

 イツカは激しく混乱している。

「驚かれるのも無理はありません。先代――現国皇陛下の初回公示における支持率は歴代最低の22パーセント、一部の大受けした国民以外からは大ブーイングの嵐でした」

「22パーセント?」

「ちなみに殿下の数字も既に出ていますよ。昨日の公示に対する国民の支持率は58パーセントです。歴代の中でも良い方ですね」

「そ、そーなんだ」

「まぁ、大半は大胆な公約に釣られたんでしょうけどね。それが守られなければ急落するのは間違いないでしょ」

 志麻華の言い分に、響士郎は頷く。

「その通りです。殿下は確かに、意図した以上のことまで約束してしまいました。ですが、基本的な方向性がブレたワケではないのでしょう?」

「まぁ、それはそうだけどさ」

 全部の公開なんて無理だろうという、現実的な判断があったことは事実である。

「ならば、この数字を無闇に裏切る必要はありますまい。殿下の仕事、存分に見てもらえばよろしいことかと」

「うーん……」

 彼の中にはもちろん不安がある。自分という存在を素直に見てもらっても、出てくる評価は凡人以外の何ものでもないだろう。それが露呈した後に、皇太子としての、あるいは国皇としての評価が得られるだろうかという不安だ。

 そして、その不安が迷いを生んでいる。

「大丈夫だってば、殿下ならきっと面白い皇太子になれるって」

「いや、別に面白くなりたくはないんだけど」

 ジャーラの慰めに苦笑が漏れる。

「駄目なら、またその時に考えればいいことでしょ」

「そう、なのかな」

 そんな簡単な話であるようには、今のイツカには思えない。だが、志麻華の眼差しに迷いは見られなかった。

「殿下、以前にもお話しましたが、殿下はどう転んでも殿下なのです。そして、転んだらまた立ち上がればよいのですよ。ちなみにですが、現国皇の平均支持率は歴代の国王の中でもトップクラスになります。初期の低迷がなければ歴代最高を更新しただろうとも言われているのです」

「へぇ、そうなんだ」

 誕生日の国皇しかまともに憶えていないイツカにとっては、むしろ映像の中の国皇の方がイメージには近い。もちろん皇太子というイメージには程遠いが。

「そもそも、今日から本当の意味での皇太子として一歩を踏み出すのです。しばらくは忙しくて、昨日の失敗など思い出す余裕もないと思います」

「え、マジで?」

「当然です。既に来客の予約は一ヵ月後まで空きがありません」

「なな、何の用で来るの?」

「色々ですが、大半は顔見せといったところでしょうか。とりあえず今日の午後、最初のお客様がいらっしゃいます」

「え、誰?」

「殿下も知っている、あの方ですよ」

 珍しく嬉しそうに、響士郎は微笑んだ。

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