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神華  作者: 栖坂月
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学生編 02

 社会科教室が剣道部の展示に使用されているということは、副会長も把握していた。呼びに来た同級生も剣道部の所属だったから、剣道部の展示に何かしらの問題やクレームが入ったのだろうという予想をしながら階段を上った彼だったが、件の教室がある三階へと到達した瞬間、果てが見えないレベルの長蛇の列に出迎えられた。

 その行列が突き当たりにある調理実習室に繋がっており、その一つ手前にある社会化教室の入り口を塞いでいるのを見て、彼はその時点で何となく察した。

 それは客とのトラブルではなく、生徒同士のいざこざだった。

「で、副会長はどっちの味方なワケ?」

 そんなこんなで、副会長は敵意をぶつけ合う二人の狭間に居た。

「いや、そう極端な話にしなくても」

 板についた困り笑顔を浮かべつつ、彼は内心で溜め息を吐いた。見回りに出て三十分も経たない内にこの有様だ。犬も歩けば何とやらなんて諺もあるが、彼が歩くとトラブルが湧いてくるとは小憎たらしい後輩の弁である。

「そうだぜ。こっちが一方的に悪いみたいに言わないでくれよ」

 口をへの字に曲げた男子生徒が不満げに抗議の声を上げる。彼なりに自分達に非があること自体は認めているような口ぶりだ。副会長はその態度に少しだけ希望を見出すと、二人の様子を窺いつつ口を開いた。

「まぁ、とりあえずの事情はわかったよ」

 いきり立って互いの主張を並べあう二人の部長を、廊下の喧騒と隔絶された社会科教室に引き入れて事情を窺った副会長は、まずは意識的に落ち着いてそう切り出した。

 トラブルというのは大抵、冷静さを欠いている時に起こりやすく広がりやすい。特に問題なのは、その慌てた感情が周囲にも伝播しやすいということだ。まずは冷静であること、彼は自分にそう言い聞かせながら二人を見据えた。

「じゃあ状況をまとめてみようか。まずは家庭科部」

「ウチに落ち度なんてないけど?」

 口を尖らせたポニーテールの女生徒の鼻息はまだ荒い。

「まぁまぁ、家庭科部は突き当たりにある調理実習室で焼きたてパンを売っている。朝から人気に火が点いてお客さんの入りは上々。だけど人が殺到しすぎて長蛇の列ができている」

「これでも最小限の交代で回してるの」

「別に責めてないよ。凄い人気だよね。三階に来た時にビックリしたよ。あんまり行列が長かったからさ」

 疲れの見える家庭科部部長の顔に少しだけ笑みが戻る。この様子では一度も休憩していないのだろうと副会長は判断した。トラブルになって喧嘩腰になったのも、疲労が根底にあるからだ。

「これだけ長い行列になるとどっちに流しても他の教室の入り口を塞いじゃうからね。難しい問題だよ。しかも調理実習室は突き当たりにあるから、選択肢は二つしかない」

「朝の段階では階段に列を作ってもらってたんだけどね」

 小さな溜め息を吐きながら、家庭科部部長は呟くように漏らす。

 調理実習室は様々な機材が必要なこともあって、学内の施設としては特殊な部類に入る。そのために突き当たりという環境にあるだけでなく周囲から独立しているように見える。なので、ほとんどの教室からはそれなりに距離があった。実習室を出たらすぐ左手には階段がある。多少の行列なら捌ける算段だった。

 だが、長蛇の列が作られることになると話は変わってくる。さすがに階段を完全に塞ぐワケにもいかず、階段と三階廊下との行き来の邪魔にならないようにと、必然的に廊下の反対側へと行列は移動することになったのだ。

「でも行列が長くなって事情が変わった。だから、こうなってるワケだ」

 教室のドアから僅かに見える行列は、未だに衰える気配がない。

「で問題なのは、この社会科教室が剣道部の展示に使われているってことだね」

 階段の反対側は、基本的に窓となっている。行列が並ぶことに何一つ問題はない。ただ、外れにある調理実習室の構造上、一つだけ教室が並んでいた。それが社会科教室である。

「ウチとしては、さすがに入り口塞がれるのはマズいんだよ。誰も入れねぇじゃん」

「というか、私達の行列がなくても人なんて来てないじゃない」

「そんなことねぇよ。午前中は何人が来たよっ」

「あれは友達呼んだだけじゃない」

「うぐっ、でも客は客だ」

 剣道部部長の旗色は悪い。

「そもそも運動部なんだから、文化祭なんてお遊びでしょ。もう閉めていいんじゃない?」

「そうはいかねぇの!」

「どうして?」

 副会長がここぞとばかりに切り込む。確かに家庭科部部長が指摘する通り、運動部の文化祭での活動は大半がお遊びレベルだ。食べ物の屋台を出したりと精力的な部活もあるが、活動実績だけ並べて受付が欠伸をしているような展示も珍しくない。実際、午前中の実績だけを見るなら、この剣道部もそういった類だと思われたとしても仕方のないところだろう。

 だが違う。少なくとも副会長は違うと感じた。

「いや、そりゃ……せっかく作ったんだし、最後までやりてーじゃん」

「なるほど」

 頷きながら、副会長は改めてこの社会科教室を見回してみる。

 生憎と客はいない。展示してあるパネルやモニターもどこか淋しそうだ。展示自体は運動部の活動報告にありがちなパネルと映像資料を組み合わせたもので、あまり新鮮味はない。パッと見で面白そうと思える要素は皆無と言って差し支えないだろう。

 だが、そこに躍る文字や映像は、少しばかり彼の興味を引いた。

 本物の試合など見たことのない彼にとって、剣道など棒を突き合わせて行う伝統芸能の一種くらいの認識しかなかったが、ワザワザ用意された立体視用の高解像度モニターに映る映像は、鮮やかの一言が素人の口からでも飛び出すほどの見事な試合の様子だった。恐らくは厳選した試合の様子を編集によって際立たせたのだろうが、手に汗握る出来栄えはなかなかの力作である。もしも彼が剣道という種目にもう少しでも興味があったなら、釘付けになって見入っていたかもしれない。

 一方のパネルは、そんな真剣な試合を茶化すような文字が並んでいる。真夏の防具に対する消臭スプレーの製品別効果実験、竹刀の指先バランスによる市内一周レポート、自称オシャレ部員によるオリジナル手ぬぐい自慢大会、剣道場にまつわる怖い話などなど。内容の出来はともかくとして、単なる活動報告にしては結構手間のかかる題材が多い。

 ちなみに真夏の防具には全ての消臭スプレーが裸足で逃げ出すそうである。

 剣道だけに。

「だからってウチの妨害はやりすぎでしょ?」

「妨害?」

 聞き返す副会長に、家庭科部部長は大きく頷く。

「そーよ。剣道部に人が来ないからってウチにできた行列の人達を無理に勧誘してたの。その苦情がウチにきてさ。文句を言いに行ったら口論になっちゃって」

「そういうことだったのか」

 言いつつチラリと教室の隅を見ると手持ち無沙汰な剣道部員数名が退屈そうに座っている。彼を呼びに来たクラスメートの姿もその中にあった。

「別に妨害しようなんて思ってねーよ。パン買った後でもいいから寄ってもらおうと勧誘してただけだ」

「結果的に迷惑かけたら一緒でしょ」

「うっせーな。いいだろ少しくらい。あんなに人がいるんだからよ」

「あのねぇ、ウチは真剣にやってるの。どのお客さんだって行列に並んででも食べたいって思ってくれているんだもの。一人だってないがしろにはしたくないの」

「だったら行列の管理くらいしろよな。ウチの入り口完全に塞いじまって知らん振りしやがってよ」

「それは……仕方ないでしょ。これ以上パン作りの人数減らせないんだら。そっちと違ってヒマじゃないの」

「別に好きでヒマしてんじゃねーよ!」

「あーはいはいはい」

 売り言葉に買い言葉が重なって悪化する状況は、一進一退どころか停滞したまま淀んでいく一方だ。副会長はその不毛なやり取りを強引に止め、改めて二人を見やる。

 どちらも眼差しは真剣だ。そしてそれは、いささか不自然にも感じられた。

「一つ気になったんだけどさ」

 面倒だと内心では思っているが、気になったことを無視できないのは副会長の性分である。

「運動部の展示ってどこもあんまりやる気ないじゃない。むしろお客さんなんて来ない方が楽でいいみたいな話も聞くし。剣道部は随分熱心に活動してるけど、何か理由があるの?」

「隣のウチが大入りだから嫌がらせしてるだけでしょ」

「いや、それは違うよ」

 家庭科部部長の言い分を、間髪入れずに否定する。副会長には確信があった。

「もしやる気もなくて展示を並べただけなら、トラブルになってまでこんな意地は張らないよ。面倒だと思った時点でやめてると思う。まして生徒会の人間を呼んで仲介しようなんて、解決する気があるってことだろ」

 彼を呼んだのは忙しくて一刻も早く解決したいハズの家庭科部ではなく、剣道部の人間だった。

「それに何より、この展示がやる気のない人の仕事とは思えないよ」

「展示?」

 言われて初めて気付いたように、家庭科部の部長は周囲のパネル見回す。それだけで、手の込んだ仕事の一端は理解できる。苦労してお客さんを呼び込むことに成功している家庭科部の部長であれば、その努力に気付かない道理はない。

「……ゴメン。ちょっと言い過ぎた、かも」

 これだけ頑張ったのに成果が出ない、そのことが悔しくて妨害に走ったのだろうと、彼女の顔には書いてある。

「それで、どんな理由があってお客さんを呼びたいの?」

 しかし副会長は、どうやら単なる嫉妬とは思っていないようだ。

「あー……えっとだな」

 隠しておきたかったことなのか、剣道部部長の口ぶりにはキレがない。

「言いにくいこと? なら口外するつもりはないけど」

「というか話しなさいよ。ウチまで巻き込んでだんまりはないんじゃない?」

「……ちょっと、賭けをしてさ」

 話が胡散臭くなってまいりました。

 二人の目が、あからさまに怪しげなものを見るように細くなる。

「いやっ、そんな大袈裟な話じゃなくてな。顧問の先生に煽られて、百人客が来たら竹刀を新調してやるって約束をしてさ」

「呆れた。そんな理由で一生懸命だったのね」

「そんなとか言うなよ。ウチはやりくり厳しいんだから」

 剣道には防具を始めとして限られた部費を消費しやすい要因が多い。消費が大きいからという理由で部費を多く計上してくれないのが部活動というものだ。

 ちなみに副会長も予算会議には当然ながら出席しているが、数字があまり得意でないこともあって各部の予算状況などには疎い。

「で、あと何人で達成するの?」

「えっと……は」

「は?」

「八十五人……」

 まだ十五人しか訪れていないという事実が悲しい。それも、午後の部も始まって残り数時間を残すのみという状況でコレは、普通に考えれば絶望的だ。

「なるほどね。それで慌てて目の前の行列から人を呼び込もうとしたってワケだ」

 しばらく二人のやり取りに耳を傾けていた副会長が、ようやく全ての情報が出揃ったと判断して口を開く。彼が到着した時には相手の意見に興味など示さなかった二人だが、今は違う。それぞれに部を預かる身なのだ。思惑は違えど、その主張は単なるワガママとは違う。

「さて、それじゃあ考えてみようか」

「考える?」

 副会長の言葉に家庭科部部長は小首を傾げる。

 二つの事情を見比べれば、どちらに正当性があるのかは明らかだ。確かに教室の配置によって家庭科部の行列が邪魔をする格好になったのは、少しばかり申し訳ないと思いもするが、そもそも身勝手な約束から満足に客を呼べなかったのは剣道部の落ち度でしかない。家庭科部が譲歩する理由など、とりあえずは見当たらないだろう。

「そうさ。何とかできるものは何とかしたいんだ。できる限りね。それにさ」

 少し微笑んで、副会長は続ける。

「家庭科部さんも気になってたんだろ。剣道部のことがさ」

「え?」

「そうじゃなきゃ、午前中の様子まで知らないでしょ。剣道部と違って家庭科部は忙しかったんだから」

「それは……」

 言い当てられて少し照れる。

 元々は行列の様子を見るためのものだったが、来客が少ないながらも部員が張り切っている様子を見て気になっていたことは事実だった。

「上手くいってもいかなくてもさ、何もせずに終わるよりは、拙くても考えて何かをした上で終われた方が、きっと楽しいと思うんだよ」

「そうだな。うん、そうだ」

 剣道部部長の強い頷きに、家庭科部部長も溜め息混じりに同意する。

「はいはい、ここで単にそっちが悪いで片付けられても寝覚めが悪いしね。で、何かアイデアでもあるの? 言っとくけど、ウチの行列はまだまだ伸びると思うよ?」

 現状でも教室三つ分の行列ができている。買った人の評判は上々だし、お土産に買って帰ろうというお客さんは少なくないだろう。しかも部員フル稼働でも全く追いついていない。

「実は、この教室に入って一つだけ思いついたことがあるんだ」

 副部長の笑みは、心底楽しそうに見えた。

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