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神華  作者: 栖坂月
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学生編 01

かなりの長編作品となります。

平日2話ずつの更新となる予定です。

おヒマな方はお付き合いくださいませ。

 宮口みやぐち高校生徒会にとって、紅葉の始まる時期に行われる文化祭は一年の集大成とも言える行事である。

 進学校として名を馳せているでもなく、さりとて運動部に強豪を抱えるでもない学校が生き残るには、学生にとってそれなりの魅力がなければ成り立たないのは致し方ないところだが、学生の自主的活動であるところの課外活動で評判を築くというのは、言うほど簡単な話ではない。

 人が集まると自然に社会は生まれる。しかし生まれた社会を健全に維持することのいかに難しいことか。


「あや、副会長も占いに来たの?」

 ウサ耳バニースーツに猫の尻尾と肉球グローブを装着した新種のクリーチャーコスをしていた褐色の女生徒に声をかけられ、彼は足を止めた。

「ジャーラか。とりあえず何だその格好は?」

「呼び込みだよ。やっていくんでしょ? 占い」

「しないって。見回りをしてるだけだよ」

 そう言いつつホレと左腕にしている腕章を見せる。赤地に黒い『生徒会』の文字が鮮やかだ。いかに時代が変わっても、人が宇宙を駆けて海底に大都市を築き上げようと、学生の営みが気楽なことは変わらない。

「そっかー。シマちゃんの占い当たるのになー」

「ところでジャーラ」

「ん?」

「あそこで通行人の妨げとなっている長蛇の列はお前のところの占いが原因か?」

「そうだよー。凄い人気でしょー」

 悪びれる様子は欠片も見られない。清々しい笑顔だ。

「よし、それじゃあ今すぐ行列を整理しような」

 ここで頭ごなしに怒らないのが彼の良いところである。まぁ相手がジャーラ――生徒会役員である石川ジャーラの場合は、怒ったところで理解されずに小首を傾げられるだけだけなので、徒労に終わることを知っているせいもあるのだが。

「え、めんどくさい」

「生徒会の人間がそんな発言しちゃダメ!」

 怒らないけど鋭く突っ込む。それが副会長クオリティ。

「えっと、どうしてもしなきゃダメ?」

「どう見ても通行の邪魔になってるでしょーが」

「お客さんの自主性に任せるという選択肢は――」

「ありません」

 質問が終わらぬ内に叩き落されて、ジャーラはブーイングを上げる。

 実際、生徒によって開催される学園祭というのは、基本的に小さなトラブルの宝庫だ。大半は行列やら看板やらが邪魔だったり、客の回転が悪くて待ち時間が長かったり、値段の割にクオリティが低かったりという些細なものが多い。客の方もそれを知りつつ楽しんでいる層がほとんどで、大きなトラブルやクレームに発展するケースはほとんどない。この行列に並んでいる客達も、その周囲を歩いている人達も、それほど現状に大きな不満を感じている様子はなかった。

 しかしだからといって、それを主催する立場の人間としてそれを放置できないのも事実なワケで。

「ジャーラは客引きなんだろ?」

「うん、お色気担当」

「余計な情報はいらないから」

 実のところ彼女の肉体はかなり豊満な部類に入るが、その明るすぎて恥じらいが真夏の炎天下に放置したカキ氷のように霧散した性格のせいか、色気はあまり――というか全く感じられない。しかもウサ耳に猫の肉球である。違和感が絶妙な微妙感を醸し出している。

 まさにお色気詐欺である。ウサギだけに。

「これだけ並んでたら客引きなんてする必要ないし、他に大きなトラブルでも起きているっていうならともかく――」

「おいっ、どういうことだよ、そりゃ!」

 何か起きたようである。

「あーあ、副会長が変なこと言うから」

「いや、僕のせいじゃないからねっ?」

「とりあえず行ってみようよ」

「こういう時は迅速なのな、お前」

「だって楽しそうだし」

「待てこら」

 ツッコミを入れつつ彼もバニーの背中を追う。ピョコピョコ跳ねる猫尻尾がそこはかとなくキュートだ。

「はいはい、ちょっとごめんなさいよ」

 人垣を掻き分けて二人が教室の一角にできた簡素なテント状物体を覗き込むと、二人の男女とローブ姿の女生徒が対峙していた。お冠なのはカップルと思しき二人組の男性の方だった。

「どうしたの? 二人して」

 トラブルの最中にあるという自覚すらないのか、ローブ姿の女生徒が涼しい声で入ってきた二人に声をかける。

「いや、どう考えてもその台詞は僕らのものだろ」

「何だよアンタら」

 かなり腹が立っているのか、男の機嫌はあからさまに悪い。

「ええと生徒会の者です。何かありましたか?」

「何かっていうか、この女が腹いせにテキトーなこと言うから」

「占いの結果です」

「ウソつくんじゃねぇよ!」

「まぁまぁ、つまり占いの結果が思わしいものではなかったということですか?」

 二人の相性を占ったら最悪とか言われたのかと考え、副会長はなだめにかかる。

「いや、将来禿げるって言ったら怒った」

「おいぃっ!」

 ローブの女のあからさまにアウトな発言に副会長は声を荒げる。

「シマちゃんダメだよ。そういうのはもう少しマイルドに薄くなるって言わないと」

「そういうことじゃないでしょ!」

 ジャーラの追い討ちに副会長の胃が痛み始める。

「単に確率の問題だもの。そんなに気にすることじゃないでしょ。占いなんて統計論と確率論のお遊びなんだから」

「そこまでわかっているなら、火種になるような発言は謹んでくれるかな?」

 ローブの女生徒――音差おとさし志麻華しまかの優秀さは同じ生徒会役員として副会長もよく知っている。見た目こそちんまりしていて中学生どころか小学生みたい(禁句)だが、物怖じせず潔い性格と回転の速い頭脳は校内でも一目置かれている。次期生徒会長の座は安泰と囁かれるのも至極当然の話である。

 ところがこの次期生徒会長候補、できる女という評判とは裏腹に結構子供染みたところもある。もちろん、見た目とはまた別に。

「これでも気を使っているつもりなんだけど?」

「どこがだよっ」

「そっちの女の子は将来太るってことは言わなかったし」

 今言った。

「……ひょっとして、何か気に入らないことでもあったのか?」

 副会長の指摘に、志麻華の頬が僅かな反応を見せる。

「別に」

「ホントに?」

 志麻華の発言が、事実関係がどうであれ配慮に欠けていたことは間違いない。ただそれが、目の前でカップルがイチャついた程度のことで発せられるとは思っていなかった。少なくとも志麻華を知る彼にとって、それは不自然なことだ。せいぜいテントを出た後に『裂けろ』と呟く程度だろう。

「……まぁ、占いなんて胡散臭いとかくだらないとか、そういうことは言われたけど、それだけよ」

「ねぇねぇお兄さん」

「何だよ」

 突然バニーもどきに迫られて、男は視線を彷徨わせながら慌てて応じる。ちなみに彼女さんの視線は氷のように冷たい。

「あの占い師さんを見て、小さいとか言わなかった?」

「言ったけど。高校の文化祭で小学生が占い師っておかしいだろって」

 それだ。

「よし、ごめんなさいしよう」

 副会長は客の男と志麻華の右手を同時に掴んで、強引に握手させた。傷口は広がらない内に手当てをする。彼が短い人生から学んだ教訓である。

「禿げるかどうかは不確定だった。ごめんなさい」

「小さくても高校生だったんだな。スマン」

 未だ火花が散っているようにも見えるが、副会長は見ないことにした。彼はコレでも忙しい身なのだ。小さなトラブルがアチコチで起こるのが学園祭の常である。一所に留まっていることはできない。

「それじゃあジャーラ、後始末はよろしくな」

「あ、うん」

 後輩にトラブルを豪速球で投げ渡し、テント状物体から退避する。

 いくらそれが役割とはいえ、好き好んでトラブルに首を突っ込んでいるのではない。彼だってできることならのんびりと学園祭を見て回りたいのだ。そもそも成績にしろ運動にしろ凡人の域を出ることのなかった彼にとって、こんな風にたくさんの人の思惑をまとめるなど、何度経験しても上手くなれる自信は皆無なのだから。

 できないことはやりたくなどない。しかしそれでも彼は、この役割から逃げたことはなかった。

 だからこそ胃が痛くもなる。

「よし、これでやっとまともに見回りを――」

「あっ、副会長発見!」

 再開できると続くハズだった彼の言葉は、ものの見事に次なるトラブルによって遮られた。コレもまたある種の才能だと、ジャーラ辺りならしたり顔で頷きそうである。

 むろん、彼は断固反論したいところだが。

「こっちこっち、早く来てくれ」

 一瞬背中を向けていたことを言い訳にして走り去ろうとも思った副会長だが、その声が聞き覚えのあるクラスメートのものだったのでやめた。とはいえ、彼の性格的にどの道行くことになっていただろう。そういう男だ。

「えー、何だよー」

 でも面倒臭そうな顔はする。

「ちょっとトラブっててさ。悪いけど仲裁に入ってくれよ」

 先程の件は偶然聞きつけた小さなトラブルだったが、ワザワザ仲裁を頼みにくるというのは正直あまり良い予感がしないところだ。それはすなわち、放っておいて自然に解決する見込みが薄いということでもある。

「わかった。で、どこだ?」

 彼は溜め息を一つ吐いて覚悟を決める。

「社会科教室だ」

 焦りの見える早口に引っ張られるように、見知った男子生徒の背中を追って走り始める。学園祭はそろそろ佳境、人波も最高潮な頃合だ。その中を縫うように走るだけでも難易度が高い。

 二人は無言で、ただ人を避けて走った。

 校舎の外れを目指して。

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