6. 騎士様、困惑する。
今、ラウルス達は陛下の私室にいる。
あの後、何とも言えない気持ちでフィークスの笑いが収まるのを待っていた。
「いや、ごめんね」
相変わらず少しも悪いと思っていない笑顔でそう言ってのけるのが腹立たしい。
「ラウルス、どうしたの?――ああ、大丈夫だよ。この謁見は公的なものというよりは、私的な用事で行われているものだから。…………ということで、移動しようか」
ラウルスが怒りやら焦りなどを混ぜた何とも言えない微妙な表情をしていたからか、フィークスは精悍な顔立ちに笑みを浮かべ、安心させるようにそう説明する。
しかし、フィークスのその笑みはどこか腹黒いものを感じさせ全く安心できなかった。
それに、移動ってなんだ?
ラウルスはもう嫌な予感しかしないが、陛下の手前いつものようにフィークスに詰め寄るわけにもいかず、ぐっと押し黙るしかなかった。
そして、理由も分からずに移動することになり、今に至る。
ラウルスには訳が分からなかったが、ラウルスの隣に座っている少女は、戸惑うことなく出された菓子に手を付け、満足そうに紅茶を飲んでいる。
こいつ、羞恥心はあったのに、遠慮はないんだな、とラウルスが少女を眺めていると、それを少女の向かいの席から見ていたフィークスが再度吹き出した。
「いや、さっきもそう思ったけど、ラウルスと『時の魔女』殿はお似合いだと思うよ。うん。一層、結婚したら?」
そう言って笑いだすフィークスの脳内からさっきの記憶を消し去ってしまいたい。
フィークスが言った『さっき』は謁見の間での出来事ではない。
謁見の間から訳も分からず陛下の私室に移動することになり、一度、謁見の間を出て陛下の私室に向かう途中、先程、謁見の間で別れたはずのフィークスが待ち構えていた。
タイミングが悪いことに、その時、ラウルスは陛下を待たせてはいけないと、歩くのが遅い少女を再び抱きかかえていたのだ。
その様子をしっかりと目撃したフィークスは、ニヤニヤと笑っているだけだったのだが、どうやらそれは、ただ笑いたいのを我慢していただけのようだった。
その証拠に、ラウルスが少女を気にかけただけで再び笑いの発作に襲われているのだから。
「結婚は無理でしょう。『魔女の自由を奪ってはならない』という不文律を侵すことになりますよ」
もっともらしくそう述べたが、理由はそれだけではない。
ラウルスは自分が結婚できるとは思っていない。
結婚したくないわけではないが、この鋭い目つきや顔つきが女子供に不評であること。特に、ラウルスが好む清楚な感じの女性には、怯え、泣かれるばかりである。
政略結婚という手もあるが、ラウルスの実家は政略結婚が多い貴族の中では珍しい恋愛結婚である。
鬱陶しい位の仲の良さを見せつけられて育っていること。
また、ラウルスは次男であり、すぐに結婚しなければならないと焦る必要もないことも含め、ラウルスは出来れば結婚相手は自分で探したいと思っている。
この少女は黙っていれば清楚な感じのお嬢様に見えなくもないが、中身はかなり特殊だ。
何より、この世界には魔女達に対し、掟の様なものがある。
――『魔女の自由を奪ってはならない』
法で決まっているわけでもないのに、誰も破ろうとはしない。
いや、大昔にこの掟を破ろうとした者がいた。
魔女の力を独り占めしようと、強引に結婚を推し進めた男がいたらしい。
それだけでなく、その男は魔女を無理矢理手籠めにしようとしたらしい。
嫌がり激しく抵抗した魔女にその男が手をかけようとした時、急に胸を押さえ苦しみだしたそうだ。
そして間もなくその男は息を引き取ったそうだ。
ただ、それだけでは終わらず、その男は伯爵の段位持ちだったらしいのだが、その男の家族だけではなく、一族諸共破滅に追い込まれたと言う話だった。
その時、誰かがこう呟いたらしい。
――天から罰が下ったのだ、と。
今は、殆ど残っていないが、昔は女神の信仰心が厚く、魔女は女神に愛された存在なのだ、と広まり、決して魔女の力を利用しようとしたり、魔女を傷つけてはならないということから、あの掟のような不文律が生まれたらしい。
この少女が『時の魔女』ならば、どれだけ益があっても、少女の意思を無視して強引に結婚話を進めることは出来ない。
それが、例え王族であっても、だ。
第一、少女はラウルスを怖がりはしないが、結婚となれば話は別だろう。
そこまで考えてラウルスは少女の方を見やる。
相変わらず少女は嬉しそうに菓子を頬張っていた。
「でもさあ、それって、『時の魔女』殿が了承すれば問題ないってことだよね」
にっこりと笑み付きでそう宣うフィークスは、ラウルスから少女に視線を移し、それはそれは楽しそうに少女に話を振った。
「『時の魔女』殿は、どう思う?ラウルスの様な目つきが悪い、顔も怖い男では結婚相手としては嫌かな?」
このセリフを言ったのが、フィークスではなくオーキッドであれば確実に殴っていただろう。
思わず、陛下も同席している中で、王太子であるフィークスを睨みつけそうになったが、続く少女の言葉に苛立ちよりも困惑がやって来た。
「――別に嫌ではありませんが」
この少女は敬語を使えたのかとか、だったら、何でラウルスには使わないんだ、など、今はどうでもいいような事柄がラウルスの頭の隅を過ぎったが、それどころではない。
この少女は何と言ったのだろうか。
いや、その前に、フィークスは少女にどんな質問をしたんだったか。
ラウルスは先程の少女の言葉を上手く飲み込めないでいた。
更には、陛下の前にも拘わらず、開いた口が塞がらなかった。
そんなラウルスを置いて話はどんどん進んで行く。
「えっ!?嫌じゃないの!?」
「はい」
「え、じゃあ、ラウルスのどこがいいの?というか、怖くないの?」
「団長さんは優しいですよ」
「へぇー」
少女を質問攻めにしていたフィークスはちらりとラウルスの方を見たが、すぐに視線を陛下へと向けた。
「だったら話は早いね。--そう思いませんか、父上」
「そうだな。早めに婚約を済ませてしまおう」
今まで無言でラウルス達の遣り取りを聞いていた陛下が話に加わったことにより、結婚話が後戻り出来ないとことまで進んでいることに気が付き、混乱から戻ったラウルスは慌てて止めようとした。
が、少女の一言により、更に混乱の渦に落とされる。
「それは、無理ですね。私は『時の魔女』ではなく、ただの平民ですから。結婚は出来ませんよ」
ラウルスの連れてきた少女は、『時の魔女』ではない。
この少女はラウルスに自分が『時の魔女』だと言っていたにもかかわらず、違うと言うのだ。
ラウルスは信じられない思いで少女を見ていた。