2.見た目のギャップは凄いです。
「前の『時の魔女』なら亡くなったよ」
「な、に……?」
「亡くなったんだ。三年前に。結構な歳だったからね。病気で呆気亡くなってしまったよ」
それは予想もしていない言葉だった。
ラウルスは『時の魔女』について聞いていた特徴から、てっきり若いものだと思い込んでいた。
まさか亡くなっているとは……。
「王宮にも師匠が亡くなったことは手紙で伝えたと聞いていたんだが、知らなかったのか?」
もちろん、ラウルスは亡くなっているなんて知りもしなかった。
まさか、謀られたのだろうか?
一瞬、頭に浮かんだ考えにぞっとする。
しかし、俺を騙したところで大した被害なんてない。精々、ここに来るために置いてきた仕事が溜まっているので今日は残業が確定しているくらいだ。
まさかそのために?とも考えたが、そんなことはないだろうと首を振って先程の考えを消し、とりあえず、目の前の少女に確認を取る。
「本当に亡くなったのか?」
「ああ。なんなら、確かめてくるか?墓のある場所を教えるから。--墓は師匠の実家の方にあって、それで実家の名が、ええっと、そういえば、師匠の名前は……、何といっただろうか?」
「いや、いい。大丈夫だ。そうか、亡くなったのか」
弟子が師匠の名前をはっきりと覚えていないなんて、大丈夫なのかと思いもしたが、とりあえず、横に置いておくことにする。
「王宮から手紙が来ていなかったか?登城の要請が書かれた手紙が」
「さあ、分からないな。師匠宛の手紙なら私が見ることはないからな。大体、師匠の実家に送るか、師匠の部屋に溜め込んでいるから知らないな」
堂々と手紙を放置しているという少女に怒りを通り越して呆れを感じる。
まあ、子供だから『時の魔女』宛に来た手紙なんかは読んでも理解できないから仕方ないのかとラウルスは諦めの溜息をつく。
「陛下から『時の魔女』を城まで連れてこいとの命令だ。誰か『時の魔女』殿の後継者はいないのか?」
ラウルスは若干、投げやりな気持ちになりながら少女に尋ねると、少女は呆れたような顔をしてこちらを見やった。
「なんだ?」
少女の視線にイラっとしたラウルスは鋭い目つきを更にきつくして少女に問いかけた。
「さっきから、私が『時の魔女』だと言っているじゃないか」
まるで、物分りの悪い子供に説明するかのように話す少女に、ラウルスは怒り出しそうになるが相手は子供だと言い聞かせる。
「『時の魔女』って、嘘をつくな。子供に勤まるわけがないだろうが」
口調は更に荒くなり、自分に言い聞かせるという行為はあまり役に立ってはいなかった。
思わずやってしまったことに、ラウルスは、しまった、と思い、少女が泣き出してしまうのではないかと身構えた。
しかし、予想に反して少女は泣き出さなかったものの、代わりに先程から全く動かない表情に苛立ちの色が見え始めていた。
「……子供?……それって、私のことを言っているのか?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「一体、いくつに見えているんだ?」
「12、もしくは13くらいだ」
問いを畳み掛ける少女はなんだか迫力がある。
しかし、ラウルスはこんな子供相手に騎士である自分が恐れてしまったことが許せず、また、恥ずかしくもあり、強気な姿勢で言い返した。
「子供じゃない。もうすぐで19になるんだ」
ラウルスの言葉に、少女の表情は変わらないものの、不機嫌だとすぐに分かる声音で19だと言い返してきた。
「19!?信じられん。嘘をつくな!」
「嘘なんかついてないよ」
「嘘だろ。19にもなる女が人と話をしている最中に菓子を延々食べ続けるか!!
信じられないことに、この少女はラウルスと話をしているにもかかわらず、ずっと菓子を食べ続けていたのだ。しかも大口開けて。
少女の手が止まったのは、師匠の話をするときと菓子をお代わりするときだけだ。
「いいかい、ケーキは美味しいうちに食べるものなんだ。時間を置くとクリームが融けてしまうじゃないか。美味しいうちに食べないなんてケーキへの冒涜だ!!」
「そんなものは知らん!!人の話は手を止めて聞くものだ。大体、ケーキ、ケーキと菓子の名前ばかり連呼しやがって、やはり、子供としか思えん。19なんて嘘をつくな!!」
菓子のことになると感情が高まるなんてやはり子供だとラウルスは思った。
「嘘じゃないって。ほら、腕輪だ。彫られている生年月日を見てみろ」
信じられないと喚くラウルスに少女は溜息をついてから腕輪を見ろと要求してきた。
渋々、少女に近づき腕輪をしている手を取り、目を凝らして表に書かれている文字をみると、確かに計算すると、後、3か月で19になる。
少女の腕を離し、信じられない思いで少女を見つめる。
この腕輪は名前に生年月日が記されている腕輪で、生まれた時に初めて贈られるものがこの腕輪だ。自身の証明書の様なものだ。
一瞬、他の誰かのものをと疑ったが、それはないと思い直す。
どういう仕組みかは知らないが、この腕輪は抜けないのだ。それこそ、手首を切り落とさないと外れない代物だ。
なのに、成長に合わせて大きくなるという、ある意味で恐怖の腕輪だ。
確か、アル何とかっていう金毒を使っているとかで、年を重ねるごとに伸びていくとか縮むとか聞いたことがあるな、とラウルスは思い返していた。
「これで分かったか、おじさん」
少女の腕を離し、呆然としているように見えるラウルスに少女が声をかけてきたが、そこには聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「……俺は……ねぇ」
「……?何て言ったんだ?」
「俺はおじさんじゃねぇ!腕輪をよく見ろ!俺はまだ23だ!!」
鬼気迫る勢いで少女に腕輪をしている方の腕を突きつける。
少女はラウルスの腕を掴み腕輪に刻まれている生年月日を見てから、少し考えるように宙を見る。
「すまない、そのようだな。失礼なことをした。申し訳ない」
深々と頭を下げて謝罪する少女にラウルスはばつの悪さを感じた。
「っ!!そこまでする必要はねぇ!俺も間違っていたんだ、おあいこだ!!大体、いい歳をした女が大口開けて菓子を食べるな!口の周りにクリームを付けすぎだ!行儀が悪いぞ!!」
口調は乱暴なものだが、ラウルスが少女の口の周りに付いているクリームをポケットに仕舞っておいたハンカチで拭ってやる。
その手付きは口調程荒くはなく、少女の口元が少し緩み、瞳に悲しみの色をのせたことを、綺麗に拭き取ることに集中しているラウルスは気づくことはなかった。